没落令嬢フランセットは、村の露天で串焼きを食べる
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鬱蒼とした森を抜け、小高い丘を下り、湖がぽつぽつとある道を通り過ぎると、石造りの家が見えてくる。
馬に乗り、お喋りできる程度の速さで三十分進んだ先に村があった。周囲をくるりと囲むように壁が造られている。スライム避けらしい。
村の近くに小麦やトウモロコシなど、広大な畑が広がっている。回る風車は、穀物を挽いているのだろう。近くに小屋があり、粉挽き番が見張りをしているという。
少し離れた場所にある大がかりな建物は、家禽を育てている施設らしい。スライムを討伐する、家禽騎士隊が見張りをしているのだとか。
「家禽の騎士様?」
「ええ。我が領地に限定して、騎士と名乗ることを許している者達です」
スプリヌの領民にとって家禽は大事な食料であり、大切な収入源でもある。
スライムから守るために、騎士達は日々戦っているようだ。
と、話をしているうちに、村の全貌が見えてくる。
「あれが、領内唯一の村〝シャグラン〟です」
「嘆き?」
「ええ。その昔、領地を訪れた王族が、村を見て言ったそうです。スライムしかいない土地なのに、領民を招いて村を作るなんて、皆、嘆いているだろうと。嘆きを、村の名にするといいと命じたそうですまあ、悪口ですね」
「酷い話だわ」
「本当に」
馬から降りて村に一歩足を踏み入れると、石畳の道が続く。石造りの家が並び、窓には美しい花々が植えられている。と思いきや、よくよく見たら、赤や橙色の葉を付けた植物であった。この気候では、美しい花々を育てるのは困難なのだろう。
村の中心には高い尖塔が見える。あれは教会らしい。
週に一度、商人が行き来しているものの、ここで必要な品はほぼ揃わないという。欲している品物があれば、商人に直接注文するしかないようだ。
「あちらが鍛冶職人の家、そこが織物職人の家――」
職人の家に直接行き、品物を注文するらしい。私のドレスを作ってくれた職人の家もあったが、夜型人間のようで今の時間は眠っているようだ。
「あちらの立派な建物は?」
「ああ、あれは空き家です。代々騎士を務める家系の者達が暮らしていましたが、叙勲されたのを機に、王都へ移り住んでしまったのです」
「そうなの」
空き家はここだけではないらしい。出て行った領民達の家が、そのまま残っているという。
一応、いつでも人が住めるように、一か月に一度の手入れを命じているようだ。
「空き家問題は、正直、解決したいのですが……」
管理費はスライム大公家が負担しているという。家を貸し出したら収入となるのに、このままでは負の遺産でしかない。
「大きくて、すてきな家ばかりなのに、もったいないわね」
「本当に」
空き家問題についてはこのくらいにして、ガブリエルは村の案内を再開する。
「パン、肉、野菜は教会広場に店を出しています」
領民達はせっせと働いているからか、ガブリエルがやってきているのに見向きもしない。
追いかけっこをして走る子どもが、豪快にガブリエルへとぶつかった。
「うわ!!」
それは衝突したことに驚いたというよりも、ガブリエルを見て目を丸くした上に、声をあげたように見えた。
「おい、逃げろ! スライムを喰わされるぞ!」
「や、やだーーーー!!」
子ども達の声に気づいた領民達は、家の中へ駆け込んだり、窓を閉めたりと明らかな行動を取る。
ガブリエルは眼鏡のブリッジを押し上げながら、私を振り返って言った。
「その、一部の領民から嫌われていると話しましたが、けっこう大勢の領民から、嫌われているようです」
「ここへは、どのくらいの頻度で来ているの?」
「毎週、金糸雀の日には教会に顔を出しています」
「そのあとは?」
「帰りますが」
「たぶんだけれど、あなたのことをよく知らないから、怖がっているのだと思うわ」
「怖い? 嫌いではなく?」
「ええ、怖いのよ」
ガブリエルはスライムを使い、さまざまな研究をしていると話していた。その辺が、もしかしたら不気味に映っている可能性がある。
この辺の問題は、すぐに解決するものではない。時間をかけて少しずつ理解を深めていくしかないのだろう。
教会周辺には、さまざまな露店が並んでいた。先ほど聞いていた肉や野菜、パンだけでなく、串焼き肉や大鍋で煮込むスープなどが売られている。
人通りも多い。やってきたガブリエルを見て、ギョッとした表情を浮かべる者も少なくなかった。
お店は二十くらいあるだろうか。思っていた以上の規模だ。
「なんだかお祭りみたいね」
「お祭り、ですか?」
「ええ。王都ではお祭りの日に、ああやって食べ物を売っているの」
「うちの村は毎日お祭りというわけですか」
「楽しそうだわ」
「だったらよかったです」
お祭りは危険なので近づくなと言われていた。見かけたのも、馬車の中からである。
そんな話をすると、ガブリエルが何か買ってくれると言う。
「何がいいですか?」
「あそこのお店の串焼き、いい匂いがする」
「あれは、湖で獲れるシロウナギですね」
スライム避けが施された捕獲器を使い、湖に一晩置いて獲るらしい。
大豆を発酵させて作る香ばしいソースを塗って焼くのだとか。
近づくと、シロウナギを焼くおじさんが話しかけてきた。
「いらっしゃい、べっぴんなお嬢さん――って、一緒にいるのは領主様じゃないですか! 今日はお忍びデートですかい?」
「お忍びではありません。私の婚約者です」
「おやおや、そうでしたか!」
おじさんは新鮮なシロウナギが獲れたと言って、おもむろにカゴを取り出す。その中に手を入れ、ヘビのように細長い生き物を高々と掲げた。
「きゃあ!!」
縦横無尽に動く生き物を前に恐怖し、とっさに隣にいたガブリエルに抱きついてしまった。
「店主、生きているシロウナギは年若い娘に見せるものではありません。今すぐしまってください」
「す、すみません」
よかれと思って見せてくれたのだろうが、心の準備ができていなかったのだ。
「せっかく見せてくれたのに、ごめんなさいね」
「いいえ、こっちが悪いんです。あの、お詫びと言ってはなんですが、どうぞ」
申し訳なさそうに、シロウナギの串焼きを差し出してくれた。
実物のシロウナギを見る前ならば、喜んで受け取っていただろう。
けれども気持ちだと思って、シロウナギの串焼きを手に取る。
「ありがとう。とってもいい匂いだと思っていたの」
「脂が乗っていて、おいしいですよ」
「ええ」
ガブリエルが無理しなくてもいいと言うが、この空気の中で食べないわけにはいかない。
立食パーティー以外で、立って食べるのも初めてである。
周囲を見渡すと、皆普通に立ち食いしていた。ここではそれが普通なのだろう。
記憶の中のシロウナギは追い出し、マナーも忘れたことにして、腹を括って食べた。
「あら、おいしい!」
身は驚くほどふっくら。泥臭さはいっさいない。
大豆から作ったというソースはこれまで食べたことがない味わいだが、香ばしくておいしかった。
半分ほど食べたところで、ハッとなる。ガブリエルがじっと私を見つめていた。
「あなたも、食べてみて」
「い、いえ、私はいいです」
「いいから!」
ひとりだけパクパク食べてしまって恥ずかしいので、ガブリエルも巻き込んだ。
全部食べていいと言うと、ふた口で食べきる。
「ふたりとも、いい食べっぷりです」
「ありがとう。おいしかったわ。今度は買いに来るわね」
「楽しみにしています」
ふと気づいたら、周囲の人達の視線から恐怖が薄らいでいるように見える。
もしかしたら、ガブリエルがシロウナギの串焼きを食べる姿を見て、親近感を覚えたのかもしれない。
思いがけず、シロウナギの存在がガブリエルを助けてくれたようだ。




