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没落令嬢フランセットは、私室に案内される

 ガブリエルは私のために、部屋を用意してくれたらしい。


「気に入ってくれるとよいのですが」


 下町の雨漏りする家に比べたら、どんな部屋でも快適に過ごせるだろう。

 実をいえば、あの家をけっこう気に入っていた。自分だけの楽園と言えばいいのか。家具の色を塗り替えたり、カーテンに刺繍して好きな模様にしたりと、好みの部屋に改造していたのだ。


「こちらです」


 オーク材らしい剛健ごうけんな扉を開いた先には、水晶クリスタルの美しいシャンデリアが輝いている。

 大理石の床には、羊毛と絹を織り込んで作ったという精緻せいちな模様の絨毯じゅうたんが敷かれていた。大きな窓にはドレープがたっぷり重なった、重厚でゆったりとしたカーテンが揺れている。

 部屋の中心にはマホガニーのラウンドテーブルに、座り心地のよさそうな猫脚の椅子が置かれていた。

 ガラス製のキャビネットや、茶器やグラスが並べられたオープンシェルフもオシャレである。白を基調とした優雅で清楚な部屋だ。


「いかがでしょう?」

「とっても素敵。気に入ったわ」

「安心しました」


 使用人を呼んでくるので、ここで待っておくように言われた。ずっとガブリエルの肩に乗っていたプルルンは残り、私の膝に跳び乗る。


『ガブリエル、うれしそう』

「そう?」

『うん。うかれているんだよお』


 なんでも壁紙や床板は新しく張り替え、家具は村の職人に新しく作らせたものだという。カーテンだけは気に入ったものが村で見つけられず、王都で買ったようだ。


『おうとでかったの、おかーさんには、ないしょ』

「でしょうね」


 ここまで喜んでくれたら、やってきたかいがあるというもの。

 スプリヌの地で私は何ができるのか。

 彼と結婚する日までに、なんとか探し出したい。


 部屋には二カ所、扉があった。

 一カ所は寝室。天蓋付きの豪華な寝台が、どん! と鎮座していた。

 その隣は、台所だった。オーブンまで完備されており、床には美しい青のタイルが敷き詰められている。


『ここは、フラのだいどころ! ガブリエルがフラのために、あたらしく、つくらせた』

「そうだったのね」


 私が不自由なく暮らせるよう、いろいろと準備をしてくれたようだ。

 台所は私がお菓子作りをすると話したからだろうか?

 真新しい台所を前に、胸がときめく。


 ガブリエルが使用人を伴って戻ってくる。

 まず紹介されたのは、家令の女性。

 先ほどはエプロンドレスをまとっていたが、今は執事が着ているような燕尾服をパリッと着こなしていた。


「彼女は家令の、コンスタンス・バルテルです」

「どうも初めまして。フランセット・ド・ブランシャールよ」

「初めまして、フランセット様。どうぞ、お見知りおきを。困っていることがあれば、なんでもおっしゃってくださいませ」

「ええ、ありがとう」


 いつも男装姿で働いているらしい。先ほどは、私が驚いてはいけないからと、エプロンドレスを着ていたようだ。女性が家令だと聞いて動じていなかったため、いつもの恰好で参上したという。


 続けて、専属侍女が紹介される。同じ顔だったので驚いたが、三つ子らしい。

 ココアブラウンの髪をシニヨンにしてまとめ、それぞれ違う色のドレスにエプロンをかけた姿でいる。年ごろは十七から十八くらいだろう。

 ひとりは輝く瞳でアレクサンドリーヌを抱いていて、ひとりは眼鏡をかけていて、ひとりは少し眠そうだ。

 顔はそっくりだが、個性がありそうな三つ子である。


 動物好きなのがニコ。眼鏡をかけているのがリコ。眠そうなのがココだという。


「ニコ、リコ、ココ、よろしくね」


 声を合わせ、「よろしくお願いいたします」と返してくれた。


 ニコだけ部屋に残り、ふたりは下がっていく。

 コンスタンスと入れ替わるようにして、メイドがお茶を持ってきてくれた。

 スプリヌで栽培している茶葉から作った紅茶らしい。お茶受けは香辛料を効かせたクッキー。


「次から次に人を紹介して、気疲れしたでしょう?」

「いいえ、平気よ。みんな、いい人そうで安心しているわ」

「いい人……?」

「ええ」


 ガブリエルは部屋の隅で待機しているニコを振り返った。嬉しそうに、アレクサンドリーヌを胸に抱いている。相当、動物が好きなのだろう。珍しく、アレクサンドリーヌも抱かれたまま、大人しくしている。居心地がいいのかもしれない。


「皆、変わり者の間違いでは?」

「紹介した人のなかに、あなたのお母様も入っているのだけれど」

「母は変わり者のスプリヌ代表みたいなものです」

「私も、変わり者の仲間入りかしら?」

「フランは常識ある女性です。変わり者ではありませんよ」

「だったら、仲間入りできるように努めなければいけないわね」


 ガブリエルは何か言いたいような表情を浮かべたが、出てきたのはため息ばかり。


「とりあえず、ここに慣れるまでゆっくり過ごしてください。母が村の案内がどうこう言っていましたが、気分が乗らないのであれば、別の日でもかまいませんので」

「あなたが忙しくないのであれば、村を案内していただきたいわ」

「いいのですか? 何もありませんよ」

「ええ。楽しみにしているわ」

「わかりました。では、明日は、村をご案内します」

「ありがとう」


 ガブリエルは素早く眼鏡を押し上げ、立ち上がる。一礼すると、部屋から去って行った。 

 部屋に残っていたニコを振り返り、手招く。


「あなた、動物が好きなの?」

「はい! こちらのアヒル様がとても可愛らしくて……!」

「アレクサンドリーヌっていうの」

「アレクサンドリーヌ様ですか! すばらしいお名前です」

「お世話を、お願いしてもいい?」

「もちろんです!!」


 水浴びや餌、散歩、排泄、寝床、卵についてなど、ニコにしっかり教えておく。


「私も手が空いていたら、一緒にお世話するからよろしくね」

「はい!」


 他の姉妹についても、話を聞く。

 リコが眼鏡なのは、暗い部屋で本を読みすぎたから。

 ココは夜更かしするのが好きで、昼間は常に眠そうにしているらしい。

 個性豊かな三姉妹である。


「コンスタンスはどんな人なの?」

「家令は、クールですね。仕事人間です。とっても頼りになるんですよ」

「そう」


 主要の使用人について、ざっくり情報を聞き出しておく。

 あとは、直接話をして理解するほかない。


 ここで上手くやっていけるかは、私次第だ。

 頑張ろうと、心の中で誓ったのだった。

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