推しの威力ってすごいよね
レオがどんどんと残念になっていきます…。特に今回から残念具合が加速しているので、ご注意ください。
数秒考えた後に、殿下はにっこりと笑った。
「それはようございました。すでに手遅れだと骨が折れそうですもの。…そして、次にアルフォンソ様ですが…」
そこまで言ってひと呼吸置く。ものっすごく言い出しにくい。
その雰囲気を察したのか、殿下がゴクリと生唾を飲む音がした。あまり溜めても更に言い出しにくくなるので、私は意を決して口を開いた。
「レオ様、ヒロインに攻略されたフリしてくださいません?」
「へ?」
ぽかんと殿下が間抜けな…と言ったら失礼よね。ぽっかりと口を開けた。
「アルフォンソルートですが、レオ様の気持ちがヒロインに向かない限りは好感度上がりやすいんですもの。なので、ちょっとレオ様にヒロインに攻略されるフリをしてもらおうかと……」
「ちょ、ちょっと待った!」
にこにことお願いをしていると、慌てた殿下がガタンと席を立った。
「それって私がヒロインとあの恋愛ルートするってこと? ヤダヤダヤダ、無理よ!」
あら…だいぶ慌てているらしいのか、また殿下の乙女が出てらっしゃるわ。
「せっかくの学園生活をサラと過ごせるのに、大好きな婚約者を差し置いて浮気紛いの事をするなんて……私には出来ない! 学園祭だってサラと周りたいし、ダンスレッスンだってペアはサラが良いわ!
そもそも、婚約者がいるのに他の女の子に現を抜かすなんて最低な男がすることよ!そんな浮気野郎はもげてしまえば良い!」
そこまで一気に熱量で捲し立てると、はたと殿下は止まってゆっくりと椅子に腰掛けた。
「ごめん、取り乱したね。続けて」
「いや、続けられないわよ」
どんだけ浮気する男に恨みがあるのよ。王子の口からもげろなんて聞くとは思わなかったわ。とは言えなかった。
まるで何事もなかったかのように爽やかに振る舞う殿下がまるでコントのようで、つい素でツッコミを入れてしまい、慌てて席を立つ。
「あ…大変失礼致しました」
謝罪しようとすると、殿下はスッと右手を上げてそれを止めた。
「謝罪は不要だよ。座って。……むしろ僕としてはその喋り方のほうが良いな。二人きりの時だけで良いから、普通にしててくれない?」
「普通に…ですか?」
「そう。敬語とかなしで、普通に。日本人同士が…友達同士が喋る感じで。もちろん、様付けもなしが良いな」
にこにことご機嫌な殿下は、ここぞとばかりに色々とオーダーを付けてくる。
確かに前世の記憶が蘇ってからは、堅苦しい言い回しを聞くたびにもっとフランクにみんな喋れば良いのに。とかは思ったことがある。ただそれがこちらの世界の常識なので、郷に入っては郷に従え。と、崩す気はなかったが…。
「それは…命令ですの?」
「ううん。お願いだよ。サラに対して命令はしたくないからね」
確認のために尋ねると、普通の令嬢では卒倒してしまいそうなほどの王子様スマイルを向けられる。……さすがメイン攻略キャラだわ。
「もちろん無理なら断ってくれても構わないけど……サラは同じ転生者だし、唯一の理解者だと思うんだ。だから、僕はサラとは対等でいたい」
少し寂しげに微笑む殿下は、己の立場の事を言っているのだろう。いずれこの国のトップとして君臨する彼と対等でいられるのは、王妃になる者だけだ。
今の婚約者というサラの立場だけでは本来なら許されないことだが…。
「……分かった。ただし、二人きりの時だけだからね」
彼の気持ちは痛いほど分かる。身分が物をいうこの世界は、前世を思い出した私たちには少しそれが寂しかった。
親しく話せる友人がいない。どうしても政界の事情が絡んできたり、気安く語り合えることなどないからだ。
公爵家である私がそうなのだから、王太子である殿下は私以上に周りとの壁を感じたのだろう。承諾すると、殿下は本当に嬉しそうに破顔した。
「ありがとう! 本当に嬉しいよ。あと…ついでみたいになってしまうけど、二人きりの時だけで良いからレオって呼んで。サラにはただのレオとして接して欲しい」
そう言って懇願するかの様な顔をして……顔面偏差値が高いのを自覚しているのだろうか…。
「ゔ……レオ……」
顔が良い。……うん。本当に顔が良い。当時徹夜してまで攻略したキャラの幼少期ってだけでもヤバイのに、そんな置いていかれる子犬のような顔をされたらさすがに前世のオタク魂が「推しのショタ最高!」と叫び出しそうだ。
……いけない。レオと話していると、前世の私が色濃く出てきそうだわ…。
そんな葛藤を胸に名前を呼ぶと、レオはバッと両手で顔を覆って天井を仰いだ。
「~~~~~もっかい…」
「………え?」
「もっかい呼んで……」
「レ、レオ……?」
お望み通りもう一度名前を呼ぶと、レオは天井を仰いだままスッと片手でポケットからハンカチを取り出した。そのまま顔に押し当て、正面へと向き直ると…
「え、え?! レオ? あの、血が…っ」
真っ白なハンカチが赤く染まっていった。
え?鼻血?!なんでっ!?
「気にしないで……尊すぎて興奮しただけだから」
そういって笑うレオに若干引いたのは、流石に仕方ないと思う……。