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没落令嬢フランセットは、城の内部を案内してもらう

 古城は水が溜まった堀に囲まれていた。中を覗き込むと、隙間なく杭が突き出ている。


「あの杭は、対スライム用?」

「そうです。杭に呪文が刻まれていて、堀に落ちると吸い寄せられるようになっているんです。スライムが刺さると魔力を吸収し、杭はさらに強固になる魔法が掛けられているようです」


 さらに、スライムの亡骸で、水質を浄化する魔法も施されているらしい。だから、堀の水は杭がはっきり見えるほど澄んでいるのだ。


「あなたが考えて、作ったの?」

「ええ、まあ。大した技術ではないのですが」

「いいえ! 素晴らしい技術だわ! スライムが退治される上に、水も浄化するなんて!」


 ガブリエルは眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、顔を逸らす。


「完成まで、大変だったでしょう?」

「それはまあ……。いや、私のことはどうでもよくて。内部を案内します」


 ガブリエルは堀の前で、杖をトントン叩く。すると、魔法陣が浮かび上がった。連動して、跳ね橋が下りてくる。


「私の杖やあなたの傘の石突きに、呪文が刻んであるんです。それでここを叩くと、この通り、跳ね橋が下りてくるという仕組みです」

「なるほど。この傘は鍵代わりでもあるのね」

「ええ、そうなんです」


 橋はしっかりした造りであったものの、手すりはない。堀の杭を見てしまったら、怖じ気づいてしまう。

 そんな私に気づいたのか、ガブリエルは手を差し伸べてくれた。


「よろしかったら、手をお貸しします」

「お願い。実は、怖かったの」

「毎日通っていたら、慣れますよ」

「そうかしら」


 差し伸べられた手に、指先を重ねる。ぎゅっと握り返され、腰も支えてくれた。

 どきん、と胸が跳ねる。

 それは、意外としっかり支えてくれた彼に対するときめきなのか。

 それとも、危険な橋に対する恐怖から動悸がしたのか。

 どちらにせよ、恐ろしいことには変わりないので、手を貸してくれて助かった。


 落とし格子を上げて、門を抜ける。その先にあったのは、切石で作った高い外郭に囲まれた威圧感のある庭だ。スライムの侵入を防ぐために、頑丈に造っているのだろう。


「スライム避けの侵入防止の魔法が完成したのは百年ほど前で、それ以前は外郭を高く造ることによって、スライムの侵入を防いでいたようです」

「そうだったの」


 この古城には、スライムと長きにわたり戦ってきた歴史があるのだろう。

 よくよく見たら庭の植物はほぼ野菜で、木々は果樹だった。一般的な貴族の庭にある薔薇や百合などの、観賞用の草花は見当たらない。


「三百年前にこの地でスライム飢饉ききんが起きまして、今後何かあったときに領民に食料を配布できるよう、領主城では野菜や家畜を育てているんです」

「スライム飢饉?」

「スライムが野菜や家畜を好む個体へ進化してしまった、暗黒期があったのですよ」


 村の野菜はすべて食べ尽くされ、家畜は血の一滴も残らないほど呑み込まれてしまったという事件があったらしい。

 当時の領主が血反吐をまき散らしながらスライムを殲滅せんめつさせ、領民を飢えから救ったという。


 庭では多くの庭師が働いていた。ガブリエルを見つけるなり、頭を下げる。


「あの、ちょっと気になったことがあるのだけれど、聞いてもいい?」

「ええ、どうぞ」


 庭の土には、スライムを薄く伸ばしたような透明な膜が張られていた。

 これは何なのか、妙に引っかかったのだ。


「この膜は、植物の生育を早める土壌スライムです」

「ど、土壌スライム……!?」

「ええ」


 スライムの亡骸を素材として作っているらしい。


「スプリヌで小麦は秋に種を蒔き、越冬させたあと、初夏に収穫します。しかしながら、この土壌スライムを使うと、たった一か月で収穫までできるのです!」

「本当に?」

「嘘は言いません」


 領民全員の食糧を確保するために、ガブリエルが開発したらしい。

 スライムを素材に、という点で怪しさを感じる。けれどもきちんと浄化され、スライムの成分はいっさいない状態だという。外部に依頼し、食品の安全性も確認されているようだ。


「ちなみに、ここで働く者以外は知らない情報です」

「私に喋っても大丈夫だったの?」

「フランは、私の妻となる女性ですから」


 頬を染め、恥ずかしそうに言っていた。私が見ているのに気づくと、高速で顔を逸らす。

 なぜ、彼にここまで気に入られているのか、まったくわからない。

 ここでの暮らしに慣れたら、ゆっくり話を聞いてみたくなった。


 城の内部には家畜小屋や酒を造る工房、養蜂を行う花畑や礼拝堂、武器保管庫などなど、把握しきれないほどの施設があった。

 一歩進んだら使用人とすれ違うほど、たくさんの人達が働いている。

 皆、ガブリエルを尊敬し、恭しく頭を下げていた。彼はよき領主らしい。


 やっとのことで、住居となる城へ辿り着いた。大勢の使用人に出迎えられる。


「旦那様、おかえりなさいませ」


 深々と頭を下げる三十代くらいの女性は、家令だという。

 女性の家令を初めて見たので、驚いた。ブルネットの髪を短く切りそろえた、かなりの美人である。


「使用人は、あとで紹介します」


 まずは母親に、ということなのだろう。

 ガブリエルは使用人に、荷物を託す。家令はアレクサンドリーヌを預かると、受け取ってくれた。浴槽で水浴びをさせてくれるらしい。ありがたい。


「では、フラン、中を案内しますね」

「ええ、お願い」


 城の内部は驚くほど明るい。その秘密も、やはりスライムであった。


「ここでは、スライムを魔石のように硬化させ、灯りに利用する〝スライム灯〟が利用されています」


 光属性のスライムを使い、生活灯として使っているようだ。もちろんこれも、ガブリエル特製だという。


 長い石造りの廊下を歩き、二階へと上がっていく。

 辿り着いた先は、ガブリエルの母親の私室であった。

 扉を叩き、声をかける。


「母上、ただいま戻りました。今日は婚約者であるフランセット嬢を紹介したく、参りました」


 侍女の手によって、扉が開かれる。

 部屋の中にいた上品な女性が、私に微笑みかけてきた。

 だが、次の瞬間には、信じがたいほどの声量で叫ばれる。


「やだーー、都会の人ですわーー!! どうせ、半日でこの地を飽きて、出て行きますのよーー!!」


 ガブリエルの「ほら、変わっているでしょう?」みたいな悲しげな視線に、どう応えていいのか本気でわからなかった。


「母上、落ち着いてください。彼女は私の婚約者です。この地については、理解いただきました」

「あなたの父親も、そう言って、結局はこの地から出て行きましたの! ああ、不幸な子ですわ。早々に、捨てられるなんて!」


 なんていうか、濃い御方だ。上手くやれるのか心配になったが、信頼は行動で示すしかないのだろう。


「初めまして、フランセット・ド・ブランシャールと申します」

「ブランシャール? ブランシャールって、メルクール公爵家の!?」

「え、ええ」

「母上、どこの誰と結婚するというのは、先日説明したでしょう?」

「ごめんなさい、ぜんぜん聞いていませんでした」

「母上……。呆れて言葉がでてきません」


 今一度、私と私を取り巻く問題について、ガブリエルは説明してくれた。


「――というわけで、彼女はただの公爵令嬢ではありません。父親は行方不明のままで、今すぐ結婚というわけにもいかず……。しばらくは、婚約者という関係でいなければなりません」

「まあ、そうでしたの。若いのに苦労をして、おかわいそうに……!」


 ガブリエルの母親は私のもとへやってきて、ぎゅっと手を握る。


「わたくしのことは、お義母かあ様と呼んでかまいませんからね」

「あ、ありがとうございます」


 ガブリエルの母親改め義母は、にっこり微笑みながら思いがけないことを口にした。


「頼るべき父親がいないのならば、ずっとここにいてくださるわね!」

「母上、何を言っているのですか!!」


 悪い人ではないのだろう。たぶん。

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