没落令嬢フランセットは、義母と茶を飲む
城に帰ると、義母が全力疾走でやってくる。目が血走っていたので、若干怖かった。
「母上、どうかしたのですか?」
「フランセットさんがいなかったから、王都に帰ったのではないかと心配して、探し回っていましたの!」
ガブリエルと共に、言葉を失う。私はまだ、信頼ゼロである。
「昨晩、私に村を案内するように言ったのは、母上ではありませんか」
「そうでしたわね」
「使用人に、彼女がどこにいるか聞かなかったのですか?」
「わたくし、自分の目で見たものしか信用しませんので!」
「呆れて言葉もでてきません」
私はここにいる。無言で腕を広げて存在を示したら、あろうことか義母は私に抱きついてきた。
「息子とお出かけしてくれるなど、なんて優しい娘なのでしょうか。わたくし、幸せですわ」
「え、ええ」
突然の抱擁に驚いたものの、悪い気持ちはしない。むしろ、なんだか嬉しかった。
実の母ですら、私を抱きしめた記憶などないので、不思議な気分でもあるけれど。
「フランセットさん、村を見て、がっかりしなかった?」
「いいえ、楽しかったです」
「だったら、永住したくなりました?」
「は・は・う・え!!!!」
「耳元で叫ぶのは、止めてちょうだい」
「しようもないことを言うので、大声を出してしまうのです」
ひとまず、お茶でも飲もう。義母を誘い、ガブリエルとはここで別れる。
プルルンはガブリエルにくっついていた。もしかしたら、義母が苦手なのかもしれない。目が合うと、触手を伸ばしてぶんぶんと手を振っていた。
「フラン、母上の話は真面目に聞かないほうがいいです。まともに相手にしなくていいですからね」
「まあ酷い。親の顔が見てみたいですわ」
「でしたら、ご自分のお顔を、鏡でよーーーく覗き込んでください」
「そこまで暇ではないのだけれど」
このままでは永久に言い合いをしていそうな雰囲気だったので、義母の肩を押して居間まで移動した。
紅茶とお菓子を持ってきてくれたのは――たぶんココ。目が眠そうだったから。
ほとんど手元を見ないで、お菓子をカットしている。
大きなプティングのようなお菓子は、〝ミヤス〟と呼ばれる、この辺りでよく作られるものらしい。初めて見たので、ついまじまじと観察してしまう。
「ミヤスはトウモロコシ粉で作るケーキ、みたいなものですわ」
さっそくいただいてみた。カスタードタルトや焼きプティングのような、生地に弾力がある、素朴な味わいのお菓子であった。
初めて食べたのに、不思議と懐かしく思ってしまう。
「他にも、トウモロコシを使ったお菓子があるのですか?」
「いいえ、ミヤスくらいでしょうか? わたくしも、あまりお菓子は詳しくないのだけれど」
とは言ったものの、義母は甘党なのだろう。紅茶には角砂糖を三つも入れるし、ミヤスには生クリームを絞ってほしいと頼み込んでいた。その後、生クリームは紅茶にも落とされる。
「お菓子といえば、村にお菓子を売るお店はないのですね」
「お菓子は各家庭で作るものですから」
それぞれの家庭に自慢の味があるようで、あえて買うようなものではない、と。
もしかしたら、お菓子を作って商売できるかも、と思ったものの、現実は厳しい。
王都にお菓子を売りに行くしかないようだ。
私が望んだら、ガブリエルがいつでも連れていってくれるという。馬車で王都まで行こうと思ったら、片道三日もかかる。転移魔法だと一瞬なので、ありがたい話だ。
「村には、面白いものなどありましたか?」
「はい。シロウナギの串焼きをいただきまして」
「あなた、シロウナギを食べたの?」
「ええ。身はふっくらしていて、タレは香ばしくて、おいしかったですよ」
「そ、そうですの」
義母は食べたことがなかったらしい。今度一緒に食べに行こうと誘ったが、引きつった笑顔を返されるばかりであった。
「ガブリエルがスライムを飼ったり、研究したりしているでしょう? ますます領民達に気味悪がられてしまって……」
昔から、領主一家と領民の仲はよくないという。
「でも、ここで働いている人達は、友好的ですよね?」
「給料がいいから、愛想よくしているだけでしょう。一部は、領民ではなく、よそから連れてきた移民ですの」
「移民、ですか」
「ええ。もちろん、国の許可を得て滞在している移民ですわ」
ガブリエルの父親――前領主が連れてきたらしい。
「逃げた主人も、困った人種でしたわ」
慈善が趣味と言っていいほど、人助けを繰り返していたのだとか。
「救いの手が領民に向かえばよかったのですが、いつもいつでも、主人が気にするのは恵まれない人ばかりで」
領主一家は余所の人を助けるばかりで、領民への関心がないと一時期は不満が集まっていたようだ。
「あの、スライムを飼うことが気味が悪いというのは?」
「スライムをテイムしているのなんて、世界中探しても息子くらいですわ」
「そうだったのですね」
てっきり、スプリヌの人達は一部のスライムと契約し、共存しているものだと思い込んでいた。
「あなたも、気持ち悪いでしょう?」
「いいえ、私は好きです」
「あら、その辺は息子と気が合いますのね」
なんとも複雑そうな目で見られる。
プルルンを拾ったときは驚いたが、あんがい可愛かったので、スライムへの苦手意識はきれいさっぱりなくなっている。
「まあ、何はともあれ、息子とスライムをよろしくお願いいたします」
「もちろん、そのつもりです」
いつか、彼を支えられる日がくるだろうか。
その前に、父を見つけて結婚許可を貰うことが先決だが。
義母も同じことを考えていたようだ。
「フランセットさんのお父上はいずこへ消えたものか……。いっそのこと、どこかへ養子になったらいかが?」
「私も、ちょっと考えていました」
ただ、騎士隊が調査して見つけられなかった人はいないだろう。
今はただ、待つしかなかった。




