第72話
日曜日のサッカー部の練習は午前9時から始まる。
和人達1年生は、いつも練習が始まる30分前には部室にきて、練習の準備をしなければならない。
和人は8時20分に部室に到着した。
「遅いぞ和人、もう1年生はお前以外みんな来てるっていうのに。いや、そんなことはどうでもいいんだ。何で昨日海中公園に来なかったんだよ。俺と千波は1時から5時くらいまでずっと待ってたっていうのに!」
「ごめん英、昨日は遊園地に行ったんだ。にぎやかな方がいいってあの子が言ったから。」
英と徹也はすでに練習着に着替えて、部室の前に立っていた。
そして部室に入ろうとする和人の行く手を遮り、小さな声で英が聞いた。
「で?どうだった?」
「どうって、楽しかったよ。ただ、いまいちあの子のことがわからないんだ。あんまり自分のことはしゃべらないから・・・。」
「ふ~ん、でもまあ、最初のデートとしては悪くないっていうことだろ?」
「うん、俺にしちゃ上出来だと思う。」
「そうか、それならいいじゃんか。頑張れよ和人、いつかダブルデートしようぜ。」
「そうだな、そうなればいいな。」
言いながら和人は、明日の朝にバス停でゆきと会う場面を想像した。
(そうだ、少しでも長い時間話せるように、明日は早めに寮を出るとしよう!)
「おっと、急いで着替えないと先輩が来ちまう。」
和人ははっとして部室に駆け込んだ。
「超オクテのはずの和人が、意外だなあ。」
和人の後姿を見送りながら徹也が首をかしげた。
「でも・・・。」
「ん?でもなんだ、英?」
「徹也、和人には内緒だぞ。あいつをがっかりさせたくないから。」
英はけげんそうな顔をしている徹也の目をじっと見ながら続けた。
「高校卒業後の夢を見たことがある。和人やお前は大学生になっているんだ。俺は・・・、フリーターをやっていた。3人が集まって中学校や高校の時の話で盛り上がるんだ。で、もちろん恋人の話なんかもな。和人は・・・、『赤面症の俺には彼女なんて縁がないんだ~!彼女いない歴18年になっちまった~!』って頭を抱えたんだ。」
「でもゆきちゃんとデートしたぜ?」
「デートはしたけど、まだ和人の彼女になったってわけじゃない。おそらく、だめだな。もしかしたら2度目のデートすらないかもしれない。」
「予知夢通りにいかないってことはないのかな。」
「当たるから予知夢っていうんだ。和人には気の毒だけどな。」
「・・・。」
徹也は、予知夢の話を完全には信じていないが、これまで英が予言することは信じられないほどその通りになった。
特にサッカーのゲームはよく夢に見るようで、ワールドカップ予選の試合結果をよく当てた。
しかもどの選手がどうやって得点を決めるか、ということまでこと細かく言い当てる。
だが結果が分かっているゲームほどつまらないものはない。
だから最近は、英からゲーム結果を絶対に聞かないようにしていた。
(予知夢を超えることはできないのかなあ。未来を変えることは、できないんだろうか。)
英がドリブルしながらゴール前へ走って行く。
英は藤学を倒してみせるといった。
だが、西城が藤学に敗れる夢を見たとしたら、英はきっぱりとあきらめるんだろうか。
自分や和人もその予言を受け入れるだろうか。
(ちぇっ、知るかよそんなこと。だいたい俺がそんなに熱くなるわけないだろ。サッカーに青春をかける?)
徹也は自分の問いかけに声に出して答えた。
「ありえねえ・・・。」
その時、2年生の矢島がバッグを肩にかけて部室の方へ歩いてきた。
「おい、橘はいるか?」
「はい、今部室で着替えてます。」
そう言った後、徹也は急に悪い予感がしてきた。
「そうか、お前ちょっと橘をつれて来い。」
「え?あ、はい。」
「ぐずぐずすんな、部室じゃ話しにくいからよ。」
徹也はあわてて部室に駆け込んだ。
矢島の鋭い目つき、ボサボサの頭、だらしない制服の着こなし、低い声。
危険な空気がピリピリと肌を刺すように感じる。
「おい、和人。外で矢島さんが呼んでるぞ。」
徹也は小さな声で和人に言った。
「え、矢島さんが?」
和人は着替えを終えてスパイクを履いているところだった。
「気をつけろ、一昨日のミニゲームのことかもしれないぞ。」
ショルダーチャージで矢島を突き飛ばした光景が和人の脳裏をよぎった。
「まさか・・・。」
和人は恐る恐る部室を出た。




