没落令嬢フランセットは、馬に乗る
プルルンもお出かけに同行するらしい。ベルベットのリボンに擬態し、ドレスの装飾と化す。
「プルルン、そんなこともできるのね」
『うん、できるよお』
ペンダントに擬態してもらったら、夜会のとき楽かもしれない。装飾品は地味に重たいのだ。
アレクサンドリーヌと今朝方産んだ卵をニコに託す。
ニコは卵は温めたらアヒルが孵るかも! と喜んでいたが、残念ながら無精卵だ。期待させてはいけないので、しっかり教えておく。
「あの、よろしければ、なのですが、アレクサンドリーヌ様をお見合いさせてもよろしいでしょうか? 村に、アヒルを飼っている家がいくつかあるので!」
「雛の面倒をあなたがしっかり見るのならば、問題ないわ」
「ありがとうございます!」
アヒルを増やしてどうするつもりなのか。
まあ、幸いにも飼育スペースはたくさんある。ニコが責任を持って育てるというので、許可した。
そろそろ出発の時間である。
見送りには、三つ子の末っ子らしいココがやってきた。
「フランセット様……こちらを」
「ありがとう」
ニコやリコに比べて、のんびりとした喋りのココから傘を受け取る。外に出る際、スライムを倒す武器として傘を持ち歩かなければならないのだ。
ココは腰に鞭を吊り下げていた。あれで、スライムを倒すのだろう。
彼女は夜更かしが趣味だと言うだけあって、朝から眠そうだ。目も開ききっていない。
こうして見ると、三つ子はパッと見てそっくりだ。けれども個性豊かなので、見間違えることはないだろう。
ガブリエルはエントランスで待っていた。今日はモスグレイのフロックコートをまとっている。私を見るなり、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「フラン、おはようございます」
「おはよう」
階段を下りようとしたら、ガブリエルが颯爽と駆け上がってくる。ごくごく自然に、手を差し伸べられた。そっと指先を重ねると、優しく握り返される。
ガブリエルの導きと共に、階段を下りた。
非常にスマートなエスコートである。こういうことを異性からされた覚えがなかったので、盛大に照れてしまった。
階段を下りるだけで、少々過保護なのではないか。そう思ったものの、悪い気持ちはしない。
昨日、跳ね橋を渡ったときのように、胸がドキドキと高鳴っていた。
この気持ちはいったい、と考える暇もなく、ガブリエルに話しかけられる。
「そのドレスは、たしか――」
「ええ、リコから聞いたわ。村の職人に頼んで、作ってもらったと」
「すみません。もっと華やかなドレスを作っていただこうと思っていたのですが」
「いいえ、すてきよ。ニオイスミレ、好きなの。ありがとう」
ニオイスミレが丁寧に刺繍されたスカートを軽く摘まみつつ、感謝の気持ちを伝えた。
「お気に召していただけたのならば、何よりです」
早速出発する。外に出て、庭を通り過ぎる。庭師が作業の手を止めて、会釈していた。
朝も早くから、汗水垂らして働いているようだ。
門を抜け、跳ね橋を渡る。ガブリエルは優しく手を引いてくれた。
ここでも、ドキドキしてしまう。今日は動悸が激しい。
村までは馬に乗って行くようだ。森は馬車が通れるほど広くはないため、騎乗して向かうという。
馬丁が馬を用意し、待機していた。黒くて大きな馬が、私達を見下ろす。
「お、大きい馬ね」
「この辺りでは、これくらいが普通です」
「そうなの」
「フラン、馬に乗った経験は?」
「小さなときに、お父様と」
「そうでしたか。では、そのときの記憶を思い出して、乗ってみてください」
「できるかしら?」
「大丈夫です。難しくはありませんから」
馬に乗ることなんて、まったく想定していなかった。姉が馬術を習得するときに、一緒に習いにいっていたらよかったと、今更ながら後悔する。
傘や杖は鞍に吊り下げるようだ。ベルトがあって、そこにしっかり固定される。
ガブリエルは軽々と馬に乗り、私に手を差し伸べた。
「鐙に足をかけて、一気に上ってください」
「ええ、わかったわ」
ガブリエルの手を握り、鐙に足をかける。意を決して、踏み込んだ足に力を込めた。
すると、ぐいっと強く手を引かれ、馬の背に上げられる。
腰を下ろし、ストンと横乗りに座った。
「けっこう、高いのね」
「すぐに慣れますよ。鞍の握りを持っていてください」
鞍にドアノブのような突起があった。これを掴むだけでは不安だと思っているところに、腰にガブリエルの腕が回される。
馬上の高さにおののいていたものの、今、彼とかなり密着しているのではないか。
そう意識したら、恥ずかしくなった。
これまでにないくらい、ぴったりくっついている。
清潔感のある、ハーバル系のさわやかな香りをほんのり感じた。
他人の匂いをかいで、ハッとなる。そういえば、香水の類いは付けていない。
強い匂いが苦手で、お風呂に入ったあと軽く香油を髪に揉み込む程度だった。
自分の匂いがどんななのか、自覚しにくい。
変な匂いがしていませんようにと、祈るほかなかった。
馬はゆっくりと歩き始める。
「大丈夫そうですか?」
「ええ、まあ」
言葉とは裏腹に、ぜんぜん、まったく大丈夫ではなかった。
馬の相乗りがこんなに密着するなんて、知らなかったのだ。




