没落令嬢フランセットは、スライム大公一家と食卓を囲む
夕食はガブリエル、義母と囲む。
「うふふ、息子以外の誰かと共に食事をするなんて、ものすごく久しぶりですわ」
「これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「フランセットさん、末永く、ご一緒できたら嬉しいですわ!!」
「母上、それくらいに」
特別な発泡ワインを用意してくれたようだ。
コンスタンスが音もなく、器用に栓を抜く。
「我が領地では少量ながら、ブドウを栽培しております。ワインは絶品だと、身内の間で評判です」
「ガブリエル、身内で評判って言っても説得力はありませんわ」
「母上、本当に少量しか生産していないので、よそに出す余裕はないのですよ。それにあの偏屈大叔父がおいしいと言っていたんです。味に間違いないですよ」
「あら、そうでしたのね」
身内に評判だというワインが差し出される。シュワシュワと、音を立てて泡が弾けていた。
義母がグラスを掲げ、声をあげた。
「息子の、すばらしい妻に!」
「母上、まだ妻ではありません」
「いちいちうるさいですわねえ。……改めまして、息子のすばらしい婚約者に、乾杯!」
初めて食卓を囲むとは思えないほど、和やかな雰囲気の中で杯を交わす。
スライム大公家とっておきの料理が、次々と運ばれてきた。
前菜はキノコパイ。秋に採れたものを乾燥させ、冬から春にかけて消費するらしい。
旨みがぎゅっと濃縮されていて、大変美味だった。
スープはチキンコンソメ。
成熟雌鶏と呼ばれる個体から、長時間煮込んで完成させたスープらしい。あっさりしているのに、深いコクがある。
「このスープ、本当においしいわ」
「家禽については、実はいろいろこだわっているんです」
スプリヌでは家禽の畜産が盛んらしい。
ニワトリをメインに、ガチョウやウズラ、シチメンチョウなどを育てているのだとか。
夕食にも、自慢の家禽が並ぶ。
メインはウズラの蒸し焼き。スプリヌで採れた薬草を利かせた一品だ。
肉質はとてもやわらか。癖はなく、おいしいお肉だった。
家禽の飼育には、飼料が必要となる。スプリヌではトウモロコシの栽培も盛んらしい。
飼料として利用するのはもちろんのこと、領地で消費される分も生産される。
ポタージュにするほど甘い品種ではないものの、粉末にしてコーンブレッドにしているという。シンプルな味わいのパンは、どの料理とも相性がいい。
デザートはスライムゼリーと聞いてぎょっとする。
薄紅色をした、ぷるぷるのゼリーが運ばれてきた。
「あの、これは、もしかしてスライムを素材にしたゼリー?」
「いいえ、違います。見た目がスライムに似ているだけで、ただのゼリーです」
「だったらよかった」
ベリーを使ったゼリーで、甘酸っぱくておいしかった。
初めての晩餐会は、和やかに過ぎていく。
◇◇◇
お風呂に入り、一日の疲れを洗い流す。
湯に薬草が詰められた布袋が浮かんでいて、いい匂いだった。
プルルンに体を洗ってもらい、肌や髪はツヤツヤぴかぴかになる。
最初はびっくりしたスライムに体を洗ってもらう行為だったが、今では慣れてしまった。プルルンが毎日のように、『からだ、あらってあげるう』と言ってくれるので、甘えているのが現状である。
スプリヌの人達は皆、テイムしているスライムで体を洗っているのが普通なのだろうか。
その辺、詳しく聞いてみたい。
桶に張った水でプルルンと水遊びをしたあと、寝室に向かう。
すでに、アレクサンドリーヌはカゴに納まり、スヤスヤと眠っていた。起こさないように、足音を立てずに寝台へと潜り込む。
今日も、プルルンは私と一緒に眠るようだ。
「プルルン、ガブリエルのところで眠らなくていいの?」
『ガブリエル、ねぞうがわるい。フラといっしょがいいの』
「そう。だったら、一緒に眠りましょう」
『うん!』
プルルンを胸に抱き、瞼を閉じる。
昨晩は不安で眠れなかったからか、横になってすぐに睡魔が襲ってくる。
明日はどんな一日になるのか。期待を胸に、眠りに就いた。
翌日――カエルの鳴き声で目を覚ます。外はまだ薄暗い。時計を確認すると、朝だった。
これが湖水地方の朝なのだろう。
プルルンはブランケットみたいに薄くなり、私の体に覆い被さっていた。ペロリと剥ぐと、ハッと目を覚ます。形状は球体へと戻った。
「プルルン、おはよう」
『フラ、おはよう』
私達の声に反応して、アレクサンドリーヌも目を覚ましたようだ。むくりと、体を起こす。
カーテンを広げて外の景色を覗いていたら、眼鏡をかけた侍女リコがやってきた。
「フランセット様、おはようございます」
「おはよう、リコ」
リコは物静かな性格のようだ。ココはどんな性格の子なのか。気になるところだ。
「本日のドレスはいかがなさいましょう?」
「朝食のあと出かけるから、村で浮かないものをお願い」
「かしこまりました」
数分後――リコは羚羊色のドレスを手に戻ってくる。
「こちらがいいと思ったのですが、少々地味でしょうか?」
「いいえ、いいと思うわ。まだ婚約者という立場で、派手なドレスを着ていったら、なんだこいつ、みたいに思うでしょう?」
「そんなことは……あるかもしれません」
淡々としながらも、素直な物言いをするので笑ってしまった。リコはいい性格をしている。
リコが用意してくれたドレスは、色合いこそ地味だが、美しい刺繍が施された品のある一着だ。
白い糸で刺されたニオイスミレの花言葉は〝貞淑〟。このドレスを見て、悪い印象を抱く者はいないだろう。
「そういえばこのドレス、初めて見るわね。ガブリエルが王都で購入したドレスではない?」
「はい。こちらは村の職人が仕立てた一着でございます」
「あの、耳が遠くて注文が通らないという噂の?」
「はい」
村の経済を回すために、ガブリエルが根気強く注文したらしい。
華やかな珊瑚色の生地に薔薇の刺繍で一着作ってくれと注文したところ、完成したのがこのドレスだという。
「ドレスが仕上がっただけでも奇跡だと、ガブリエル様はおっしゃっていました」
「そうね」
リコが選んでくれたドレスをまとう。寸法はぴったりだった。
スカートの丈は、足首より少し上。
地面は常に湿っているので、これくらいの長さが裾を濡らさずにちょうどいいらしい。
「髪型はいかがなさいますか?」
「村の若い娘がしているものと、同じ髪型でいいわ」
「承知いたしました」
サイドの髪を一房三つ編みにし、頭に巻き付けてリボンで結ぶ髪型が流行っているようだ。
ハーフアップができるのは、独身の娘のみ。この髪型ができるのも、今だけだろう。
「うん、いいわね。リコ、ありがとう」
リコは会釈し、下がっていく。
朝食は各々食べるらしい。なんでも、ガブリエルは超絶早起きで、義母はそれより二時間遅く起きてくるからなのだとか。
朝食はカフェボウルたっぷりに注がれたミルクコーヒーに、バタークリームとジャムがたっぷり塗られたパン、白トリュフのオムレツと厚切りベーコンがワンプレートに載ったものが運ばれてくる。
春先に白トリュフが食べられるとは驚いた。旬は秋で、しかも十日くらいしか保たないから。
もしかしたら、秋に採れたものを魔法か何かで保管していたのかもしれない。
なんとも豪勢なものだ。没落する前の公爵家でも、朝からトリュフなんて食べなかったのに。
おそらく、スライム大公家は思っていた以上に裕福なのだろう。
どれもおいしくいただいた。




