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没落令嬢フランセットは、義母と話す

 義母はそうとう、スプリヌの地を捨てて出て行った人達のことが心の中の深い傷として残っているらしい。

 領地全体でも、若者達の都会への流出が止められないような状況なのだとか。そのため、余計に神経質になっているのだろう。


「フランセットさん、わたくしが死ぬまでここにいてくれたら、わたくしの個人財産をすべて相続させてあげますからね」

「母上!!」

「別によいではありませんか。子どもをたくさん産めとか、あなたを愛してあげてとか、言っているわけではないし」


 義母は言う。爵位の継承は、直系の子どもにこだわってはいないと。


「大事なのはスプリヌの地を愛しているか、ということだけですわ。直系の子どもに継承しても、財産ごと都会へ逃げられたら、たまりませんから」


 親戚はそこまで多くないという。

 義母の姉妹は、王都へ嫁いでいったモリエール夫人のみ。あとは、義母の亡くなった父親の兄弟、ガブリエルからみたら大叔父がひとり。

 この叔父というのが、食わせ者という話は耳にしていた。

 叔父の子どもは息子がひとり、娘がひとり。娘は余所へ嫁いでおらず、結婚した息子とその妻、娘がふたり。親戚は以上だという。


「子どもは最低五人は欲しかったのだけれど、ガブリエルしか生まれませんでした。家系的に、たくさん子どもを産めないのかもしれません」


 最悪、ガブリエルの意思を強く引き継ぐ者がいたら、その者を養子としてスライム大公の爵位と財産を引き継いでもらえばいい、という考えもあるという。

 魔物大公の爵位は、男系男子と限定しておらず、女性や養子にも継承権があるらしい。大事なのは、魔物大公の爵位を次代へ引き継ぐことなのだとか。 


「そんなわけですので、跡継ぎとなる子どもを産まなければ、というお役目はお気になさらず。好きな物はなんでも買っていいですし、旅芸人を呼んだり、劇団を呼び寄せたりもご自由にどうぞ。社交が苦手ならば、家に引きこもっておくのもかまいません。愛人も、お好きに囲ってくださいな」

「母上~~!!」


 義母はガブリエルの抗議を無視して話し続ける。


「この地を出て行くこと以外でしたら、なんでも好きになさって」

「えー、その、わかりました」


 貴族の結婚で当たり前のように果たさなければならないことは、ここではしなくていいという。ただ唯一、スプリヌの地を捨ててどこかに行くのだけは許さない、と。

 単純明快な決まりだった。


「フランセットさん、スプリヌの印象はいかが?」

「母上、どうしてそう、答えにくいことばかり聞くのですか」

「ガブリエル、あなたは少し黙っていてくださいまし。それで、どう?」


 満面の笑みで問いかけられる。たった今、来たばかりなのでゆっくり景色を見ていない。けれども、言えることはある。


「王都と何もかも違っていて、驚きました。まだ、ここがどのような土地かきちんと把握していないので、ひとまず、理解を深めたいなと思っています」

「あら、そうですの。ガブリエル、明日は村でも案内してあげたらいかが?」

「ええ、そうですね」


 義母は笑みを浮かべたまま、楽しそうにしていた。不興は買っていないようで、ホッと胸をなで下ろす。


「フランセットさんが来るって知っていたら、料理長にクラフティを作らせたのですが」

「クラフティ……」

「ご存じですの?」

「以前、いただきまして」


 モリエール夫人の話題を出していいものかわからなかったので、濁した言葉を返す。


「そうでしたのね。クラフティはスプリヌでもっともおいしいお菓子のひとつですのよ。わたくしも、ここを出て行った妹も大好物でした」


 モリエール夫人の話題が出たので、ドキッとする。別に、禁句というわけではないようだ。


「母上、フランセット嬢の嫁入り支度は、叔母上が手伝ってくれたんです」

「あら、そうでしたの? ジュリエッタが、どうして?」

「私の母は現在、姉と一緒に帝国にいるんです。姉が嫁入り前ですので。頼れる親戚もいなかったので、モリエール夫人の力をお借りました」

「では、お父上がいなくなってからは、ずっとおひとりで?」

「ええ」

「大変でしたのね」


 こうしてみると、義母とモリエール夫人は見た目や喋りがそっくりである。

 姉妹といっても、私と姉はまったく似ていなかった。子どものときから、似ている姉妹が羨ましかったのを思い出す。


「あの、実は、クラフティはモリエール夫人と食べたんです。彼女も、クラフティが大好きだと、おっしゃっていました」

「まあ……そう」


 複雑な表情を浮かべている。きっと、ふたりは仲のよい姉妹だったのだろう。けれども、結婚を機に離ればなれになってしまった。

 モリエール夫人は故郷を捨てたわけではない。大好きなクラフティは、毎週のように食べると話していたから。


「モリエール夫人にスプリヌでお気に入りの場所を見つけたら、手紙に書いて送ると話したら、笑顔を浮かべて喜んでいました」

「それは、どうして? あの子は、スプリヌの地を捨てて、出て行ったのに……!」

「母上、スプリヌに固執し、暮らし続けることだけが愛というわけではないのですよ」


 ガブリエルの言葉を聞いて、義母はハッと反応を示す。


「ここでの暮らしを他人へ強要することの愚かさを、今一度考えてみてください」


 挨拶の場はこれにてお開きとなる。

 義母をひとり残していいものか不安になった。ガブリエルは大丈夫だと言っているが。


「母には冷静になって、ひとりで考える時間が必要なのでしょう」

「それは、そうかもしれないけれど」


 後日、義母とはゆっくり話す時間を作ってもらおう。

 今は、ここでの暮らしに慣れなければ。

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