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事情徴収とベーコンサンド

ごろりと地面に転がったのは、血に塗れながら白く輝く、結晶化した森狼の目玉だった。


森狼はぐらり…と反り返って地面に崩れ落ちた。

体が開放されたアリアはすぐ立ち上がる。ヒューッ、ヒューッと嫌な音を立てる荒い呼吸と、ガクガク痙攣が止まらない森狼に近付き顔を覗き込んだ。あるべきものを無くしてがらんどうになった眼窩から、だくだくと血が溢れかえっている。


森狼に飛びつかれた際に吹き飛んだ、焦げ茶のトランクはどこへ行ったかと辺りを見回せば、幸いにもすぐ近くの木の根元に落ちていた。アリアはトランクを回収し、救急箱を取り出す。


救急箱の中には小瓶がぎっしりと入っていた。アリアはその中から、二本の小瓶を取り出した。その内の黒い瓶を、森狼の眼窩に充てがった。すると眼窩の中から紺碧の靄のような気体が湧き出て、瓶の中に吸い込まれて行く。


そのまましばらくすると、森狼の荒い息が少し静かになった。痙攣も止まっている。アリアは充てがっていた瓶を離し、蓋をキュッと締めた。続いてもう一本の、繊細な模様が彫られた透明な瓶の蓋を開ける。中に入っている銀の液体がちゃぷんと揺れた。


「……いざという時のためのとっておきの薬だけど、致し方ないか…。高価かったけど……」


アリアは苦悶の表情でそう呟き、森狼の空の眼窩に、その薬を最後の一滴まで注いだ。薬の冷たさに驚いたのか、もしくは薬が傷に染みたのか、森狼はギャウッッ!と身を捩らせた。しかしアリアは頓着せずに、薬が注がれた目の様子をじっと見詰める。


すると、しゅうっと音がして、あんなにも血が溢れ出していた森狼の傷は塞がっていた。


「ふむ。さすがに目までは修復出来ないか…。まあでも、これならもう死んじゃう心配はないかな…」


水の魔術で血を洗い流し、森狼の目の辺りに触れて問題なく薬が効いているか確認をする。すると、森狼は起き上がってアリアの頬に鼻をすりつけた。


「はいはい。お礼は良いから…」

「……アリア」名前を呼ばれ、アリアは飛び上がった。

「オ、オスカー」


アリアはすっかり、自分が突き飛ばした相棒の事を忘れていた。草まみれになったオスカーが、何とも表現し難い凄い表情でこちらを凝視してくる。


「俺はどこから問い詰めれば良いんだろう…?」

「えーっと、その」


尋常じゃない迫力をまとって、ゆらりとオスカーが一歩、また一歩とアリアに近付く。アリアは思わず後ずさりしようとしたが、その前に腕を捕まえられてしまった。


「君はー…」


その瞬間ぐーっとアリアのお腹が鳴ったのて、オスカーはがっくりと脱力した。


だって色々頑張って、お腹が減ったのだ。


***


ぱちぱちと、薪が音を立てる。


オスカーが手早く組み立てくれた焚き火に、アリアはトランクから携帯用の鍋を取り出して山猪の燻製肉を焼いた。この燻製肉は、オスカーが一ヶ月程前に滞在していた村で狩りを手伝った所分けて貰ったものだそうだ。今の季節は秋の半ばだ。たくさんドングリを食べてまるまる太っていたという山猪は、焼いているとじわりと脂が滲み出して、良い香りが漂う。


これまたオスカー支給の、皮がバリッとしたパンを、軽く火に炙って香ばしくふんわりさせてから、ジュージューと音を立てる良い色に焼き上がった燻製肉を挟んだ。


ひとつをオスカーに渡して、アリアも自分の分にかぶりついた。オスカーも一口かじって飲み込んだ後、ぼそりと口を開いた。


「……君に吹き飛ばされた後、俺はいろいろと信じられないものを見たよ」


風に木々がざわざわと揺れる。オスカーは近くで寝そべっている森狼にちらりと目をやりながら、話を続けた。


「君が森狼に引き倒されている姿に息が止まりそうになったけれど、俺が駆け寄る前に、君はすぐに森狼の目を抉った…迷うそぶりもみせず、的確な動きだった。その後、瀕死の状態に見えた森狼に妙な小瓶を充てがって、しばらくしたら森狼の状態が落ち着いたのも見た…。まず普通の市販薬じゃない、非常識な治癒力を持つ薬を使うのも…」


アリアはパンをごくりと飲み込み、口を開く。

やるべきことは一つ。白を切る。以上!


「…長く旅をしていますと、色々なものが入り用になりますし、色々な経験を経て対処法を知るものでして」


そう答えて、また一口パンを頬張る。我ながら最高の焼き具合であった。美味しい。


「その答えで押し通すつもり…?」


オスカーが信じられないものを見る目でアリアを見た。自分でも無理があると思うが、どんなに無理があっても本当の事を話すよりはましなのである。


「…その結晶化した目玉。君は魔力変異を起こした生き物への対処方法を知っていたんだね」


オスカーが指を差したのは、森狼の治療を終えたアリアが回収した、結晶化した森狼の左目だった。アリアはぼんやりとそれを眺める。


奇しくも、ナタリアが失ったのも左目だったのだ。

『聖国物語』の正しいストーリーでは、4年前のあの事件で、ナタリアは目覚めたばかりの魔力の暴走を起こしていた。そこで更に剣で切られ酷い怪我を負ったために、逃亡する最中、体が耐えきれず侵食が起きた。瀕死の状態で辿り着いた場所で、ナタリアを匿い、侵食を食い止める治療を施してくれた人がいる。


だからアリアは、そのやり方を知っていた。完全に侵食されてしまった部位は摘出し、過剰な魔力を吸い出し、摘出跡の治療を行ったのだ。


「…魔力変異した獣は、殺せばその怨念で呪われます。変異体の呪い故に、何が起きるかは蓋を開けてみないとわからない。はぁ、討伐出来ないなら報酬も貰えない、もちろん毛皮や血も売れない。むしろ高い薬をこの子のために使ってしまいました。大赤字ですわぁ…」

「ようやく何か話し始めたと思ったら、それなの?」


その後もアリアはオスカーからの問いを躱し続けた。オスカーは途中で諦め、ベーコンサンドを味わうことに専念していた。そして二人は食後、とりあえず討伐依頼主の酪農協会に事情を説明しに行こうと立ち上がって歩き始める。


すると、近くで寝そべっていた森狼も起き上がって、二人の後ろをとことこ付いて来た。


「ついてくるね…」

「…オスカー、一度あなただけで酪農協会へ行って、事情を話して来てくれません?さすがにこんなの説明無しに、町中に連れていけませんよ」

「俺が、森狼と共に君を置いていけると思っている?」

「この子はもう安全だと思いますよ。ほらほら」


アリアが森狼の首の付根をこしこしすると、森狼は気持ちよさそうにくうんと鳴いた。オスカーは眉間に皺を寄せてため息をつきながら、鞘に入った長剣をアリアにとんと渡した。


「俺の剣を預けておくから、ちゃんとここで待っていて。確かにその森狼は君に危害を加えないだろうけれど、君は目を離した隙に、どこかへ姿をくらましそうだ」


ぎくり。

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