第44話
「止まった?・・・な。」
和人はそのままの姿勢で顔をあげ、辺りを見回した。
確かに時は止まっている。
和人は自分の足もとに目を移した。
手の親指ほどの石がひとつ落ちている。
その石をつかむと、右足の靴をなぞるように石のとがった部分で歩道に線を描いた。
次に左足のひざの部分、最後に左足のつま先の部分を同じようになぞると、その石を元の場所に置いた。
そしてゆっくりと立ちあがる。
「とりあえずこれでいくしかないか。」
和人の足もとには3つの楕円が描かれていた。
「それにしても英はやってくれたな。探しに戻ったって間に合うわけないじゃないか。朝のラッシュアワーだから、タクシーも飛ばせやしない。どちらかと言えば電車の方が速いだろう?」
和人は駅の方へ歩き出した。
角を曲がるとすぐ近くに英と徹也の姿があった。
二人とも必死の形相で走っている。
「待ってろよ。俺が探し出してくるから。」
和人は二人を追い越し、駅へ入ろうとしたが、急に立ち止まった。
「電車は動かないのに俺は何で駅へ来たんだ。・・・おいおい、歩くとなると片道1時間はかかるぞ。うっそだろう~!」
和人は肩を落とし、線路沿いの道を緑丘駅の方へ歩き出した。
そのとき、和人の目にあるものが飛び込んだ。
そのあるものとは、和人の目の前10メートルほど先でおばさんが乗っている自転車だった。
(そうだ、自転車を使えばずいぶん楽に移動できる。ただし、人が乗っている物はやめた方がいい。時間が再起動した後にその人が違和感を感じるはずだし、転倒するかもしれないから。)
和人は駅の自転車置き場へと移動した。
「おっ、あれなら良さそうだ。」
和人が目をつけたのは会社員のような服装をした人が乗ってきたばかりの、サイクリング用の自転車だった。
その自転車はスタンドを下ろして立てかけており、今からちょうど鍵をかけるところのようだ。
しかも都合の良いことにその人は自転車には全く触れておらず、右手に持った鍵を見つめている。
これならその人に触れずに自転車を動かすことができるし、少しくらい戻す位置がずれても気づかないと思われた。
和人は鞄をその場に置き、他の何にも触れないように気を付けながら、ハンドルを握って自転車を後方に移動した。
そして慎重にスタンドをあげてみる。
スタンドは通常であれば勢いよく上がるはずだが、止まった時間の中ではゆっくりとしか上がらない。
「ちゃんと動くのかな?」
和人はサドルにまたがり、ペダルを踏んでみた。
動く。
だが、通常に比べてペダルが重く感じた。
ギアを一番軽いところにあわせるとずいぶん軽くなったが、やはり通常よりは重い。
歩道は人にぶつかる可能性があるので車道を走った。
交差点の赤信号も関係ないし、車線変更もお構いなしだ。
無音の空間で、自転車を漕ぐ音だけが響いた。
「ようし、この分なら30分もかからずに緑丘駅に着けるぞ。」
和人はそう言って、自転車のスピードを上げた。




