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キヌカの夜更け

制御用の脚輪と首輪をしっかり装着し、アリアとオスカーは森狼を連れてキヌカ酪農協会事務所へ戻ってきた。


「討伐はしていないので、報酬を受け取ることは出来ません…」


アリアがやせ我慢がありありと見える表情で、協会長にそう告げるのをオスカーは呆れたように見ていた。


キヌカ酪農協会からは、討伐は行わないにせよ、結局この土地から森狼を連れ出してくれるのだから報酬を受け取って欲しいと言われたが、アリアは力なく首を振った。


この世には、人が知覚出来ない魔術も多く存在している。その魔術の理に反すれば何かしらの影響が出る。知覚されない程度の魔術なのだから、それは当人にとっては気付かない程の、ほんの僅かな影響だ。しかしある分岐に置いては、それが命運を分けてしまうことだってあるだろう。


交わされる言葉に於いても魔術は動くとされており、アリアは契約外の行動で報酬を受け取るつもりは無かったので、涙ながらに報奨金は辞退したのだ。


それならば代わりにと、アリアは山ほど保存の効くキヌカの乳製品を貰ってしまった。秘蔵のヴィンテージチーズまで惜しみなくくれたので、元々提示されていた報酬より高くなっているのでは……とアリアは慄いた。しかし森狼と過ごすのはそう長い期間ではないだろうが、その間かかる食費なり宿代なり馬鹿にならないだろうな…と憂鬱だったので、正直とても助かるのだった。


(本当は、回収した結晶化した目玉を売ってしまえば、物凄い値がつくだろうけれど…)


しかし、アリアは知っているのだ。『聖国物語』の中で、ナタリアがその結晶化した目を加工して義眼にしたことを。なのでもしかしたらこの森狼にも必要になるかも知れず、結晶を取っておくことにしたのだ。


元々は、旅費がそろそろ足りなくなるからと討伐の仕事をしに来たのに、旅費を稼ぐどころでは無くなってしまった。つい未練たらしい目で森狼の素晴らしい毛皮を見てしまい、森狼は居心地悪そうに身じろぎした。


***


その夜は、酪農協会の人々が豪勢な晩餐に招いてくれた。

酪農はキヌカで一番盛んな産業なだけあって、協会の事務所も二階建ての立派な建築だった。広間では酪農従事者とその家族が集い宴会も行われることもあるそうで、二百人は入れるその空間に、ずらっとキヌカの伝統料理の数々が並ぶのは壮観だった。


薄切りにしたソーセージとじゃがいもを交互に重ねてチーズを乗せて焼いたグラタンと、羊の香草ローストと、ほうれん草とチーズのスフレをアリアは気に入って、ばくばく食べていた。しゅわしゅわした林檎酒も美味しい。


協会長と談笑していたオスカーが、アリアの所へやってきた。


「アリアは酒が飲めるんだ」

「甘いのは好きです。もう二十なので、もう少し渋いお酒が飲めたら良いなと思いますが」

「…アリアは二十なんだね」

「…どうかしました?」

「十五くらいに、見えていた。あ、いや前に、……婚期を逃したと言っていたから、もっと大人なのだろうとは思っていたけれど…」


アリアは半眼になった。旅に出た時ですら十六だったのに、それでは中学生ではないか。まあ確かに、髪と目の色以外のナタリアの造形は変えていないので、わざと髪を彼女のイメージから遠いおさげにし、目の印象も薄れるように前髪も重めに降ろしているので、子供っぽく見えても仕方ない部分はあるのだが。


「そういうあなたはお幾つですか?」

アリアはその答えを知っていたけれど、話の接ぎ穂として聞いてみた。

「俺は…、二十四、かな?」

「疑問形で言われましても…」

「旅の生活をしていると、どうもその辺りの頓着がなくなるね。うん、出立が二十の時で、四年が経ったから二十四で間違いない」

「そうですか」

「…興味なさそうだね?」


知っている事を聞いてしまったので、上手い返答が出来なかっただけなのだけれど、アリアは曖昧に笑っておいた。


「オスカー。短い間でしたが、相棒ありがとうございました」

「……俺は何もしていないな。君に突き飛ばされて間抜けに転んでいたくらいだ」


アリアはふふ、と笑った。手に持っていた林檎酒のグラスが揺れて光った。


「背中に庇ってもらったの、嬉しかったですよ。騎士様に守ってもらうの憧れだったので、念願叶いました」


オスカーには嘘ばかりついてしまっているが、これは本当だった。更に正直に言うとその憧れの騎士はオスカーだ。アリアは正直、あの瞬間のときめきだけで、これから先ごはんが何杯でも食べられる気がしていた。しかし、そのあとオスカーが言い出した提案は予想外だった。


「アリア、森狼を送り届ける迄の道中、俺も同行させてほしい」


口に運ぼうとしていた南瓜とチーズのひとくちコロッケが、ぼとりと落ちた。しかし咄嗟に皿でキャッチしたのでセーフである。いや、そうではなく。


「何をおっしゃる…」

「俺から君を手伝うと言ったのに、実際はただ足を引っ張っただけだった。挽回の機会を、くれないだろうか」


オスカーはアリアの目を見据えて言った。


「…次は、君を守ろう」

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