没落令嬢フランセットは、スライム大公を家に招く
ガブリエルからの贈り物という名の食糧支援は、スライム達が運んでくる。
色とりどりのスライム達が、カゴに入った食材を持ってくる様子はまるで物語の世界だ。
ただ、街中で目立たないように、姿隠しの幻術をかけているらしい。そのため、獰猛アヒルことアレクサンドリーヌの前を通っても、無傷でいるようだ。
一昨日、ガブリエルに宛てた手紙に、スプリヌに行く前に会えないかと、ダメ元で書いてみた。今日、その返事が届く。明日であれば、時間があるという。
すぐに返事を書いて、スライム達に託した。
一応、プルルンにみんなと一緒に帰るか、毎回聞いている。
『いいー、フラといっしょにいるう』
「そう」
相変わらず、プルルンは一緒に過ごしてくれるらしい。
お菓子作りをしたり、料理をしたり、買い物に付き合ってくれたりと、プルルンなしの生活は考えられないくらいになっていた。
私の相棒として、活躍している。
スライム達はお風呂で水遊びをしてから、帰っていった。
翌日――ガブリエルが買ってくれたデイドレスに袖を通す。ライラックカラーの、清楚な色合いの一着だ。
久しぶりに、化粧も施す。
次は髪結い。サイドの髪をロープ編みにして、後ろの髪は三つ編みにしてまとめる。真珠が連なった髪飾りを差し込んだら、完成だ。
合わせ鏡できちんときれいに仕上がっているか確認する。
「うん、上出来!」
髪結いも、この二年でずいぶん上達したものだ。最初は三つ編みですら、上手くできなかった。
一度、髪結いのお店に行ったが、私の好みの髪型にはならなかった。その日以降、猛烈に練習したのだ。
ちなみに、ガブリエルと会うのは我が家である。オシャレな喫茶店も候補に挙がったが、ゆっくり話せるのはここしかないだろう。
お菓子はチョコレートパイを焼いた。上手くできたと自画自賛している。
あとは、ガブリエルを待つだけ。
落ち着かないので、庭で雑草を抜く。すると、ガブリエルの叫びが聞こえた。
「な、何をやっているのですか! そういうのは、使用人の仕事です!」
花束を持ったガブリエルが、門を抜けて大股でやってくる。すると、アレクサンドリーヌがガブリエルに向かって突進していった。
「う、うわー!」
「アレクサンドリーヌ、ダメ!」
私が怒ると攻撃は止まるが、ガアガアうるさく鳴き続けていた。完全に、ガブリエルを敵だと認識している。
「ごめんなさいね、凶暴で」
「いえ……。手紙には裏口からと書いていたのに、正面からやってきた私が悪いのです」
家をそっと覗いてから、裏口に回ろうとしていたようだ。
「庭の草抜きなんて、プルルンにでもやらせたらいいものを」
「プルルン、草抜きもできるのね」
「基本的に、人間ができるものはなんでもできます」
「器用ねえ」
スッと、ガブリエルの腕が私に伸びる。頬を撫でるのかと思いきや、髪に付いていた葉っぱを取ってくれたようだ。
何を勘違いしているのか。恥ずかしくなった。
「あ、ごめんなさい。草が、付いていたものですから」
「いいえ。その、ありがとう」
続けて、花束も差し出してくれた。
「先ほど叔母に会ったのですが、花を買って持っていけと言ったものですから」
「まあ、嬉しい。水仙、大好きなの。とてもきれい……!」
「喜んでいただけたようで、何よりです」
立ち話もなんだ。家に招く。その前に――。
「閣下、このドレス、嫁入り準備で購入したの。いろいろと、ありがとう」
「いいえ。あなたを妻に娶るのです。これくらい、当たり前です。それよりも――」
「それよりも?」
「閣下は止めてください。敬われるような存在ではないので」
「でも、あなたはスライム大公でしょう?」
「そうですが」
「だったら、なんと呼べばいいのかしら?」
「ただ、ガブリエルと」
「呼び捨てで?」
「ええ」
「わかったわ、ガブリエル」
「ありがとうございます」
ガブリエルは眼鏡のブリッジを高速で押し上げる。頬が、若干赤いような気がした。
名前を呼ばれて嬉しいのか、照れているのか、謎である。
「私も、フランセットと呼び捨てでいいわ」
「わかりました。その………………フ、フランセット」
「ぎこちないわね。呼びにくいのであれば、フランでいいわ」
「たしかに、フランのほうが、呼びやすいかもしれません」
「だったら、フランで」
「はい、ありがとうございます」
お互いの呼び方が決まったところで、家の中へ案内する。
「今日はチョコレートパイを焼いたの。ガブリエル、あなた、甘い物はお好き?」
「え!? あ――た、食べられないことはないです」
「そう、よかった」
手紙で何が好きか、聞いておけばよかった。
父が甘い物が大好きだったので、ガブリエルも大丈夫だろうという思い込みがあったのだ。
客人を招くときは、好みを把握しておかなければならないのに。
紅茶を淹れて、チョコレートパイと共に運ぶ。
何やら、プルルンとガブリエルの楽しそうな会話が聞こえた。
『ガブリエルがー、フラのおかし、かいしめていたはなし、してもいい?』
「ダメです!!」
「何がダメなの?」
ひょっこり覗き込むと、ガブリエルがプルルンの口を手で押さえていた。
「いいえ、なんでもありません」
「そう。チョコレートパイ、お口に合うかどうか、わからないけれど」
「いただきます」
ドキドキしながら、ガブリエルがチョコレートパイを食べる様子を見守る。
食べられないことはない、という発言から、そこまでお菓子を食べる人ではないのだろう。
ガブリエルは上品にフォークを使い、チョコレートパイを食べる。
口に含んだ瞬間、アイスグリーンの瞳をカッと見開いた。
「どう?」
「うまっ……ではなくて、さ、最高においしいです!!」
古い家が若干揺れるほどの、大きな声だった。
お口に合ったようで、何よりである。