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物語の世界で

『聖国物語』

それは柏木有沙が愛する剣と魔法の物語である。


どうにもこうにも有沙の体はぽんこつで、長い入院生活を送る日々を、この本がどれだけ勇気と彩りを与えてくれた事だろう。


壮大な冒険の中で、様々な登場人物に焦点を当てる群像劇風の物語。メインストーリーはこうだ。


***


公爵家令嬢であるナタリアとレティナは、ナタリアが姉でレティナが妹の、仲の良い姉妹だった。


姉妹を取り巻く空気が変わったのは、ナタリアが十四、レティナが十二の時だった。レティナが教会から聖女と認定されたのだ。癒やしと浄化の力を持つ聖女は、一つの大陸にひとり現れるか否かという神の加護を持つ娘。


なので、ナタリアにはもちろん聖女の力は無かったけれど、平均よりも魔力が多く、器用だったので魔術の扱いが上手かった。聖女認定以降、レティナはまだ子供だったから、本格的な任務につくことは見送られたけれど、聖力の訓練や挨拶で、教会や王城へ通い忙しくなった妹に恥じぬよう、ナタリアは沢山の努力をして、様々な魔術を身につける。


いつしか姉妹は、将来有望な魔術師と聖女の姉妹として、国内に広く知られるようになる。しかしナタリアは、黒い髪と赤い目という建国記にもある不吉な象徴の外見を持っていたため、彼女に悪意ある目を向ける人間も少なからず存在した。両親はレティナに夢中だった。少しずつ、ナタリアの心に影が落ち始める。


そしてナタリアが十六歳になったある日、決定的な事件が起きた。ナタリアの心は折れてしまった。その瞬間、平均以上などというものではない、彼女の膨大な魔力が目覚めた。錯乱した彼女は魔力を暴走させ城は半壊、ナタリアはレティナの喉元にナイフをひたりと当てて、大広間に立て籠もった。


姉妹の両親である公爵夫妻は王城に助けを求める。騎士団が駆けつけた時、ナタリアはまさに聖女の心臓にナイフが突き刺す寸前だったが、命の危機にレティナの神の加護がナイフを吹き飛ばした。騎士の一人が隙を逃さず、ナタリアに斬りかかる。


ナタリアは瀕死の状態に陥るが、逃亡し消息不明となった。


絶望によってナタリアの膨大な魔力が目覚めたように、皮肉な事にレティナもまた、自身の命の危機にそれまでとは桁違いの聖なる力が目覚めた。レティナは、騎士や魔術師と共に旅立ち、瘴気をまとう怪物の討伐を行いながら姉を探し続ける。


***


「まさしくさっきのが、解き放たれた強大な魔力に暴走中のナタリアが、レティナを殺そうとした場面だね」


森の中を駆け続け夜が白み始めた頃、歩き疲れた有沙は頭の整理を兼ねて休憩していた。大きな木の根元に座り込んみ、魔術で小さな明かりを点けて、落ちていた枝で、地面に今わかっていることを書きだす。


「あれ、確かレティナの本当の聖なる力は、ナイフが突き刺さる寸前で目覚めるんだよね…。その力でナイフも私も吹っ飛ばされるはずなんだけど、その手前で止めちゃってるから、そんなこと起きていない」


ちなみにナイフは持ってきた。鞘も床に転がっていたのを回収して、とりあえずドレスに紐でくくりつけてある。ファンタジーの世界にいるなら、やっぱり獲物のひとつやふたつは欲しいものだ。いや、それはさておき。


「…まずい、レティナの力目覚め損ねたかな…?」


冷や汗が流れる。


「うーむ、今にも、瘴気でむんむんの怪物たちが、いくつかの地方で目覚めようとしているんだけど、聖なる力無しで戦うの厳しいのでは…?」


呟きながら、有沙は自分の手を見た。暴走していたはずの強大な魔力は、今の有沙なナタリアは、特に絶望もパニックもしていないためか落ち着いている。呪文は聖国物語を何度も読んで暗記していたし、感覚も体が覚えているのか、写し身の術も、明かりを灯す術も問題なく出来た。


「夢なら、思いっきりやっていいかな…」


現実の有沙の体は、走るどころか歩くこともままならない。

ずっとずっと、自分の足で、冒険の旅に出たいと憧れていたのだ。

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