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騎士の告白

二人きりになった部屋で、アリアはがばりと頭を下げた。


「こんな時間に乱入してしまってごめんなさい…!」

「それは大丈夫だけれど、…シオドーラさんと何かあったの?」

「…何でもないんです。ちょっとしたすれ違いです。私は居間で待機して、シオドーラがそろそろ寝たかなぐらいのタイミングを見計らってこっそり戻りたいと思います!お騒がせしました、では!」


そう言ってアリアはくるりと回れ右をし、客間から退出しようとしたのだが、ぱしりと腕を掴まれた。


「何言ってるの。そんな隙を、シオドーラさんが見せる訳が無いと思うけど」


オスカーの言葉は正しく、アリアはうぐっと詰まった。


「やれやれ」


オスカーはちょっと笑ってそう言って、アリアをひょいっと持ち上げた。


「ひぇっ?!」

「暴れない暴れない」


お久し振りの子供抱っこで運搬され、ベッドの上にどさりと腰掛けさせられた。


「ほかに座るものがないから、ここでごめんね。俺は立ってるから」

「え、私が立ってますし、それにそろそろオスカーも眠いでしょう?!私はちょっと居間に」

「…わかった。二人で座ろうか」


オスカーはアリアの言葉を遮り、素早く隣に腰を降ろした。顔を覗き込まれて、とても親密な距離感にアリアは慌てる。


「何があった?話して」


アリアはしおしおと下を向いた。直前のシオドーラどのやり取りを、どうオスカーに言えというのか。しばらく部屋に沈黙が落ちた後、オスカーが独白のように呟く。


「…丁度良かったのかな。じゃあ、俺から話そう」

「え?」


アリアはパッと顔を上げた。オスカーが微笑み、その手をアリアの顔に伸ばした。ドキリとしたが、頭を下げた際に顔にかかってしまった髪を、直してくれようとしてるだけらしい。それでも、その長い指で頬から耳の後ろを触れられると、ぞくりとした。


「……」


オスカーは何故かそのまま手を戻さずに、アリアの頬に触れた。包むように添えられた手にアリアは目を白黒させたが、オスカーはそのまま話し続ける。


「もう結構前になるかな。アリアには、俺の旅の目的を話したよね」

「……はい。キヌカを立った直後に。取り逃した人物を追っているって」

「そう。……もしかしてアリアは、その人物に心当たりがあるのだろうか」


アリアは目を瞠った。オスカーが苦笑する。


「騎士団の人間として俺は、その人物を捕縛し、速やかに始末するよう命じられている」

 

アリアは反射的にびくりと、身を竦ませてしまった。オスカーはアリアに触れていた手を降ろし、目を伏せた。自嘲するような笑みを見せる。


「俺はずっと、君を怖がらせていたかな」


アリアはその言葉に、どう答えれば良いかわからなかった。けれど、オスカーが傷付いているような気がして、オスカーの手をぎゅっと握った。オスカーが驚いたような顔をする。


(…確かに初めは、怖かったのだ)


どうやって逃げ出すかばかり考えていた。オスカーが決して残酷な人間では無いことは、ずっと前から知っていた。けれど騎士としての領分があり、事実を知られてしまえば、四年前に彼がそうしたように切られてしまうのだろうと思っていた。


けれど旅を共にして、多分アリアとオスカーの間には、決して他人ではない何かが生まれた。もし秘密が明かされてしまったとしても今なら、オスカーは話を聞いてくれる気がした。


そしてそれ以上に、離れたくないと思ってしまうのだ。その気持ちは、彼が騎士団を辞めるつもりでもあると知るその前から。もし彼が領分を果たすのだとしても、最後まで、出来るだけ長くそばに居たいと、そう思ってしまったのだ。


「私は、オスカーは怖くないです」

「…無理しなくていい」

「無理なんかしていません!」


オスカーは困ったように笑って、アリアの言葉を信じてはいないようだった。どう伝えれば信じてくれるのだろうか。


「む、むしろ…」

「うん?」

「かっこよくて困ります…」


口を衝いて出た言葉に、アリアはぼんっと赤くなった。一体自分は何を言っているのか。オスカーはアリアに掴まれていない方の手で顔を覆ってしまっている。呆れられたのだろうか。


「オ、オスカー?」

「どうしてくれようか…」

「え……?」

「……何でもない。話を、続けようか」


オスカーは顔を覆っていた手を離した。目元が赤くなっているのは何故だろうか。不思議そうな視線を向けるアリアに、何故かオスカーはちょっと拗ねたような顔をした。


不意に、オスカーを掴んだままだった手を握り返され、更に指を絡められた。アワアワするアリアに、オスカーはしれっと説明を続ける。


「その人物を始末せよという命は、国王の意向によるものだ。けど、王家も一枚岩じゃない」

「え…?」


目を瞠るアリアに、オスカーは頷く。


「四年前の事件の被害者は、加害者であるその人物の保護を第二王子に嘆願した。第二王子はそれを受け、密かに保護するため動いている」


色々と気になる話が出てきたが、それをオスカーが知っているということは、つまり


「俺が仕えるのは、第二王子だ。俺は、その事件の加害者、……ナタリア・リュシャンを見つけ次第保護する命を受けている」


急に出てきたその名前に、アリアの心臓はどくんと跳ねた。


「俺のほかにも第二王子の命を受けて密かに動いている者はいる。しかし驚くことに、この四年間、ナタリア・リュシャンは王の手からも第二王子の手からもすり抜け、未だ行方がわからない」

「…そんな話、私にしてしまって良いんですか?」

「君を信頼しているからね」


オスカーは何でも無いことのように言う。


「でも、最近はこうも思うんだ。もしかしたらナタリアは、こちらが把握している事よりも沢山の秘密を抱えていて、別の目的のために姿をくらまし続けているのかもしれないと」

「…どうしてそう思うんです?」

「それを訊く?…君を見ていると、そう思うんだよ」


笑うオスカーの瞳は凪いでいた。静かな森みたいだと、アリアは思った。


「ねぇ、アリア。君も旅する身として、参考までに聞かせて欲しいのだけど」

「…はい」

「もし君が、ナタリア・リュシャンだったとしたら、殺害ではなく保護するために俺が君に手を伸ばすのなら、君は捕らえられてくれるだろうか」


ピースは既に揃えている筈なのに、オスカーはアリアを問い詰めるつもりは無いらしい。


(なんでこのひとは私に、こんなに優しいんだろう…)


アリアは声が震えそうになるのを、幾度か息を吐き出して鎮め、答える。


「もし私だったら、……もう少し待っていてと、言うかもしれません。あなたが言うようにナタリアには、やらなくてはいけないことが、あるのかもしれません。何もかもが片付いたら、きっと大事な妹に会いに行くと思います」

「…そうか。決して聖女から逃げ切りたい訳じゃないんだね。もしそうなら、それはそれで付き合おうと思ったけど」

「ナタリアはきっと…、妹を大切に思っています。…だからオスカーも、騎士を辞めないでください」

「わかった。じゃあ俺はいつか、彼女が目的を果たしたら迎えに行こう」


オスカーは、優しい優しい表情を浮かべていた。そしてアリアを覗き込んだ。


「だからその日まで、俺は君と共に旅をしていたい」

「…はい」


アリアは泣きそうになりながら答えた。しかし続いて放たれた質問に固まってしまう。


「アリア、俺と婚約しても良い気になった?」

「……」


返事ができないアリアに、オスカーが見るからにしゅんとする。


「…俺はまだ、君の信用に値しないかな」

「ち、違います。だってオスカーは」

「…俺は?」


アリアは自由な方の手を、ぎゅっと握った。


「あなたは聖女が、好きだったんじゃないんですか…?」

「…なんでそうなるんだ?」

「前に、王城に美しい人がいたって」

「…君がなぜそれが聖女だとわかったのかは気になる所だけど、弁明しておこうか。俺が美しいと思ったのは、姉を救う一心で行動してる姿にだ。敬意だよ」

「敬意だって、愛情に繋がります…」

「聖女は第二王子の婚約者だよ」

「…え?!」

「まだ内々の婚約だけれどね」


アリアは混乱した。『聖国物語』の中で、第二王子クレイドルフと聖女レティナは、確かに仲は良かったが、その親しさは兄妹のようなもので、婚約などしなかったのだ。何かが、変わったのだろうか。


「じゃあオスカー、ショックだったんじゃないですか…」

「まさかその思い込みも、君が婚約を断る理由の一つだった…?」

「……」


アリアが目を逸らすと、オスカーは深々と溜め息をついた。


「聖女に個人的な興味は無いよ」

「本当ですか…?」


疑いのまなこなアリアに、オスカーは表情に少し苛立ちを浮かべた。手が離されたかと思ったら、両頬に手を添えられ、引き寄せられた。オスカーは、アリアの耳元でささやく。


「君ぐらい、一緒にいたいと思う相手は居ない」

「……!」


アリアはボンッと赤く染まり上がった。


(ど、ういう意味…)


オスカーはアリアの様子に、満足そうに微笑んだ。そしてベッドから立ち上がり、床に膝をつく。慌てるアリアを見上げて微笑みかける。スッと、アリアに手を差し出した。


「アリア、俺と婚約してくれますか?」

「……っ!」


掬い上げるようにアリアを見詰める、澄んだ緑色の瞳は、まるで溺れてしまいそうな美しさだった。


「は、い」


ようやく喉から声を絞り出し、アリアはオスカーの手に、自分の手を重ねた。

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