没落令嬢フランセットは、理解を得る
マエル殿下の宣言通り、財産は没収された。けれども、アクセル殿下がいろいろと動いてくださったようで、父の爵位だけは残った。
ただそれも、継ぐべき男系男子がいないため、そのうち返上することになるだろう。
魔物大公は女性にも継承権があるものの、普通の爵位は男性しか継げないのだ。
ガブリエルは私の話を聞いて、どう思ったのか。
ちらりと見てみると――猛烈に泣いていた。
「え、あの、ど、どうしたの!?」
「酷い。あまりにも酷い仕打ちです」
「たしかに酷いけれど、そこまで泣くほど!?」
感受性が豊かなのだろう。
年上の男性がここまで泣いているところを見るのは初めてだ。なんだか見てはいけないようなもののように思えて、顔を逸らしてしまう。
あまりにも泣くので、スライム達が励ましていた。
『なかないのおー』
『いいこ、いいこ』
『なくなよ!』
『だいじょうぶー?』
『つらいねえ』
『よしよし、よしよし』
『涙雨、しとしと』
ハンカチを差し出すと、受け取って拭っていた。目は真っ赤になっている。可哀想に。
「でも、大丈夫。結末は、そんなに酷いものではないのよ」
「どういうことですか?」
「私の姉は母の故郷である隣国へと渡って、社交界に返り咲いたの。先日、皇太子様との婚約が発表されたわ」
「そうだったのですか」
隣国はここよりずっと大きな国だ。そんな国で皇后として抜擢されるのは、この上ない名誉だろう。
いとこ同士の結婚である。
ふたりとも一途で真面目なので、今度こそ上手くいくだろう。
「あなたは、母親や姉に、ついて行かなかったのですか?」
「私は――」
「父親が心配だった?」
「いいえ、まったく。お父様は、ひとりでも大丈夫。面倒を見てくれる愛人が大勢いたから」
「ではなぜ、残ったのですか?」
「もう二度と、社交界での付き合いをしたくなかったから、かしら」
これまで優しくしていた人達が、手のひらを返したように冷たくなる。ここはそういう世界なのだと気づいたら、どうしようもなく恐ろしくなったのだ。
けれどそれはきっと、国内だけの話ではない。よその国でも、同じようなことは起こっているのだろう。
皆、権力者の言葉は絶対だと思い、長いものに巻かれて生きているのだ。
「どちらが正しく、どちらが間違っているか明白なのに、まかり通ってしまう世の中なのですね」
「ええ、そうなのよ。権力がある者が正当性を主張したら、皆何も考えずに支持する。それが、貴族社会なの」
「本当に、酷い話です」
華やかな暮らしから一転して、質素な暮らしになった二年前。
最初は朝、ひとりで起きられなくて、昼まで眠って頭を抱える日も珍しくなかった。
お菓子作りだって、火加減を誤って焦がしたり、生焼け状態のお菓子を食べてお腹を壊したり、薪が買えなくて近所で木の枝を拾ったり。失敗と苦労の連続だった。
めげずにやってこられたのは、私達家族を不幸へ突き落としたマエル殿下よりも幸せになってやるという意地があったから。
これまで誰にも話してこなかったが、すべてガブリエルに打ち明けてしまった。
「よくぞ、二年間も慣れない環境で耐え抜きましたね。誰にもできることではないでしょう。あなたは尊敬すべき女性です」
「そんな、尊敬だなんて」
「謙遜しないでください」
この二年間、私はずっとモヤモヤしつつ過ごしてきた。
けれど今、妙にすっきりしている。
たぶん、誰かに話を聞いてもらい、頑張っていると認めてもらいたかったのかもしれない。
「あ――」
涙が、ぽろりと零れる。
二年前、姉が酷い目に遭っても出てこなかったのに。
他人の前で泣くなんて恥だ。けれども、先ほどガブリエルの大号泣を目にしたばかりである。おあいこだろう。
彼は、わかりやすいほどうろたえていた。申し訳なくなる。
私のもとに七色のスライムが集まって、先ほど同様励ましてくれた。
『たまには、ないてもいいんだよお』
『よくやった!』
『そうだ、そうだ』
『がんばったねー』
『よーし、よしよし』
『えらい、えらい』
『涙腺、誰でもたまに緩む』
スライムの励ましを受けて、なんとか泣き止んだ。早めに止まってくれた涙に感謝する。
ひとまず、スプリヌに行くのは一か月後に、という話になった。
「後日、嫁入り準備をするために、叔母をこちらに向かわせようと思っています」
「嫁入り準備?」
「小物とか、ドレスとか、いろいろ必要になると思いますので」
そうだ。手ぶらで嫁入りなんてできるわけがない。
しかしながら、うちに新しいドレスの一着ですら買う余裕なんてなかった。
「費用は私が持ちますので」
「そんなの、悪いわ」
「でしたら、貸しにしておきます」
「でも、返す当てがないから」
「何か事業を始めたらいかがですか? 投資しますよ」
「事業……」
私ができる仕事といえば、お菓子作りのみ。
けれども、王都みたいに常連さんがいるわけでもない。果たして上手くいくものなのか。
「ゆっくり考えておいてください」
「ありがとう」
お詫びと感謝の印として、ガブリエルを夕食に誘った。だが、先触れのない訪問で、食事までいただくわけにはいかないと丁重に断られてしまった。
「では、また今度」
「ええ、ごきげんよう」
ガブリエルが出て行くと、スライム達もあとに続く。が、プルルンだけは家の中に残っていた。
「プルルン、何をしているのですか! 帰りますよ!」
『プルルン、フラといっしょにいるう』
「な、何をふざけたことを言っているのですか!」
『いるったら、いるー。フラといっしょがいいのー』
プルルンは私の左腕に巻きつき、離れようとしない。
どうやら、懐かれてしまったようだ。
「あの、あなたさえよければ、プルルンは預かっておくけれど」
「しかし、迷惑なのでは?」
「ぜんぜん。料理とかお菓子作りとか手伝ってくれるし、むしろ助かるくらい」
「でしたら――」
ガブリエルは「プルルンをよろしく頼みます」と言って、深々と頭を下げたのだった。
こうして、ガブリエルはアヒルに猛烈に鳴かれ、激しく突かれながらも帰っていった。