第63話
西城高校サッカー部には3年生の女子マネージャーが一人いる。
名前は近藤美鈴、身長は約160センチと高い方で、髪はショートカットだ。
3年生からは”コンちゃん”、2年生からは”美鈴さん”と呼ばれている。
お調子者で明るく、部員からしょっちゅうからかわれていた。
近藤は4月になり少し焦っていた。
昨年、マネージャーが一人も入らなかった。
今年こそはと願っていたが、練習3日目になっても女子が誰も見学に来ない。
このまま高総体が終われば自分も引退し、女子マネが不在になってしまう。
近藤は練習中にもかかわらず、校門を出ようとしている1年生の女生徒に誰彼構わず声をかけた。
「ねえ、サッカー部の女子マネにならない?いや、なってくれない?ぜひ、ぜひ、ぜひ!」
何度断られても、次から次に必死に哀願する。
「コンちゃん、そんなんじゃムリだよ。」
そう言って近づいてきたのはサッカー部2年の矢島省吾だった。
練習時間に遅れているというのに、がに股でゆっくりと歩いてくる。
この矢島という男、ファッションなのかただずぼらなだけなのかわからないような、ボサボサの髪型をしている。
そして着ている学生服のボタンはすべて外し、開襟シャツもはだけ、ズボンもだぼだぼだ。
目つきは鋭く、誰でも瞬時に不良だと認識できた。
矢島は2年生だが近藤のことを”コンちゃん”と呼んでいた。
「ねえ彼女、サッカー部のマネージャーになってくんない?俺が週一でデートしてやるぜ。」
言いながら矢島は二人組で歩いている1年女子の間に入って、二人と肩を組む仕草をした。
「すみません!」
二人は身をかがめながら一目散に走り去る。
「何てことしてくれるのよ、矢島!」
「ははははは。マネージャーになろうなんて暇人は今時いないって。藤学のサッカー部なら6人もいるらしいけどな。」
「よくわかったわ。女子マネが入らないのはあんたがいるからよ。」
「いやいや、コンちゃんの押しが強すぎるんだよ。」
「どの口が言ってるの?えー?」
近藤が矢島に詰め寄る。
二人の顔が10センチほどに迫ったその時、突然矢島が近藤にチュッとキスをした。
周りにいた数人の生徒から「わっ」と歓声が上がる。
近藤は呆気に取られて大きく目を見開いたまま2,3秒固まった。
「こ、このバカ!何てことしてくれるのよ!」
矢島のほっぺを平手打ちしようと右手を振ったが、素早くよけられて近藤は大きくふらついた。
そして倒れそうになる近藤を矢島が抱きかかえる。
「きゃっ!」
一人の女生徒が口を押えて二人を凝視した。
「違うの。今のは不可抗力!ねっ、あんたはは倒れないように支えただけよね。」
「君の想像通りだ。俺たちは・・・できてる。」
パチン!
矢島がその女生徒にそう言った瞬間、近藤の平手打ちが見事に決まった。
「あー、もー最悪。早く練習に行きなさい!」
「はーい。」とほっぺたを抑えながら矢島は歩き出したが、突然振り向くとこう言った。
「美鈴、愛してるぜ。」
「殺してやろうか?」
矢島は肩をすくめてゆっくりと去った。
はあっとため息をついて顔を上げた近藤の前に、先ほど悲鳴を上げた女生徒が近寄ってきた。
矢島と近藤のやり取りがよほどおかしかったのか、にこにこしている。
「あのう、私でよかったらなってもいいですけど。」
「ん?」
「マネージャー、なりましょうか?」
「えっ、ええええー、本当に?マネージャー、なってくれるの?」
「はい。サッカーは結構好きですし。」
「うそ、やった、夢みたい。あなた名前は?」
「1年6組、早川玲子です。」
「よ、よかったら今からでも練習見ていかない?いえ、ぜひ見て行って、ちょうだい・・・。」
「大丈夫ですよ、心変わりしませんから。今日は約束があるので明日からグラウンドに行きますね。」
近藤の顔がうんうんというように2回3回と上下する。
早川はぺこりと頭を下げて校門の方へ歩いていった。
近藤はその後ろ姿を見ながら小さくガッツポーズをすると、飛び跳ねながらグラウンドへ向かった。




