ナルグの街でお買い物 1
昨晩、アリアとオスカーはサーメイヘルガを離れ、ナルグの街に辿り着いた。
ナルグは、ディーリンジア北部の数少ない大きな街で、今日は朝からまるっと一日買い出しに充てる。こまごまとお店を回ることになるので、ウルは宿にてお留守番だ。サーメイヘルガではしゃぎ通したのでちょうど良かったらしく、眠たそうにしっぽを一振りしてアリアを見送っていた。
廊下に出ると、ちょうど隣の部屋から出てきたオスカーと落ち合う。
話しながら宿の外に出れば、まだ外は真っ暗だ。サーメイヘルガを出たので、多少日照時間は復活している筈だが、太陽が顔を出すのはまだ数時間後だ。
「綺麗ですね…!」
ナルグを横断する大きな商店街通りへ向かうと、並び立つ商家や屋台の軒先に魔術式ランタンが括り付けられていて、色とりどりの灯りが何十、何百も連なる光景は、まるでお伽噺の一頁のようだった。その灯りに照らされるのは、おもちゃ箱をひっくり返したように様々な商品の山だ。行き交う人々がそれらを手にし、品定めをしたり値引きの交渉をしたりしている。街は朝から活気づいている。
「この季節にこんな北部の街が、ここまで賑やかだなんてびっくりしました」
「仕入れに来ている魔術師や、もしくは魔術師相手に商売をしている商人が多いそうだよ。サーメイが卸す魔道具や薬草が市で手に入るのは、この街くらいだから」
「あれ、オスカー随分詳しいですね?」
「…ナルグは、子供の頃から来てみたかった場所なんだ。『氷河と狼』の中で、主人公が喋る鍋を手に入れる街と、似ていると思わない?」
「…確かに!そっくりですね。これだけ商品が積まれていると、喋る鍋くらいありそうです」
「探してみても良いけど、あの鍋は実在したら絶対うるさいね」
オスカーが笑う。アリアは、子供の頃のオスカーが憧れた場所に今一緒に訪れていることが、何だか理由もなく、とても嬉しかった。
「まずは、腹が減っては戦になりませんから朝ごはんにしましょうか!」
「そうだね。俺は、さっきからあの屋台が気になってて…」
「私も思ってました。たいへんいい匂いです」
近寄ってみれば、新鮮な魚介を使った料理を売る屋台だった。熱々の鮭のフリッターを卵のソースと一緒に挟んだサンドイッチと、貝の出汁の効いたクリームスープを購入し、立ったままはふはふと食べる。
「海が近くなってきたから、お魚が美味しいですね」
「本当だね。このスープ牡蠣まで入ってる。贅沢だ…」
海の幸をしみじみ味わい、大満足で食べ終えると、アリアは昨晩オスカーと打ち合わせながら作成した、買い出しと用事のリストを取り出す。
リストは長きに渡り、今日いっぱい買い物に使ってしまうだろう。アリアとしては、二手に分かれてそれぞれの用事を済ませつつ、分担して買い出しを行ったほうが効率が良いのではと考えていたのだが、その提案はオスカーから却下されていた。
「じゃあまず、通信局だね」
「はい」
オスカーが手を差し出し、少しだけ慣れた動作でアリアがその手を取り、二人は並んで歩き出す。
通信局は、中規模以上の街であれば必ずある国が運営している施設だ。
ディーリンジアでは遠方の知人と連絡を取り合う際は、手紙かこの通信を使う。通信は専用の魔道具さえあれば、通信は必ずしも通信局を通す必要はない。しかし精密な回路に複雑な魔術を織り込んで製造されている魔道具は大変高価で、更に維持には多量の魔力が必要となり、個人で所有するにはかなりの維持費が必要になる。自宅に通信機を設置しているのは、余程の大金持ちだ。
通信局もそこそこ利用料が高いが、それでも庶民であっても急ぎの場合であれば結構利用する値段設定である。ただ、通信局の利用には個人登録が必要になるので、身の上が怪しいアリアには手が出せないのだった。
「通信局行くのは初めてです…」
「そうか…そうだろうね…」
そんな会話を交わしつつ、商店街の中央に向かう。ナルグの街では、一番ひとの往来が活発な商店街中央に、通信局が設置されているのだ。どこの通信局も建物のデザインは同じで、白を基調とし、手すりやドアノブや窓枠など所々が艶消しの金だ。アリアはこの美しい建築に、縁が無いながらも街で見かける度に見惚れていたので、成り行きながらその建物に足を踏み入れられることは正直嬉しい。
建物内に入って、アリアは驚く。郵便局や銀行のような室内を想像をしていたのだが、まるで教会のようだった。吹き抜けの高い高い天井、白い大理石の床材に、同じ素材で作られた人の背丈の半分程の円柱が点在している。
係員のような制服を着た人が一人いるけれど、利用者から声をかけない限り、基本的に係員はこちらに接触してこないらしい。
オスカーは一番手前にあった円柱の前に立ち、柱の断面をすっと指でなぞる。すると文字を象った金色の光が現れた。アリアはぎょっとして顔を背けようとしたが、文字の内容はまったく頭に入らないことに気付く。受取人以外には書かれている内容が認識出来ない仕組みになっているようだ。
しかし、オスカーが一瞬肩を強張らせた気がした。通信の送り主は王城からあることは知っているアリアは、何かまずいことが書かれていたのかと不安になった。しかしその後、オスカーは気を取り直したようにすらすらと返事を綴って、さっさと送信した。
通信局を出て、アリアはオスカーに尋ねた。
「何か良くない報せでもありましたか…?」
「…いや」
オスカーが首を横に振って、苦笑いをした。
「どこでバレたかな。前回通信を送った時は、騎士を辞めたい旨を伝えただけだったんだけど、……一緒になりたい相手が出来たのなら、王城にその相手を連れて挨拶しに来いって書かれてたよ」
「……」
アリアは絶句した。何と返せば良いのか徹頭徹尾わからない。オスカーが安心させるように、アリアの頭に手をぽんと置いた。
「騎士は続けることにしたと返事を書いたから、大丈夫だよ。それに多分、殿下のいつもの冗談だろうから」
「……はい」
アリアとオスカーが交わしているのは、あくまで仮初めの婚約である。未来のことを考えるには、アリアの足元はあまりにも頼りない。けれどつい「一緒になる」とはどういうことか想像してしまう。アリアはぶんぶんと首を横に振り、オスカーに殊更威勢よく言った。
「次は薬種問屋行っていいですか?!」
「うん。薬種問屋って行ったこと無いな。楽しみだ」
***
専門の大店と、いくつかの屋台を回ってアリアは質の良い薬草をたくさん仕入れられたことにホクホクである。
「あんなにたくさん薬種が揃ってるの初めて見ました…!時草だけ見付からなくて残念ですが、駄目で元々のとても珍しいものなので、まあ仕方ないです」
「時草って、青紫の葉っぱに黄色の斑点があるやつ?」
「? ご存知ですか。遅効性の薬と一緒に飲むと、効果が出るのを速めてくれる貴重な薬草です。毒の効き目も促進してしまうので、取り扱い注意ですが」
「知ってるかもしれない。……これかな?」
オスカーがごそごそと、格納庫である銀の腕輪から取り出したのは、保存瓶に入ったまさしく時草だった。
「そ、それです!ひぇ、しかも斑点に銀色の滲みがある最高級品じゃないですか…。この保存瓶もちゃんと保存の封印がされてるから新鮮なままです…」
「そうなんだ。ディーリンジア南部にいた時に、薬草園を襲う魔物を仕留めたことがあって。その時にいろいろ貰ったんだ。随分前だったから今の今まで忘れていてごめんね」
「……い、いろいろ? 帰ったらほかのも見せて貰って良いですか…。そしてこの時草は売って欲しいです…」
目の色を変えているアリアに、オスカーは笑う。
「お金は要らないよ。貰いものだし、価値もわからない俺が持っていてもしょうがないから、君が役立ててくれるなら嬉しい」
「いえ、そんな訳には」
「じゃあ言い方を変えよう。婚約しているんだから、買うなんて他人行儀なこと言わずに貰って欲しいな」
「……!!」
仮初めの婚約だと言い立てるのも違う気がして、アリアはしおしおしながら時草を受け取ることになった。
「オスカーは、狡いです…」
「そうかな? 」
オスカーの笑顔が甘い。その甘さに、朝から思っていたけれど、意識に浮上させないようにしていた思考が、再浮上してしまう。
(何というかこう…、で、デートっぽい…)
「そろそろお腹空いてきたね。お昼にしようか」
「はい…」
買い物日和な今日の日は、まだまだたっぷりある。




