モヒカンに鎌って世紀末臭がすごいぞ
ハチがミーちゃんを抱え上げようとしている。ハチは相当な力持ちらしいから、100cmともなれば人間1人ぐらい楽勝で持ち上げられるか。マズいな。“鏡盾”は何もない空間にしか出せない。圧し潰そうにも、ミーちゃんが巻き添えになる。
「ミーちゃんを離して!」
姉さんがスコップを叩きつけた。スカ当たりだったけど、体勢を崩して獲物を取り落とす。ナイスだ姉さん。
僕はハチの足元に滑り込み、落下するミーちゃんをキャッチした。うあ、カッコつけたけど、受け止めた衝撃で腕がすごく痛い! でも、ヘンな落ち方したら、ミーちゃんがタダではすまないからなあ。
ハチは姉さんに向き直った。アゴをギチギチと鳴らして威嚇する。このまま手ブラで帰るつもりはなさそうだ。ハチに手はないけど。
太い腹部を持ち上げた。激烈にイヤぁな予感がする!
「“イリアスの鏡”!」
叫んだ数瞬後に、ハチが液体を噴きつけた。間一髪、ハチの前に見えない鏡が現れる。毒液は鏡に映し出されたハチ自身に命中した。鏡が砕けるのと同時に、ハチに毒液が浴びせられる。
イリアスの鏡は、受けた性質をそのままの力、方向ではじき返す性質を持つ。アイギスの鏡“盾”のように頑丈ではないし、設置した後動かすことはできないけど、防禦と反撃が同時にできるのは便利だ。
「~~!」
自分の放った毒液を浴びて、声にならない悲鳴を上げる。
間に合った、けどビックリした! 寿命が12分ぐらい縮んだぞ。そうか、本家のスズメバチも毒って噴射できるんだった。それに、自分の毒が自分に効くって、やっぱり本質はハチといっしょなんだな。
のたうち回りながらも逃げようとするハチ。トドメをさそう。ハチはフェロモンで警戒とか伝達とかできるらしいから、僕たちのことを巣に伝えられるかもしれない。
「アイギスの鏡盾」
鏡をハチの上に、倒した状態で作成。
「ていっ」
手を振り下ろす。鏡もそれに合わせて落下して、ハチを押しつぶした。
「ありがとうございます、フォウ様、ショウ様」
ミーちゃんに今日2度目のお礼を言われる。
「「どーいたしまして」」
今回の殊勲賞は姉さんだな。僕1人じゃ助けることができたか微妙だった。
「関節技がかけられない生き物は苦手で……」
ミョーなことをいうミーちゃん。関節がなんだって?
他の2匹は、導師とヴァイが撃退に成功したようだ。羽をちょっと焦がしたり脚を数本失ったハチが、ハチのクセに蜘蛛の子を散らすように逃げてく。
ヴァイ強いな!
導師が膝をついて肩で息をしている。脇の辺りから血がにじみ出ている。毒針でも刺されたか。ギリギリの撃退だったんだな。
ともあれ、一安心だ。
というみんなの空気感が伝わったのか、導師の後ろに避難していた――正確には導師を肉盾にしてた――カロアンズ一味が姿を現わして、導師を怒鳴りつけている。
なんて言うんだろう、騎士団長の御曹司とは思えないぐらい、生き様がセコいな。
「おぉい、ケガしてねーか?」
ヴァイが鎌を片手に駆けてくる。肩に噛み跡がついているけど、大して出血してないトコロを見ると軽傷なんだろう。
恐ろしくどーでもいいけど、モヒカンに鎌って世紀末臭がすごいぞ。
「だいじょーぶ、運よく撃退したよ」
「運よく、かァ?」
モヒカン野郎にめっちゃ眉をしかめられる。
「ハチ野郎の種類ぐれぇ、よく見よけヨ。それで運っつってもなぁ」
お、おう?
「何を隠してえのか知らねぇが、もうちっとキチッと隠しとけヤ」
すれ違いざまに小声で言われた。う、またやらかしたか?
しかし、ヴァイが言ってたハチの種類ってなんなんだ。
ちょいとチェック。指で四角形を作る。
「魔女の鏡」
ハチの死体を観る。僕の倒したハチは、と。
【アドバンス・ホーネット】
【戦力:60(現在0)】
【魔力:2】
【スキル】
<格闘>
【特徴】
<飛行:虫羽>
<毒:強>
【備考】
<「毒のカクテル」と異名をとる強力な毒を精製。症状は呼吸困難、意識障害。刺すだけではなく、毒液を噴射もする>
やっぱりけっこう強そうだ。戦力は一般人の倍以上。カロアンズ半ダース分。毒も強力。
で、導師のやっつけたハチは、と。よし、後姿を補足。
【スレイブ・ワスプ】
【戦力:35】
【魔力:1】
【スキル】
<格闘>
【特徴】
<飛行:虫羽>
<毒:弱>
【備考】
<他の種からさらわれて隷属させられている、奴隷階級の蜂>
……ああー! そーいうことか! 導師やヴァイが相手してたのは僕のやっつけたのと別種のハチだったんだ。観察してみれば、縞模様とかも違うじゃないか。
そういや、ハチは他の巣で捕まえた他種のハチを奴隷として使うって、前世のテレビ番組で観たことがあるよーな気が。……遅いっての。全部片付いた後に思い出すんだもんなぁ。
数値で見ると、アドバンスホーネットよりずいぶん弱い。カロアンズ3人と上半身分しかない。奴隷としてコキ使われてるんだから、一回り弱いのは当たり前か。
やっつけたハチの質が違うんだから、怪しまれるのも無理はないか。ヴァイのことだから、大声で言いふらしたりはしないだろうけど。
不審がられてるみたいだし、いっそアイツにはバラしておく方が上策かな?
怪しんだ当のモヒカンは、ケガをした導師に肩を貸している。
「さっきのハチが仲間を呼んでくるかもしれねェ! さっさと引っ返すぞ!」
と生徒たちに呼びかけた。自分もケガしてるってのに、とことん面倒見がいいな、コイツ。せめて僕も手伝おうか。
でも、ホーネットがなんで人間の生活圏にいるんだろう?
結局、急いで引き返した僕たちは、アカデメイアの導師たちに事情を説明した。幸い生徒たちのケガは軽傷で、ひどかったのはヴァイが担いで帰った導師のみ。その導師にしても、命に別状はないとのことだった。
あんなバケモノ蜂に襲われたにしては、大ラッキーな結果だと思う。義理堅いヴァイは僕のことを黙っててくれたらしく、アカデメイアから面倒な詮索はされなかった。
現在アカデミアは文字通りハチの巣をつついたような大騒ぎになってる。明日にでも、実際にハチの巣を突つきに行くのかもしれない。
だがそれは、ロゼさんたち警備隊の仕事だろう。なんにしても、一生徒である僕たちの手を離れたハナシだ。
午後は自習にでもなるか、と期待したけど、しっかり講義があった。おのれ。
「みなさま、今配った紙に、指示通りに描いてみてくださいませ」
付与について講義してくれるのはマダム・マヨーネ。上品な美人で、マダムと名乗っているけど、既婚者かどうかは不明という不思議な人だ。なぜかカサを手放さない。
マジックギルドでも指折りの実力者と評判で、数少ない特選魔法使。オマケにかなりの資産家らしい。帽子からハンカチに至るまで、同じものを身に着けてるのを見たことがない、と上級生が言ってた。
付与魔法は、「ものに魔法をこめる」という系統で、生徒の進路として人気が高い。「合言葉を唱えると、ろうそく大の火が灯る棒」とか、「錆びない包丁」とか、生活に密着したものを作るので、食いっぱぐれがないのだ。もちろん、そういった棒や包丁は、値が張るものになるんだけど。
今やっているのは、呪符という特別な紙切れに、紋様を描いて術式を組み込む方式。まずは初歩的に「発火」を籠める。小さな火が、ポン、と灯るだけの魔法だ。ライターの代わり程度だな。でも、この世界ならけっこう便利だ。
うーん、付与というヤツはやってみるとけっこう難しい。絵心とか、いろんなセンスがいるなあ。
付与が効力を表すためには、単に呪符に“力ある言葉”を書きつければいいってものじゃない。絵にしたり図形化したり、空白の使い方なんかでも差がつく。
塗料に鉄粉を混ぜて、描いた文字に光沢を出す、なんてやりかたもある。
ロマンもへったくれもない例えで言うなら、「センスのいいチラシを作る才能」みたいなもんか。僕的には、「高架下とかにラクガキされてるみたいな、ヘンなロゴを描く才能」って感じがしないでもない。
魔法関係ばっかりじゃなくて、総合的なセンスが問われるんだよな。薬草とか鉱物もそうだけど、魔法って言うのはそれ単体では成立しない複合技術なのかもしれない。
ゲームである「レベルが上がった! 〇〇を覚えた! はいドーン!」みたいなお手軽感はぜんぜんないや。
「魔女の鏡」の効果が多分にゲーム的なのは、製作者のリオの好みです(/・ω・)/
作中の鏡はどれも有名な奴ですね。ショウの元の名前も、鏡をもじってます(/・ω・)/