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スライム大公と没落令嬢のあんがい幸せな婚約  作者: 江本マシメサ
第一章 

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没落令嬢フランセットは、ドラゴン大公の訪問に目を剥く

 すぐに扉を開く。

 訪問者は――金髪碧眼の美丈夫。間違いなく、アクセル殿下だった。

 驚くばかりの私に、アクセル殿下は優しく声をかけた。


「久しいな、フランセット嬢」


 頭の中が真っ白になり、返す言葉が見つからない。ひとまず、跪礼を返しておく。


「ア、アクセル殿下におかれましては――」

「堅い挨拶は不要だ。私はそなたが元気か、見に来ただけだ」


 なぜ? という疑問が表情に滲んでいたからか、アクセル殿下は理由を語る。


「メルクール公爵が行方不明らしいな。今日、部下から報告を聞いて、驚いた」

「あ――はい」


 騎士隊が無頼漢の男達を連行したので、アクセル殿下のもとまで話が届いたのだろう。


「内部に問題があって、把握が遅れてしまった」


 問題というのは、事件をもみ消すためにマクシム・マイヤールが大金を騎士に手渡したらしい。そのため、父の失踪も含めて、上層部にまで事件が伝わっていなかったようだ。


「マクシム・マイヤールはどうやら、妻に逃げられたのを恥だと思っていたらしい。事件が明るみに出ないよう、あれこれと手を尽くしていたようだ」


 関係した騎士達が受け取った金額は、二十万フラン。

 ガブリエルが渡したお金がそのまま、事件のもみ消しに使われたようだ。

 それにしても、アクセル殿下直々に事件の調査に当たるなんて。何か、大きな事件でも絡んでいるのか。


「失踪前のメルクール公爵は、何か行動におかしな点はあっただろうか?」

「いいえ。いつも通り、愛人の邸宅で過ごし、あまり家には帰りませんでした」

「家に、帰らない? もしや、そなたはほとんどひとりで暮らしていたというのか?」

「ええ、まあ」

「使用人は?」

「おりません。あ、アヒルならおりますが」

「アヒル……?」

「庭におります。獰猛で、訪問者を襲うのです」


 背伸びをして、庭を覗き込む。アレクサンドリーヌは大人しく、庭の隅で雑草を突いていた。やはり、彼女は襲う相手を選んでいるのだろう。悲鳴を上げるガブリエルが脳裏を過り、躾が必要だと改めて思った。


「やはり、そなたは私が面倒を見るべきだった。今からでも遅くない。後見人となってやる」

「あ、えっと、大丈夫なんです」

「そなたは以前もそう言って、私の申し出を断った。実際は、大丈夫ではなかったではないか」

「いや、そうなんですけれど、本当に今は大丈夫なんです」

「何がどう、大丈夫なのだ?」

「婚約したんです」

「婚約? どこの誰と?」


 凄み顔で、問いかけられる。震える指先を握りしめ、質問に答えた。


「ガブリエル……スライム大公です」

「スライム大公だと!?」

「はい」

「彼と、どこで出会ったというのだ?」

「ここです。実は、無頼漢の男達がやってきたとき、助けてくれたのが彼だったんです」

「そうか……。彼が、そなたと婚約をしたのか」


 どうやら、アクセル殿下とガブリエルは顔見知りらしい。魔物大公同士なので、交流があるのかもしれない。


「たしかに、彼ならば、そなたを守ってくれるだろう。生活も、安定するはずだ」

「ええ、だと、いいのですが」


 立ち話もなんだ。家の中でお茶でもと声をかけたが、断られてしまう。

 事件について、詳しい話をするならば、騎士隊の本部へ行ってもいい。そう申し出たが、それも断られてしまう。


「今日は、そなたの顔を見に来ただけだ」

「そ、そうだったのですね。呼び出していただけたら、いつでも参上しましたのに」

「それもそうだな。呼び出せばよかった」


 頭をぽんぽんと叩かれる。ここで初めて、アクセル殿下は淡く微笑んだ。

 まるで兄が妹にしてやるような、優しいスキンシップだ。


「もう、こうしてそなたと接することも、できなくなるな」

「アクセル殿下……。これまで、優しくしてくださり、ありがとうございました」

「いいや、そなたには、何もしてやれなかった」

「お立場もあるでしょうから」

「それでも、何かできたはずだった」


 繋がりが薄い私をここまで気にかけてくれるなど、なんて温かな心の持ち主なのか。

 今一度、感謝する。


「メルクール公爵については、騎士隊が責任を持って調査する。何かわかったら、スプリヌ地方に手紙を送ろう」

「はい、よろしくお願いいたします」


 今度、スプリヌに遊びに行く。そう言って、アクセル殿下は帰っていった。

 想定外の訪問者に、胸がバクバクと脈打つ。

 二度とこういうことはないだろうけれど、訪問されるさいは事前に連絡してほしい。心の中でそっと抗議した。


 ◇◇◇


 とうとう、スプリヌへ嫁入りする当日となった。

 正確に言えば、嫁入りではないのだが……。


 隣近所にはすでに挨拶を済ませている。

 菓子店と養育院、市場の知り合いにも。王都が恋しくなったら、ガブリエルがいつでも転移魔法で連れてきてくれるという。だから、また会えると言葉を交わし、別れてきた。


 荷物は鞄ひとつ、それからアヒルのアレクサンドリーヌを脇に抱える。

 プルルンも、ポンポンと跳ねて私の肩に着地した。

 下町の家はガブリエルが庭師を雇い、庭の管理を任せる。いつでも父が帰ってきてもいいように、手入れを頼んでくれた。

 時間になり、ガブリエルがやってくる。魔法陣が浮かび上がり、そこから現れた。


「お待たせしました」


 会って早々、これを持っておくようにと、傘が差し出される。フリルがついた、可愛らしい意匠だ。


「スプリヌは雨なの?」

「いいえ、護身用です」

「護身用?」


 傘で何をどうするのか。

 ガブリエルは何も答えず、代わりに手を差し出す。そこに、私はそっと指先を重ねた。

 新しい土地での暮らしが始まる。

 きっと悪いようにはならない。そんな気がしていた。


「行きましょう、フラン」

「ええ、お願い」


 転移魔法が展開され、光に包まれる。

 景色がくるりと回転し、一気に変わった。 

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