第28話
その電話はついに来た。
和人が漫画喫茶へ行こうという徹也の誘いを断って家に帰ると、留守番電話に録音されていたのだ。
「もしもし橘和人さんのお宅ですか。8月28日に拾得物の届け出をされたストップウォッチですが、持ち主が現れませんでしたので、ご希望通りお渡しいたします。南町交番へお電話ください。番号は○○○―○○○○です。」
和人はその音声をじっと聞いた後、受話器を取り言われた番号へ電話をかけた。
「はい、南町交番です。」
かなり低いが何となく優しそうな声の男性が電話に出た。
「あ、あのう、電話をいただいた橘和人といいますが。」
「あ、はいはい、橘さんですね。え~と、8月に拾われたストップウォッチですけども、受け取りを希望されますか?」
「希望します。」
「そうですか。では今日5時半までに受け取りに来られますか。それとも後日になさいますか。」
「今から行きます、30分以内に。」
「え~、では印鑑を持ってきてくださいね。」
「わかりました。」
和人は電話を切るとすぐに、居間にあった印鑑をポケットに入れた。
(とうとう待ちに待ったこの日が来たぞ。ついにあのストップウォッチが俺のものになるんだ!)
和人は急いで靴を履き玄関を出ようとしたが、はっとして電話の前に戻った。
(いけね、留守録を切っとかなきゃ、お父さんに聞かれてしまう。)
はやる気持ちを抑えながら和人は留守録を消去した。
そしてもう一度靴を履き、散歩をせがむクロベエをにべもなく振り切って走った。
交番へは20分ほどで着いた。
中に立っていたのは届け出た時の警察官ではなかったが、ちょっと年配のやさしそうな感じの人だった。
「橘です、先ほど電話した。」
和人は息を整えながら小さな声で言った。
額には汗がにじんでいる。
「走ってきたのかい?明日でもよかったのに。どうぞ。」
警察官は椅子に座るように手で合図した。
そして机の引き出しからあのストップウォッチを出した。
それはビニール袋に入っており、ビニールには「8/28南町交番」と黒のマジックで書かれていた。
「使い古したようなストップウォッチを欲しがるなんて君も変わってるね。陸上競技をしているのかい?」
言いながら警察官は和人の前にそれを置いた。
「いえ、その、…まあ何となく。」
「うん、ま、いいか。別にこちらが困るわけでもないからね。でも陸上競技じゃないとすると何をやっているのかな。」
警察官は座って話しだした。
「サッカーです。」
「そうかそれなら私にもわかるよ。若い時にサッカーをやっていたからね。2対1の練習なんかは時間を決めて何回もやるからね。そう言えばこの前テレビでやってた日本代表の試合みた?相手は中南米の国で…」
「あのう…」
警察官は話好きらしく、黙っていると話が終わらないようなので、和人が口をはさんだ。
「印鑑を持ってきたんですけど。」
「ああ、それならこの紙に今日の日付と名前を書いて、ここのところに印鑑を押してもらおうかな。」
和人はすぐに言われるとおりにした。
「はい、じゃあこれで良しと。ストップウォッチをお渡ししますね。ああ、急いできたみたいだからのどが渇いたんじゃないかな。今お茶を入れるからちょっと待っててね。」
警察官がお茶を入れようと立ち上がると同時に、和人も立ち上がった。
「いえ、ちょっと急ぐもので、これで帰ります。ありがとうございました。」
「え?あ、ちょっとゆっくり…」
警察官が止めるのも聞かず和人は急いで交番を出た。




