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アウランへの憂鬱な道

アリアとオスカーとウルは、人通りの少ない街道を歩いていた。雪で覆われた真っ白な地面に彼らの足跡が刻まれていく。


空は久し振りに晴れて太陽が顔を見せた。この辺りは開けていて空が広い。日照時間の短いこの季節、降り注ぐ日差しは例えようもなく心地良いもので、オスカーもウルも体をぐーっと伸ばしたけれど、アリアの表情は冴えなかった。


「…はぁ」

「アリア、何回目の溜め息?」


オスカーに問われて、アリアは慌てて口に手を当てる。


「すみません、こんな素敵な晴れの日に辛気くさく…」

「そんなことは良いけれど、何かあった?」


オスカーが気遣うような目でこちらを覗き込んでくる。更にウルまでこちらを心配そうに見ていて、アリアは一度立ち止まって、ウルの背中をぽんぽんとした。そして少しためらいながら言った。


「…アウランが少し心配でして。あのザルツストラーダ伯爵の友人ですからね…」

「ああ…」


オスカーが納得したように頷いた。


一行は昨日の朝ナルグを立ち、現在は海沿いの町アウランへ向かう道中だ。目的は、ウルの義眼を作るため。その義眼を作ることが出来る魔術師が、アウランに住んでいるのだ。


ウルはキヌカの森で左目を失くしてからも、日常生活では特に支障を来たしていないように見える。通常の森狼より魔力が多いためか、気配にも敏く狩りも問題なく出来るようだ。けれどアリアは、二年後万全の状態でウルを森に帰したいと思っていた。


ザルツストラーダ邸に滞在した際、アリアがかつて抉り出した結晶化した目を使って、ウルの義眼を作ることは出来ないか伯爵に質問をした。


『そうだねぇ…。この結晶があるなら、器官再構築の魔術は可能ではある。けれどその術を成功させるには、その理論を徹底的に理解していることと、難しい魔力調整が必要になる。理論を組み立てた僕でも、成功する失敗するかは五分五分だ』

『そうですか…』


アリアとて、エリート魔術師であるナタリアが使えた魔術であれば問題なく使えるし、そうでなかった場合も練習して身につけてきた。そのへんの魔術師ではないという自負はある。しかし材料となる結晶化した目は一つしか無く、本番勝負である。伯爵よりもずっと成功確率は低いだろう。これから向かうサーメイヘルガのシオドーラとユノーグならどうかという考えがよぎったが、何というかあの二人にはあまり向いていない魔術な気がした。


黙り込んでしまったアリアに、伯爵が笑いかける。


『だから、僕の友人を紹介しよう。この理論を完成させた時、実証は担当したのは彼なんだ』

『……そう、なん、ですね…。…ありがとうございます』


アリアはその人物との接触を避けたくて、伯爵がどうにか出来ないか一縷の望みをかけて聞いてみたのだが、やっぱり彼しかいないのか。伯爵は親切に紹介状まで書いてくれて、アリアは暗澹たる気持ちでそれを受け取った。


回想をしながら、アリアは遠い目になった。オスカーが思案するように言う。


「難しい立場の人だしね。あの方がディーリンジアに亡命してきた時、王城も随分騒ぎになったそうだ。まさかあの方とザルツストラーダ卿が友人だったとはね」

「はい…。伯爵の友人かつそんな背景を持つ方相手に、紹介状があったところで話がスムーズに進むのか疑問です」


学生時代に既に伯爵と親交を深めていたのだから、もともとそれなりにクセのある人だろう。元々下地があるのに、更に一族の滅亡という悲劇を背負って、どれだけ捻じくれたであろうか。そんな唯でさえとても面倒な相手に、更に更にアリアにはとっておきの、その人物に会いたくない理由があるのだ。


(……私が変に意識さえしなければ、問題無いはずなんだけど…)


『聖国物語』の世界で、アリアは【本来のナタリア】と全く異なる行動を選択してきた。そのことで運命を変えてしまった人は、レティナやオスカーは言うに及ばず、数多存在するだろう。

と言ってもアリアは城から逃亡した時、これは夢だと思っていたし、自分を瀕死に陥らせる騎士 (オスカーである)がすぐそこに迫っているしで余裕は無く、彼らの人生を変えてしまうことなど、意識も覚悟もしていなかった。


どうも普通の夢では無いようだと自覚し始めても、事態はもう後戻り出来そうにもなかったので、それ以降も淡々と怪物を追い払う旅を続けた。


言うならば、勢いと流れに任せて歩んできた道である。

しかしその中に唯一、アリアが自分の強い意思を持って選ばなかった道がある。そのことで、ある人の運命を著しく狂わせてしまうと理解っていても、どうしてもその道は選べなかった。


本家『聖国物語』では、様々な人物に焦点が当てながら物語が進んでいくので、はっきりと誰が主人公とは指定されていない。しかし物語の中心となる人物は、レティナとナタリアで、二人は光と影のヒロインと言えるだろう。


そう、ヒロインである。ヒロインときたら、ヒーローがいるのが世の常人の常。

リュシャンの城から逃亡したナタリアは、瀕死の状態で行き倒れることになるのだが、ある人物に拾われ、傷と魔力浸食の治療を受け、匿われることになる。そしてナタリアは、その人物と恋に落ちるのだ。


(私はそのふたりが大好きだった…。厳しい運命に翻弄されながら思い合う姿に、どれだけ涙を流し、ときめいたことか…)


物語中盤から差し込まれるナタリア視点の物語で、その恋は、美しく切なく、そして大変色っぽく読んでいてぽーっとなった。もし『聖国物語』ベストヒロイン賞、ベストヒーロー賞があるのなら、自分としては一番最初に好きになって思い入れが強い、レティナとオスカーにするだろう。しかしベストカップル賞となると、ナタリアカップルに差し上げたい。


ナタリアの恋人、ディレイ・ノルヴァイン。

その人は滅びた少数民族の生き残りであり、ザルツストラーダ伯爵の友人だ。

ノルヴァインという姓は、彼がオルグスブーケからディーリンジアに亡命した際に、彼を養子にした支援者のもの。


ナタリアとディレイの恋は、一国の運命を変えることになる。


一向に目が覚めずにディーリンジアの暮らしに慣れてきた頃、さすがにこれは普通の夢ではないと感じ始めたアリアは、怪物を追い払うのも大事だが、ナタリアの役割こそ自分が放棄して良いものでは無いのでは…と冷や汗を流しながら考えた。


しかし、しかしである。アリアは怪物を追っ払うことであればなんとか出来る。けれど切ないラブストーリーを繰り広げる技量は皆無であった。どうシュミレーションしても無理である。

ひと一人に出来ることには限界があるよね…と己を正当化し、その問題をぽいっと頭の隅の小箱に封じて、とりあえず自分が出来ることに精を出す日々を続けた。


そんなディレイ・ノルヴァインにこれから会いに行くのである。これだけの負い目がある中で、自分は冷静に彼と接することが出来るのだろうか。


「うう、憂鬱……」


両手で顔を覆って呻いていると、オスカーが慰めるように、ぽんと肩を叩いた。

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