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森狼の眼、戦場の騎士

さて、森狼である。


森狼は、夏の澄んだ夜空のような紺碧の毛皮を持ち、その血肉は貴重な魔術薬の原料になる。いくらディーリンジア国が動物を大切にする国といえど、密猟が多発してもおかしくないくらいに金貨の山に変わる獣である。


しかし森狼は、そう簡単に狩ることは出来なかった。この世界のいくつかの獣がそうであるように、森狼もまた固有の魔力を持っていた。ふさふさとした美しい毛並みは、実は毛の一本一本に魔力を孕んでいて、ひとたび危険が迫れば驚くべき硬度に変わる。


大抵の武器では、その毛皮に傷の一筋も付けることは出来ない。もし毛皮に宿る魔力量を上回る、強い魔力が付与された武器であれば打ち勝つ事は可能だが、そんな武器は伝説の名刀レベルなので、そうほいほい転がっていない。なので一般的な武器で森狼を狩ろうとするならば、目か、もしくは口が開いた所を狙うしか無い。


では武器以外の方法で、と考えたいところだが、彼らは気配に敏く、どんな巧妙な罠も見破ってしまうし、どれ程良く出来た毒餌であっても判別してしまうのだ。


「騎士さん」

「オスカーで良いよ、アリア」

「…オスカー。そんな難敵森狼ですが、どうやって狩るつもりだったんですか?」

「そこまでわかっているなら、むしろ君にこそ聞き返したいけれど…。俺は一応森狼程度なら太刀打ちできる、魔力付与された剣を持っているから」

「国の騎士さんは、皆さんそんなとんでもない剣を持ってるんですか…?」


震える声でそう尋ねれば、オスカーは笑った。


「まさか。…俺はちょっと、追っている相手が高位の魔術師だからね、特別に支給されているんだ」


(ナタリア討伐用の剣だったー!!)


アリアはどうにか動揺を隠して、会話を続ける。


「…でも、オスカーが森狼を叩き切れるとしても、それは最終手段にして頂けますか?」

「安全を第一に優先にさせて貰うけれど、ちなみに理由を教えてくれる?」

「地面に流れてしまうであろう血がもったいないからです!あと、追い回して消耗させるのも出来れば避けたいです…。ストレスを感じながら走ると、肉質が悪くなってしまうので…」

「そう…」

「なのでまず、私に罠を張らせて貰っていいですか?警戒心高めの獣にぴったりのものがありまして」


***


森狼討伐の依頼主である、キヌカ酪農協会を訪ねて挨拶を済ませてきた二人は、早速キヌカの町はずれにある酪農場に面した、森の前に来ていた。隻眼の森狼は、この森をねぐらにしているらしい。


「例の森狼は、昼間の人の目がある内は活動しないということなので、今の内に罠を仕掛けておいて、明日の朝、掛かっているか見に来ましょう」

「……道すがら教えて貰ったけれど、本当にこんな罠があるんだね…」


オスカーとアリアが現在手にしているのは、蜘蛛蔦という植物で出来た罠である。オスカーには旅の道中で見付けて購入したものだと説明しておいたが、本当はアリアが作ったものだった。


森に入り、罠を地面にぶすりと刺す。すると、閉じた蕾のような形状をしていた罠がふわっと開き、中から出てきた蔦が蜘蛛の巣のように四方に広がった。蔦はとても細く、地面の草にまぎれてしまって、近くで見てもどこに仕掛けられているかわからなかった。


「はい、これでこの上を獲物が通ると罠が発動して、ばくんと蔦が巻き付いてがんじがらめにしてしまう訳ですね」

「えげつない罠だね…。森狼は罠をよく見分けると言うけど、これは大丈夫?」

「植物由来の罠なので、気配が森に同化してしまうんですよ!森狼を狩るのは初めてですが、警戒心が強いといわれている動物でもかなり捕獲出来てきたんで、上手くいくと思います」

「植物由来…」


そんな話をしながら、次の場所に罠を仕掛けようと移動していた時だった。

ぴりっと首筋に寒気が走った。それはオスカーも同様だったらしく、瞬時に剣を抜いていた。アリアもまた護身用のナイフを取り出す事にする。


「…なにか来ますね」


木陰から、ガサリと音を立て、大きな肢体が現れた。

薄暗い森の中でぼうっと、獣の目が光る。アリアはその目の片方が白くなっている事に気付いた。


「隻眼の森狼、だね」

「…話が違います。何で今の時間に起きているのか」


涎を垂らしながら、森狼は少しずつ近づいてくる。


「切って良いかな?」

オスカーは森狼から目を離さずに、アリアに尋ねる。

「うう…。もったいないですが、安全第一ですからね…しょうがないですよね…、っ!?」


しかしその時アリアは、森狼のその白い片目が、失明のそれとは様子が異なる事に気付いた。


「…オスカー!!やっぱり切るの却下です!!あれ殺したら駄目なやつです!」

「え!?」

「ひとまず逃げましょう、あの森狼は、魔力変異しています!」

「魔力変異種か…!であれば、殺してしまったならどんな呪いが付与されるかわからないな…」

「はい!一時撤退して対策を練りましょう」


森狼の片目は白く輝き結晶化していた。突然変異で、身の内に収まらない魔力量を持って生まれてしまった生き物は、魔力が体の外部まで侵食しこのような症状が見られる。


(そうか、あれは…私の魔力の匂いに気付いてやってきたんだ…)


森狼の脚力は人間の比ではない。恐ろしい勢いで迫ってくる森狼を前に、オスカーはアリアを背に庇って、森狼と向き合った。ぞわり、とアリアの肌が粟立った。あんなにも柔らかな物腰だったオスカーから、凄まじい殺気が発せられているのを感じる。


「…オスカー、駄目です! 」アリアの声は、少し震えた。オスカーはこちらを振り向きもせずに答える。

「……逃げ切るのは難しいだろう。どのような呪いを与えられるにせよ、殺されるよりは良い」


それでも尚、アリアはオスカーを引き留めようとしたが、彼の横顔を見て震えが走った。もし戦場で、彼と向かい合ってその目で見据えられたら、それだけで恐怖で体が動けなくなってしまいそうだ。突きつけられた剣の切っ先の様に、冷え冷えと光るその瞳。味方にまで「魔王」と称される程に、戦場では一筋の容赦もなく敵を叩き切り、屍の山を築いた騎士。その貢献により、平民から近衛騎士にまで昇りつめた武人。


アリアはオスカーが醸す殺気によって張り詰めた空気に、立っている事すら辛くなってきた。しかし、このままではまずい。オスカーは森狼を殺すだろう。そして彼は呪われる。どのような呪いにかかるかはわからない。しかし一生を台無しにするようなものには違いないのだ。

アリアは深く呼吸をする。震える足にぐっと力を込めて、ぎゅっと拳を握って覚悟を決める。そして彼女が起こした行動は、決して憧れの騎士様にすることではなかった。


オスカーを、横から思いっきり突き飛ばした。

腕力で騎士の体幹に勝てる気はしなかったので、こっそり風の魔術も織り込んだので、オスカーは脇道に吹っ飛ぶ。一瞬宙に浮いたオスカーと目が合った気がする。信じられないものを見る目でこちらを見ていた。


次の瞬間、追いついた森狼はアリアに飛びかかり、地面に引き倒した。

自分の体よりはるかに大きい体躯に伸し掛かられ、胸が圧迫され呼吸が困難になった。しかし、取るべき行動はわかっている。


アリアはナイフを掲げ上げ、勢いよく振り下ろし森狼の目を抉った。

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