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ノラ医者 高根

今日は12月25日クリスマス。

今日は恋人や家族とクリスマスを楽しく過ごす人達で街はにぎわっているだろう。


こんな日にまさか自分の目の前で事故が起きるとは。

赤信号を猛スピードで突進してきた車に女性がはねられた。

しかもひき逃げだった。


俺は自分の車から降りて、急いでその女性の元へ駆け寄った。

心拍も、脈も弱く、頭や体のあちこちから多量の出血があった。


女性の状態から、救急車を呼んで待っていられるひまなどなかった。


近くで個人病院をしている俺は、すぐさま自分の病院に女性を運んで治療を行った。


頭のケガは大したことなかったが、

開腹するとほとんどの臓器が絶望的なダメージを受けていて、

俺の腕をもってしても治療することはできなかった。


普段めったに諦めることのない俺だが、

今回ばかりは手の施しようがなかった。


(かわいそうに…こんなクリスマスの日に。

たとえ今日を乗り越えたとしても、

もって後2〜3日だろう。

なぜ神はクリスマスという日に、こんなに俺に試練を与えるんだ。

そういえば娘のマリもクリスマスだった…)

そんなことを考え、ため息をつきながら、

女性にできるだけの治療を施し、

人工呼吸器をつけ、

ベッドに横たわらせた。


後、数時間か、数日もつか、わからない命を見届けた。


ところが、俺の想像を遥かに超えて、

この女性は数日…数週間…と生き続けた。


意識こそはなかったが、心臓は動き続け、

ついには自発呼吸までできるほどに回復してきていた。


あれほどダメージを受けていた内臓で、

こんなに生き続けるのは奇跡としか言いようがなかった。


俺は彼女をもう一度あらゆる検査にかけた。

検査の結果を見て、こんなことがありえるのかと、

自分の目を疑った。


回復は不可能だと思われた臓器が全てキレイさっぱり回復していたのだ。


俺は夢でも見ているのかと錯覚を起こしかけた。


(ありえない…この女性はいったい…)


本当にありえない状態だった。

医者をやって30年。

こんな人間は見たことがない。

いや、もしかしたら人間ではないのかもしれない。

そんな気さえした。


新しい年を迎え、もう2月になろうとしていた頃だった。


「先生!高根先生〜!」と、遠くから走りながら大きな声で看護師のキミちゃんが俺を呼びに来た。


「あ、あの女性の意識が、も、戻りました!」

キミちゃんも信じられないといった様子でハァハァと息切れを起こしながら目を丸くして、

「とにかく早く来てください!」

と言っていた。


早速、彼女の元へ向かった。

部屋に入ると彼女は目を開け、ボ〜っとした様子で天井を見ていた。


「こんにちは。ここは病院で、僕はここの院長の高根です。

自分の名前はわかるかな?」


「あ・・・はい、わかります。アヤカです。

でも、なんで病院に?・・・」


「君は12月25日にこの病院の近くで事故にあったんだ。

ひき逃げでね・・・たまたまその現場に居合わせた僕が君をここへ運んで治療をしたんだけどね。」


「もしかして、回復の見込みはない状態やったんちゃいます?」


「わかってたのか⁈」

あらゆる臓器が自然に回復したことにも驚いていたが、

本人がそのことを知っていたことにも驚いた。


「先生、絶対にこのことは口外せんといてください。

守秘義務ってありますよね?」


「あ、あぁ、もちろん。必ず守秘義務は守る。

君の治療を施した者として、君の体のことを聞かせてくれないか。」


「私のことを治療してくれたのは高根先生だけじゃないですよね?」


「あぁ、私とここにいる看護師のキミちゃんと、

あと、2人。僕の弟子というか、大学病院の頃からの後輩がいるが、それが何か?」


「じゃあ、その中で高根先生がほんまに信頼できる人だけここに呼んでください。」


「君に、君の体にどんな秘密があるのかは知らないが、

今言った奴らは僕が心から本当に信頼してる仲間なんだ。

僕も大学病院時代にいろいろあって、

この4人で今はこんなしがない個人病院をやっているんだ。

だから、あの3人は苦労を共にした唯一の僕の仲間だから、

安心してくれていいよ。」


彼女はそれでもなかなか話してはくれなかった。

彼女にどんな過去があったのか、彼女の体はどうなっているのか、

気になって仕方なかったが、彼女が自然と口を開くまで僕は待った。


「先生・・・もちろん臓器移植がどんなんで、

どれだけ莫大なお金が動くか知ってますよね?」


「うん、それは痛いほど知っているよ。」

返事をしながら、娘のマリのことが頭に浮かんだ。


「私がまだ5歳ぐらいやった頃にたまたま工事現場を通りかかった時、

鉄筋が崩れてきて、その1本がお腹に刺さって大怪我おったんです。

手術をして鉄筋も取り除いたけど、

内臓の損傷がひどくて命の保証はないって状態やったんです。

それが数週間経った頃に自然と治ってたんです。

当時担当してくれてた医者がそれはもう不思議がって、

私をいろんな検査にかけたんです。

そしたら、私にはどうやら人並み外れた自然治癒力があるみたいで、

どれだけ損傷受けても絶対再生するんです。

心臓以外の臓器は。

それがわかってからです。

私の地獄が始まったのは。」


俺は妙な胸騒ぎを覚え、ドキドキしながら話の続きを聞いた。


「私の臓器が再生されるのを知った医者は、

両親に臓器移植の話を持ちかけました。

莫大な謝礼金を用意すると言って。


両親は私の意思なんかは無視して、何度も行われる臓器移植の話を受けました。

それからは何度もお腹を切られ、

まるで改造されてるみたいに、

わずか5歳の体は切り刻まれました。


入院しては手術しての繰り返しに耐えられなくなった私は、

その環境から逃げて、まだたった5歳でホームレスになり、

人間から隠れるようにして生きてました。

公園で父親や母親と手を繋いで楽しそうにしている同い年ぐらいの子達を横目に、

私は何か少しでも食べれるものはないかとゴミをあさってました。

そんな生活を数ヶ月していたある日、

知らない女性に声をかけられたんです。

自分は児童施設の者やって。

名前は、秋本さんと言いました。


最初はずっと警戒して、私は全然話そうとしませんでした。

でも、雨の日も、どれだけ暑い日も、どれだけ寒い日も、秋本さんはいつも私のとこへやってきて、

飲み物や食べ物を持ってきてくれました。


ある日私が原因不明の高熱で倒れた時、

秋本さんは病院ではなく、

自分が通っている児童施設に私を運んで何日も看病してくれました。

熱も下がり、体調も良くなった時、

私は秋本さんに聞いたんです。

『なぜ、病院に連れて行けへんかったん?』って。


そしたら、秋本さんが

『あなたが倒れた時にたまたま身体中の傷痕を目にして、

こんな生活をしてるのはきっと事情があると思ったから、施設に連れてきた。』

って言われて、その時に不思議とこの人は信用できると思って、

それからはずっとその施設におったんです。」


俺は話を聞きながら、自分も彼女の身体中の傷を見た時、愕然としたのを思い出した。

相当な数の手術跡が刻まれていた。


「それから私は秋本さんに全てを話しました。

そしたら、秋本さんは涙を流しながら、

私を絶対に守ると言ってくれました。


私をなんとしてもかばいながらも、

小学校にも、中学校にも通わせてくれました。

中学校を卒業する頃、秋本さんにすい臓がんが見つかったんです。

ガンやってわかった時には、もう末期ですい臓を全摘出して、

移植しないと命は助かれへんって言われてたんです。


私はすぐに自分のすい臓を使ってほしいって言いました。

でも、秋本さんは断固として拒否しました。


『アヤカの体をこれ以上傷つけたくないから、

アヤカの体はアヤカのものやから、

自分のためにだけその体を使いなさい。』って。


それでも諦められへんかった私は、

何とかして秋本さんを助けようとしたんです。

けど、そんな私の気持ちを察した秋本さんは、

ある日突然姿を消したんです。

私はすごい悔しかった。

自分の体を使えば救えたのにって。


それからはなるべく人に体のことを知られへんように隠しながら過ごしてきました。

両親や、その病院関係者から捜索されてたけど、

見つからんように、見つからんように逃げては隠れってしながら、

こうして生きてきたんです。」


「そうだったのか…それは大変だったね。」


あまりに壮絶な彼女の人生に、そんな言葉しか出なかった。


「先生、ほんまに絶対に誰にも言わんといてください。絶対に。

もう逃げ隠れする人生は嫌なんです。」


「わかった。誰にも言わないよ。君の治療した者以外には絶対に言わないし、

そいつらにも他言しないようにキツく言っておくよ。」


「それで、私はどのくらい意識がなかったんですか?」


「12月25日からだから、1ヶ月とちょっとかな。」


「そうですか。私のスマホはどうなりました?」


「事故にあった時にスマホは壊れたみたいだけど、

誰か連絡したい人がいるのかい?」


「私、離婚してるんですけど、3歳になる子供がおって、

あの日も子供と会った帰りやったんです。

だから連絡しないと元旦那も心配すると思って…」


「それなら、僕のスマホを使えばいいよ。」

彼女に自分のスマホを渡し、俺は部屋を出た。


院長室に戻り、俺は娘のマリの写真を見ながら頭を抱えた。

(彼女ならマリを救ってくれるかもしれない。

いや、だが、私情でそんなことを頼んだら、

彼女が今まで避けてきた人間と同じになる。


大学病院での地位を捨てて、今ここにいるんだ。

そんな俺が私情を挟んで、人を傷つけるなんて、

そんなこと自分が一番許せない。

だが、娘は自分の命よりも大事だ。)


医師としての自分、父親としての自分が葛藤していた。


5年前の12月25日、娘のマリに病気が見つかった。

腎臓の機能が弱くて、移植を必要としていたが、

なかなかドナーが見つからず、

娘はほぼ寝たきりの生活をもう5年も続けていた。

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