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二人の関係

「婚約…?」


オスカーが呟く。


(こ、こぉぉぉ?!)


アリアは声も出ないが心の中で、喉から血が滲みそうな叫びをあげる。シオドーラが軽い感じで頷く。


「うん。婚約であれば養い子の魔術より上位だから、紐付きとして間違いないよ。私が証人になってあげるし、どうだい?」


どうだい、じゃない。アリアはテーブルの下で、足ががくがく震えるのを感じた。しかし何と言ってこの提案を収拾すれば良いのかわからない内に、ユノーグまで、「ふーん、良いかもな」と言い始める。


「どうせ遅かれ早かれの違いだもんな」

「へ?」

「恋人なんだろ?」


ユノーグが至極当然のように言った言葉に、アリアは固まった。


「二人とも遊びで付き合うタイプじゃないだろう。将来のことはアリアが腰が引けてたのかもしれないけど、少しは秘密も吐いた事だし、腹括っとけよ」

「……付き合ってない」

「は…?」

「恋人じゃない!一緒に旅してるだけ!」

「……嘘だろ」


アリアの叫びに、ユノーグはまるでこの世の全てが信じられなくなったような顔をした。


「あれだけイチャついておいて…?」


シオドーラまでも珍しく驚いたように目を瞠って、「…魔術についてだけじゃなく、情操教育もしておいた方が良かったかねぇ…」とよくわからないことを呟いている。

アリアはぐったりしてしまって、そこからはオスカーが、アリアと出会い、一緒に旅に出るに至った流れをざっくり説明した。


「…はーん。じゃあお前らは、そこの森狼が成体になるまでの二年間、一緒に旅することになってんだな。はーん」


ユノーグはテーブルに頬杖をついて、とてもやさぐれた感じに言う。


「何なの…?」

「はぁ…。おいアリア。ちょっと耳貸せ」


ユノーグが指でちょいちょいとアリアを手招く。アリアは嫌な顔をしつつも、オスカーの前で言われたら困ることはまだまだあるので、しぶしぶテーブルの向こう側のユノーグに身を乗り出した。ユノーグはアリアの耳元に口を寄せ、隠すように手を当て囁く。


「お前はただの同行人に、あんなに熱っぽい視線を向けてるのか?」


アリアはバッとのけぞった。そんなに自分は、分りやすくオスカーを見ているのだろうか。しかもそれを、兄のようなユノーグに指摘されるのは更に羞恥の極みだった。席に座り直しながらアリアは、頬が火照るのを感じた。その時


「…大丈夫?」

「ッ、ち、近…、大丈夫です!」


オスカーが心配してくれたのか声をかけてくれたが、やけに耳の近くで言うものだからアリアは更に茹で上がった。

ちなみにその耳が、さっきユノーグに口を寄せられた方の耳だということにアリアの思考が及ぶことはなかった。


ユノーグは二人のやりとりを白い目で見ながら呟く。


「この二人やだ…」

「あんたモテないもんね」

「……モテなくはない!」

「ごめんごめん、遊び相手としてはモテるよねぇ」


息子を撃沈させたシオドーラが、「話を戻すよ」とアリアとオスカーに言う。


「あんたらが、一応そういう関係じゃないってのはわかった。それでも互いに信頼があるのなら、やっぱり魔術での紐付けをおすすめするよ。婚約なら手っ取り早いんだけどね。実際結婚する訳じゃなくても、魔術の作用としては問題ないし」

「…そうですね。……けれど、婚約は…」


言いよどむオスカーの言葉に、そんなことで傷つく権利もないのに、アリアの胸がずくりと痛む。オスカーは、逡巡するような表情でアリアの方へ顔を向けた。


「…君は嫌だろう?」

「えっ」


アリアはぎょっとした。君はって、オスカーは嫌じゃないとでも言うのだろうか。


(…嫌な訳がない。本当の婚約ではなく、紐付きを借りるためだけの契約だとしても。けど……)


アリアは、ナタリアなのだ。


オスカーは騎士団へ退団願いを出したが、まだ受理されていないという。それはそうだ、とアリアは思った。彼をやっかみ冷遇する人間もいるようだが、あれだけの実力がある人を、そう易々と手放すことはないだろう。


彼はきっと、いつか騎士団に戻るのだろうと思う。そんな相手に、ナタリアでもある自分が紐付いて良いはずが無いのだ。


何と言って良いかわからず下を向いてしまったアリアに、オスカーはそれ以上は追求せず、シオドーラの方に向き直した。


「…婚約の他には、何か無いのでしょうか?」

「うーん、無くも無いけれど。そうさね、あんたらの関係で当てはまるものだとどれかなぁ」


シオドーラが思案するように顎に手を当てるが、ここでユノーグが、はいはいと立ち上がった。


「もう夜も遅いし、続きは明日で良いだろ。オスカー、客間に案内するから来い。アリアは母さんの部屋な」


その言葉に、今日は解散となった。アリアはシオドーラの部屋に簡易的なベッドを設えてもらった。


枕からは香草の良い香りがして、同じ空間でシオドーラの寝息が聞こえて、とても安心できるはずなのに、目はいつまでも冴えて、中々寝付くことは出来なかった。


***


翌朝。


「ではお二人さん!働くものは喰うべからずだ!朝飯前に雪氷鹿の餌やり頼むな!」


ユノーグはそう言って、アリアとオスカーを外に追い出した。もしかしたら気を使って、二人にしてくれたのかもしれなかった。


「…じゃあ、早めに済ませようか」

「はい」


仕事があって良かったとアリアは思った。いつもの何の気無しなお喋りが今は難しそうだけれど、仕事があるなら間が持つ。


ユノーグが置いていった飼料箱の中を見ながらアリアはへぇっとなった。雪氷鹿は草食メインの雑食だそうで、ここで飼われている雪氷鹿には、貯蔵の干し草のほか、雪に埋めておいた林檎や干し魚も与えるのだそうだ。

ちなみに野生の雪氷鹿であれば冬期は雪の下に生える苔や、小さな獣を食べるらしい。


飼料箱はふたつあり、オスカーが両方持とうとするのをアリアは威嚇してもぎとる。オスカーが眉を下げながら笑った。オスカーが笑ってくれたことに、アリアは勝手ながらほっとした。


雪氷鹿の飼育場まで歩く。太陽は昇っているが、まだ朝だというのに空は薄く紫がかっている。この季節のサーメイヘルガでは、朝日はそのまま夕日である。あと二時間もしないうちに、再び世界に夜がやってくる。


柵の手前までやってきた時、アリアはどこかから笑い声が聞こえた気がした。


(…?)


振り返って辺りを見回すも、何もいない。オスカーには何も聞こえながったらしく、集まってきた雪氷鹿を面白そうに見ている。


気の所為だったのだろうかと首を傾げた次の瞬間、貧血でも起こしたように、ぐらりと目の前の景色が歪んだ。

オスカーが目を見開き、何かを叫びながらアリアに手を伸ばすのを視界の端に見た気がした。けれど伸ばされた手がアリアの手を掴む前に、滑り落ちるように意識が闇に飲まれていく。


そして、何も見えなくなった。

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