『そんなアナタに朗報ですわ!』
姉さんは息を吹き返した?ダレス導師になぜか呼ばれて行ったが、すぐに帰ってきた。何の用事だったんだ? 姉さんは小さく笑って「大したことじゃなかったの」って言ってるから、まあいいか。
少し遅れて食堂に行くと、いつもの席に姉さんがちゃんと座っていた。それと、他に男子生徒がもう1人。たしか、付与魔法科の同級生だっけ? 会話してるけど、姉さんはあまり乗り気じゃなさそうだ。
テーブルに近寄ると、男は恨みがましい目つきで僕をニラんで去っていった。そんなに嫌わんでも。
困り顔の姉さんの手には、一通の封筒。うん、ラブレターですね。僕には縁のない物体だ。
「またもらっちゃった。断ったのに」
そう、「また」だ。姉さんははっきり言ってモテる。伯母さん譲りの美人でスタイルが良く、加えて性格も優しい。たぶん身内のひいき目じゃないはず。
ニンゲン的な情報だけで高得点なのに、これから伸びるフローレンス商会の跡取りとくれば、引く手あまただ。
封筒を開く姉さん。せめて、だれもいないところで見てあげたらいいのに。
封筒の中には羊皮紙。うわ、張り込んだなあ。この世界の紙類は、普通の紙――植物の地上茎から作られたもの――と羊皮紙の2種類が使用される。重要な契約とかの書類に限り羊皮紙を使う習慣のようだ。普通の紙と違って、カビや劣化に強く、しかも丈夫だからな。
1枚当たり銅貨1枚の普通の紙に比べて、羊皮紙は銀貨1枚。前世の感覚だとだいたい1000円ぐらいする。銅貨1枚が10円ぐらいだから、だいたい100倍の値段差だ。本気度を見てほしいってコトだろうか。
ラブレターの紙にカネをかけるぐらいなら、普通の紙にして、浮いたカネでプレゼントでも添えればいいのに。なおこれは、前世含めてモテた経験のまっったくない男の感想なので、的外れの可能性大だ。
「ショウくんが、他の人のラブレターを鏡で防いでくれればいいのに」
「鏡盾でも手紙に込められた怨念までは防げないよ。あと、そんなヤヤコシイ問題で僕に頼られても超困る」
手紙に、義理で目を通しながら無茶を言う姉さん。まあ、さっきの男のアプローチが実ることは決してない。
なぜなら、フォウ姉さんには婚約者がいるからだ。
気づいたのは、僕の洞察力のなせるわざとしか言いようがない。
意外だったのだけれど、姉さんは交際を申し込まれたときは、かなりきっぱりと断るらしい。姉さんのことだから断り切れずに困ると思ってたんだけど、そのあたりはしっかりしていて一安心だ。
で、断る理由が「心に決めた人がいるから付き合えない」というもの。これは本人が直接教えてくれたから間違いない。
ウソをつく性格じゃないから、ホントにいるんだろう。幸せなヤツだ。
それに、伯父さん夫婦は舞い込んでくる縁談を軒並み「もう、フォウの相手は決まっているから」と一蹴しているらしい。それも随分前から。金持ちとか貴族とか、商売の発展につながりそうな良縁もあっただろうに。
僕の考えるに、フォウ姉さんと伯父さん夫婦の言ってる人物は同一人物だろう。つまり、家族公認で、しかも全幅の信頼を置いている人物と言うワケだ。婚約者と言って差し支えないよな。
その割には名前も知らないし、会ったこともないんだけど。それに、伯母さんに何度名前を訊いても笑ってばかりで答えてくれないのはなんでだろう。
姉さんは女主人ってガラじゃないから、その幸せ者が姉さんと結婚し、フローレンス商会を継ぐことになるはずだ。
姉さんと商会を守ってゆける甲斐性のある男であることを祈るばかりだ。いつかぜったい品定めしてやろう。
娘を嫁に出す父親の気分だな、コレ。実年齢は姉さんと近くても、精神年齢がムダに離れてるので仕方ない。
『アナタ、リトル愚か者でしょう』
昼食後トイレに入って手を洗ってると、鏡からリオが姿を現した。開口一番毒づかれる。赤と白のカラーリングの、随分古いゲーム機をピコピコ操作している。「アチョッ! アチョッ!」って電子音は、キャラクターの掛け声かな。
「お、お早い監査で」
朝に会ったばかりで、また出てくるのは珍しい。
「か、賢いと思った人生のエピソードは1つたりとも思い出せないけど、なんで?」
『加えて言うなら、前世では注目を浴びるようなことのない、“砂漠にジョウロで水をかけ続けるような実りのない人生”だったのではありませんの?』
「なんだその悪意のある語彙力は?」
エスパー?
『先ほどの魔獣の一件、怪しまれてますわよ? きっと」
なんだ、さっきの見てたのか。
「でも、パニックだったし、こっちを注目する理由なんて……」
『例えば、アナタが助けた女の方とか』
うっ。でも、あれは仕方なかった思う。ミーちゃん、だったかな、あんまり言いふらしそうなタイプじゃなさそうだし。
『それと、あの個性的な髪型をした方、駆けつけるのが遅かったですわよね? まるで、様子を見ていたように』
モヒカンのヴァイのことか。ダレス導師の頭も個性的だけど、ハゲを「髪型」とは言わないだろう。
確かに、ヴァイが駆けつけてくるのが遅かった気もする。
『アナタの様子を見て、静観する気になったのでしょう。アナタの42倍は賢いですわね』
「えー? でも、怪しい素振りはしなかったよ?」
『それが一番ダメでしょう。目の前に魔獣がいるというのに、シレーッと座って隣の女性に気を遣ってるニンゲンなんて、おかしいに決まっているでしょう?』
……あー。うん、それはグーの音も出ないや。鏡盾があるんで、すっかり安心してた。
「ごめん、まったく気にしてなかった」
アカデメイアに入る前はそんなこと気にせずに済んだからなあ。人目があるって意識が足りなかったや。
魔鏡のことは、アカデメイアでは誰にも話していない。導師にさえも、だ。コソコソ隠したいってほどでもないんだけど、説明ができないんだよな。魔鏡はリオからの借り物で、この世界の魔法とかとは原理がまるで違う。魔力とかも関係ないからなあ。
僕の判断はどこまでも前世が基準になっている。沁みついてるんだからしょうがない。
例えば前世で「火が吹けます」って言って火を吹いて見せたらどうなるか。頭からウソだと決めつけられ、詐欺師呼ばわりされるに決まってる。最後の最後、信じるときは迫害がセットでついてくるだろう。
そんな考えなもんだから、バレるのはゴメンこうむりたい。
『まさか、演技指導が必要なほどの大根役者だとは思いませんでしたわ。おでんの具になるぶん、大根の方が37564倍優秀です』
おでん限定なのか。しかし不吉な倍率ばっかりだな。
ただ、怒られた理由はよく分かるので、今後は気をつけよう。注目を浴びてもいいことなんでないもんな。
『まったく、世をすねて社会をナナメから見ていて、微妙にヘタレな点はともかく、観察力だけは評価しておりましたのに』
「いいトコロと悪いトコロのバランスが全然取れてない採点をありがとう」
総計するとどマイナスだな。これでも褒めてるつもりかもしれないけど。
「まあ、僕の失敗だったけどさ、ニセ学生の僕に誰も注目なんてしてないよ。評価マイナスなんだから」
「魔力が低いくせに入学した」って評価だからな。ヴァイが駆けつけるのが遅かったのだって、たまたまかもしれないし。
『そうですわね。“マイナス”。“ゼロ”ではありませんわよね』
なんだか、あきらめ気味にため息を吐かれた。マイナスとゼロって、何がどう違うんだろう?
「ゴメン、何言ってるのかさっぱり分からない」
『そんなアナタに朗報ですわ!』
「ひゃあっ!」
突然身を乗り出された。鏡にリオの顔がどアップになる。
『わたくしが今回おススメするのはこの“魔女の鏡”! わたくしが心血を注ぐふりをして、ゲームの片手間に作りましたの。これでコミュ障のあなたも、空気の読めるコミュ障に! 今なら“美少女にゲームのコーチができる”特典もついてきます!』
「なんで通販セールスみたいな語り口になってるんだ」
あと、かんじんなコミュ障の方は改善しないんか。
「でも、お高いんでしょう?」
『それがなんと! 今回に限り! 特別に2mとさせていただきます!』
待て。なんで値段を訊いて長さが出てくるんだ。
「2mってどんな単位だ。2mの高さまで金貨を積み上げろ、とかじゃないよね?」
『“2m四方のお肉”のことです』
ああ食べ物を要求してるのか。それなら何とかなるかな?
「ま、まあテキトーに作った新しい魔鏡を貸してくれる、と。で、ゲームのコーチってなに?」
「ボーン!」という大きな音とともに、悪役の笑い声っぽいゲーム音が流れる。ゲームオーバーになったっぽい。
『どうしても5面の“みすたーえっくす”が倒せませんの』
「……端まで逃げて、しゃがんでキックしてたら勝てるよ」
ゲームのチョイスがマニアックにもほどがあるぞ。前世で僕が生まれるずっと前のゲームじゃないか。
ショウは前世で注目されることがなかった&喝采願望がないので、他人の目を忘れがちです。
リオのやってるゲームはスパルタンなエックスです。ファミコン時代のゲームです(/・ω・)/