カロアンズだったからいいけど。
「こ、腰が痛い……」
午後からの薬草学の授業では、カメから降りて町の郊外に出る。男坂を往復するだけでもかなりの重労働だ。
汚れてもいい服に着替えた僕たち生徒は、マジックギルドの所有している畑で草むしりやら害虫駆除やらでコキ使われる。「働け働けー!」って看守、じゃなかった導師が言葉のムチを浴びせるのが収容所ちっくだ。薬草学の授業はいっつもこんな感じ。
「生徒って、体のいい労働力じゃないか」
雑草を抜きすぎて手の感覚がなくなってきたぞ。東京ドーム何杯分の広さだ?
「なんだあ? 今頃気付いたのかヨ?」
隣で黙々と雑草を刈っていたヴァイが反応する。青く染めた髪をモヒカンにした、イカレた格好をしている男だ。目つきも悪い。
夜道で出くわした婦人に悲鳴を上げて逃げられたという、まったくもってうれしくない武勇伝を持つヤツだけど、意外とマメで憎めないヤツだったり。
「巷じゃあ、“使えねえ生徒を切り刻んで農園の肥料にしてる”ってーウワサもあるけどナ」
そのウワサがホントなら、真っ先に肥料になってるのは僕だろうな。大げさだけど、アカデメイアは市井では一種の治外法権、みたいに思われてるところがある。意訳すると「言いたい放題」ってコトだけど。
「でも、僕たちみたいな素人じゃなくて、農業のプロに任せた方が安心じゃないか?」
特殊な植物だから、農家が育てられるのかは知らないけど。この授業外でも森に植物採集に行ったり、鉱物採集に行ったり意外とフィールドワークが多い。それはそれで楽しいけど、魔法使いやってるのか農家やってるのか鉱山夫やってるのかわからなくなるときがある。
「霊薬の素になる特殊な植物の栽培だからナ。部外者に育成任せて、種とか育て方とか盗まれたくないんじゃねーの?」
「それはありそうだ」
マジックギルドは、魔法具のほかに、霊薬という特殊な薬を販売している。飲めば痛みを和らげる効果とか、一時的に夜目が利くようになる薬とか、種類はたくさん。使えるんだか使えないんだかよくワカラナイものもたくさんある。
「霊薬販売、けっこう儲かるみたいだね。マジックギルドやアカデメイアの屋台骨って聞いたよ」
「おおよ。霊薬は独占市場だからナ。値段も供給量もギルドの思いのままじゃーか。そりゃオモシロくねぇちょっと作り方盗んでくっか、ってヤツも多いと思うゼ?」
雑草を刈る手を止めずにヴァイが言う。ファンタジーの世界には独占禁止法なんてないもんな。でも産業スパイはいるかもか。世知辛いなあ、ファンタジー世界も。
「だから生徒を使おう、って? 僕には“生徒コキ使えば人件費タダじゃねえかヒャッハー!”ってだけな気がするんだけどなー」
「ぜってーそれもあると思うけどヨ」
クックック、と笑いながらヴァイも同意する。本人は「南区の貧民窟の出身」と言っているが、言動に荒っぽさはあっても卑しさがまったくない。むしろ知識や教養は人一倍備わってるように思える。そのせいか、気が合う友人だった。
「ショウくーん! 助けてー!」
呼ばれて振り向くと、フォウ姉さんが背の高い雑草と格闘していた。
「全然抜けないの!」
わざわざ自分の身長より高いものを抜こうとしなくても。「大きなカブ」って絵本を思い出す光景だなあ。
「りょーかい、ソッチへ行くよ。ヴァイも、そろそろ休憩したら?」
「いんや、もう少し刈りこんどく。ここをキッチリやっときゃあ、ハーブがもっと育つにちげーねぇからヨ」
ホント、根がマジメな奴だな!
トチ狂った髪型と乱暴な言葉遣いを直したら、ぐっと評価が上がるだろうに。
姉さんを助けて、ちょっと休憩する。腕を回して、しっかり腰を伸ばした。
おっと、向こうにカロアンズ発見。取り巻きたちとサボッてら。こういった場面でこそ、「性根の卑しさ」って見えてくるもんだな。たぶん、一生ホンキを出せないタイプなんだろう。
今日の引率はまだ若い二級導師なんで、カロアンズの家柄に遠慮して注意出来ないみたいだな。「俗世との隔絶」をウタッてるアカデメイアも、内実はこんなもんだ。
お、そうだ。さっきリオに押し付けられた“魔女の鏡”とやらの試運転といこう。リオからやり方は聞いている。両手の指で長方形を作って、と。それを右眼で覗き込んだ。カメラマンがアタリをつけるようなポーズ。被写体はカロアンズ。
「魔女の鏡」
つぶやくと、四角形内に文字が浮き上がった。
【カロアンズ=ルーフ 17歳】
【戦力:10】
【魔力:25】
【スキル】
<攻性魔法*ロック(4%)>
【特徴】
<騎士の家柄>
【備考】
<アカデメイア1年生。高慢。幼女趣味。南区の違法娼館の常連>
おおい、ものすごいシステマチックだな! リオが『最近ハマっているアナログゲーム準拠にいたしました』って言ってたけど、ゲームのステータス画面みたいで味気なさすぎるぞ。
ええと、詳細もついてるから、じっくり見てみよう。重要なものは【戦力】【魔力】【スキル】【特徴】【備考】の5つか。
【戦力】は身体がどのぐらい恵まれているか。力が強いとか、足が速いとかがコレか。25が成人男性の平均値、と書いてあるから、10はモヤシ。あのへなへなパンチで納得だ。
【魔力】は魔法への適性の高さ。
ええと、25は……「アカデメイア学生のおよそ平均値」だって? なんだ、元から特待生を狙えるほど飛びぬけてなんかないんじゃないか。
【スキル】は、本人が努力して取得した技術、か。
で、<攻性魔法>にかかってるロックは、未熟でまだうまく使えない状態、ってことか。いまだと、習熟度4%ってことだな。100%になればロックは解除、一人前、と。今でも使えないワケじゃないけど、効果がすごく低かったり、よく失敗したりする、と。
【特徴】は、生まれつき備わっていたもの。金持ちの家に生まれたとか、視力がいいとか、努力で手に入らない系はコッチか。
<騎士の家系>は、生まれつきのものだから特徴。って言うか、ホントに家柄しか特筆すべきものがないのか、コイツ。
【備考】は、数値化されにくい個人情報。履歴書みたいなもんかな?
場合によって変化するのか。<独身>が<既婚>になったりかな。逆に<既婚>が<独身>になってると悲しいけども。
……ゲゲェーッ! 幼女趣味! ヘンタイは異世界でもお構いなしに湧いて出るな!
いや、前世のロリコンは二次元限定と言うか、もっとソフトな方向性の連中がほとんどみたいだったけど。違法娼館の常連ってガチじゃないか。
無駄にイヤな性癖を見ちゃったな。でもこれ、下手するとプライバシーダダ漏れだな。今後は注意しよう。
カロアンズだったからいいけど。
しっかし、期待してた効果と違うな。リオの言い様からして、「コミュニケーションの一助になるツール」なのかと思ってたのに。要は、「これで弱みを握って優位に立て」って脅迫道具じゃないか。これじゃ確かにコミュ障は治らないやな。
あんの腹黒幼女、発想が物騒だぞ。
さて、ようやく農作業モドキも終わりか、と思った矢先に。
遠くから耳障りな音が聞こえてきた。羽のこすれる音。やたらと羽音が大きい。しかも複数だ。
畑の一面は森に接している。そちらの方から、巨大な昆虫が飛び出してきた。
100cmぐらいのハチが4匹。昆虫ってデカいと迫力あって怖いな! 顔つきがコワい!
1分隊、って感じか? このサイズだと羽音が異常にやかましい。黄色と黒のプリン的な色合いは、スズメバチに似てるな。ミツバチ系のハナバチは、胸のあたりが毛でモフッとしてた気がする。前世の記憶だから、どこまでアテになるか分からないけど。
ハチたちは、次々に生徒を獲物に見定めて襲い掛かってきた。スズメバチに似てるってことは、やっぱり肉食か。
1匹が、当然の権利のようにフォウ姉さんに飛び掛かってきた。4匹しかいないのに! 生徒は他に選り盗り見盗り40人以上いるのに!
まあ、それで狙われるのが姉さんだよなー。特異点はダテじゃない。
「姉さん、下がって!」
狙われると予想がついてたから、迅速に行動ができた。弾丸のように突撃してくるハチの前に立ちふさがる。強そうだけど、“魔女の鏡”は使うまでもないな。そもそもそんなもヒマない。
「アイギスの鏡盾」
小さくつぶやいた。
ガァン! という音とともに、ハチが吹き飛ぶ。へろへろと地面に落下した。
ハチはものすごいスピードで壁に正面衝突してしまったワケだ。首がヘンな方向に曲がってるところを見ると、相当な勢いで突っ込んだな。
よしよし、これで姉さんは無事、と……
「ミーちゃん!」
フォウ姉さんは、他のハチにさらわれそうになっている友人を助けようと飛び出していった。フラグ回収速すぎ。