「合言葉は“ショウくん爆発!”」
「作った呪符は、次回にちゃんと発動するか試行いたしますからね。設定した合言葉を忘れてはなりませんよ?」
カサをくるくる回して説明するマダム・マヨーネ。なぜか気品がある。
「なあなあ保護者くん。あの話聞いたかい?」
絵心のない僕が四苦八苦してると、後ろからが声をかけられた。メガネにガリッガリのハリガネのよーなカラダ。下級生たちから「折りたたみイス」とか「ハリガネメガネ」と慕われているウラプト先輩である。
先輩なんだけど、いくつかの講義で合格がもらえずに、僕らに混じって受けている。さっき考えてたように魔法は複合的な技術が必要になるので、ある方面が不得手で苦戦する、ということは珍しくないらしい。
「なんです? またゴシップですか?」
年上だけど偉ぶらない、付き合いやすい先輩だ。
「マダム・マヨーネに、ダレス導師がずいぶんご執心でアタックを続けてたんだけど、ついに実らずに諦めたんだってさ」
うへえ、高嶺の花どころじゃないぞ、あのハゲ。
ウラプト先輩は話し好き、ウワサ好きで有名だ。知り合いに「アカデメイアの要注意人物」イド先輩がいる。2人して「ナントカ愛好会」っていう変な活動をしてるらしい。
「既婚者かもしれない相手に求婚できる神経はすごいですね」
外野からしたら、そりゃそうだろってハナシだけどな。
地位も財力も実力も美貌も兼ね備えたニンゲンが、好き好んでイミテーションのガラス球を身に着けたりはしないだろう。
「他人事じゃないかもよ、保護者くん」
先輩は僕のことを「保護者くん」と呼ぶ。フォウ姉さんの保護者、ということなんだろう。事実といえば事実だし、僕にも姉さんにも悪意は感じないのでそのままにしている。
「なんです? ダレス導師の失恋が僕に関係あるとでも?」
インクに黒鉛を混ぜながら訊ねる。
「ご名答!」
冗談のつもりで言ったら、先輩にビシッと指を突き付けられた。意味が分からない。
「ダレス導師は承認欲求のカタマリだ。しかも、能力以上の評価を欲しがる」
「ああ、それはなんとなく分かります」
特選魔法使の件やら求婚の件やら、異様に高望みするのはステータスが欲しいから。「特選魔法使スッゲー!」「あんないい女と結婚したスッゲー!」ってのはどっちも自分の価値を高める手段に過ぎない、アクセサリー感覚だ。
まあ、前世で結婚もできなった僕に見下されるのも気の毒な話かもしれない。
「で、高嶺の花奪取は失敗した」
「地べたで手を伸ばしても、3776m山頂の花が掴めるわけありませんよ」
「ハダカでエベレスト登頂」よりムリのある組み合わせだ。「マダム・マヨーネがひとこと“結婚したい”と言えば、公爵だって寄ってくる」って言われてるぐらいなんだから。
「じゃあ本題だ。マヨーネ導師は無理がありすぎた。でも、自己顕示欲のために、権力か金のある女と結婚したい、とくれば?」
やっと言いたいことが分かった。結論まで長いのは、話し好きだからかな。
マジックギルドやアカデメイアに現在「権力のある妙齢の女性」はいない。ロゼさんはまあ、権力っていうか、責任があるだけだしな。
次点が「カネを持ってる女性」だけど、この条件なら……女生徒も対象に入ってしまう。
「フォウ姉さんも、標的に入ってる?」
「どころか、本命かもしれないよー。最近、ミーティアさんやフォウさん、よく絡まれてるそうじゃないか?」
ああ、ミーちゃんの本名ってミーティアだった。2人に共通しているのは、伯爵令嬢と豪商の跡取り、つまり親が資産家ってコトだ。ミーちゃんはコミション出されてたし、2人とも講義中前に出されたりしてたな。前に出るってコトは、ダレス導師の近くに寄ることになるワケで……デキる男アピールしてたのか? ものすごく逆効果だったけど!
しかも、ダレス導師は現在不名誉の骨折で療養中だ。計画は頓挫したかな。
「なるほど。先輩、ありがとうございます」
「んん~? いやいや、世間話をしてただけだよ?」
違う。世間話に見せかけた忠告をしてくれたんだ。実際、僕はダレス導師の下心に気付いてなかったワケだし。
スキの多い姉さんだけに、無警戒のトコロに何かやらかされたらヤバかったかもしれない。今後は注意しよう。
それにしてもヴァイといいこの先輩といい、ヒトクセあるけど有能な人材が多いな、アカデメイア。
僕みたいな「オマケ入学」にも友好的に接してくれるのは、それだけ自分に自信があるから、かな。
強い大型犬ほどおおらかでむやみに吠えない、ってのと同じか。ま、カロアンズみたいな吠え散らかすだけのミニチュア犬もいるけど。
「ショウさん、ウラプトさん、手が止まっております。もっと集中なさいませ」
会話に集中してたら、マダム・マヨーネに叱られてしまった。やれやれ。
「できたー!」
フォウ姉さんが真っ先に手を上げた。チラ見すると、良いデザインだ。姉さんは魔法関係に限っては勘が鋭くようで、すごく優等生だ。
「合言葉は“ショウくん爆発!”」
縁起でもない。
やっと僕もできた。出来は、まあまあ。
「いい出来! お守りに大事にとっておこ」
うれしそうにポケットに入れてる。いや、そのお守り、明日の講義で燃え尽きるんだけど。
一日の講義を終え、フォウ姉さんと帰る。導師たちはこれからハチ問題で頭を悩ませることになるだろう。あんなことが何度もあったらおちおち畑の手入れもできないもんな。ご愁傷様。
慌てて帰る時間でもないし、帰り道は空いているので、道屋を使わずに「男坂」を歩いて帰ることにする。
フォウ姉さんはちょっと嫌そうな顔をしたが、何年も通うのだから道のりに慣れておいた方がいいはず。
2年や3年になると、遅くまで残って研究やら実験やらに精を出すんだそうだ。アカデメイアからややこしいフィールドワークの課題を出されることも多いと先輩たちがぼやいてた。
だから帰り時間がばらついて、渋滞が起こらない。アカデメイア学生が一番に望む進路は、腕前を認められて、マジックギルドで研究を続けることなんだろう。
前世の記憶で例えるなら、大学院で論文認められて助教授に、ってカンジだろーか。なら、導師が教授で、特選魔法使が名誉教授か?
僕には無縁の進路であろうし、姉さんにとってもまだまだ未来の話だ。
エントランスの壁には、所狭しと様々な紙片が貼り付けてあった。通称“掲示板”だ。
試しに一番新しい貼り紙を見てみる。
「コウモリの羽求ム! 1枚銀貨3枚から。限度枚数なし。詳しくは召喚魔法科3年ピュリニーまで」
姉さんが声に出して読む。こんな調子で、掲示板いっぱい色々なリクエストと報酬条件が貼られていた。
魔法の研究には触媒が欠かせない。魔法の作用を促進したり、逆に抑制したり、あるいは変質させたりするのに必須なのだそうだ。
だが、触媒は多岐にわたり、1人でそろえることは難しい。魔法の研究ってのは金食い虫で、畑の草の栽培だけでなにもかもまかなえるワケではないってコトだ。アカデメイアに在庫がないものもある。
そこで、目当ての触媒を持ってる人物や手に入れることができそうな人物に報酬との交換を呼びかける場ができるワケだ。
コレに限っては学生じゃなくても請け負えるし、こういったので生計を立てる何でも屋もいるとか。
互助的な、良いシステムだと思う。
もっとも、依頼書の中には胡乱なモノも混じっていて、
【人間の血液求む。500ml~。銀貨4枚。導師プラネまで】
とかは、人身売買みたいな様相になっているし、
【急募! オレの開発した筋力増強薬の被験者になってくれる方。報酬銀貨10枚。注:直ちに悪影響はありません。何が起きても補償はしません。付与魔法科バーミアまで】
これに至っては犯罪臭しかしない。
ただちに影響はないということは、いずれ影響あるかもってことじゃないか。こんな怪しいのも紛れ込んでくるから要注意だ。
「私たちも、いずれ掲示板に依頼を出したりするようになるのかな?」
「どうなんだろう、想像もつかないなあ」
依頼を出す方じゃなくて、引き受ける方はやってみたいかな。お小遣い稼ぎになるし。
とりあえずこんどロゼさんに相談して、掲示板と風紀の取り締まりを強化してもらおう。ブラックマーケット一歩手前だったら困る。
掲示板は、あとあとのことを考えて設定しました。
こういうのがあると、導入が作りやすいですね(/・ω・)/