『宝くじを買えば3億円当たるか、3億円の借金を背負うかのどちらかですわね』
「ショウくーん、ここ空いてるよー!」
中庭で手をブンブン振る姉さん。こ、行動が子どもっぽいなあ。
「あ、さっきはありがとうございます」
姉さんの隣にいたのはさっきの子だ。遠慮がちに会釈してくる。そんな気を遣わないでいいのに。この子とカロアンズ見てると、どっちが特権階級のデフォルトなのか判断に迷う。0点か100点しかサンプルがないからな。
「むー、ショウくん、いつの間にミーちゃんと仲良しさんになったの? 浮気?」
あ、ちょっと姉さんがご機嫌ナナメだ。ミーちゃんって言うのか。名前も覚えてなかったんだけどな。
「プロポーズも婚約も結納も結婚式もすっ飛ばして浮気はできないよ」
そもそも、相手がいない。
次は召喚魔法実践。座学も好きだけど、こういう実践も楽しい。前世でも勉強はキライじゃなかったんだよな。
「揃ったらさっさと始めるぞ! お前らがウスノロのせいで予定より遅れているからな」
ダレス導師は、「特選魔法使に認定されるまで髪を伸ばしません!」と公言して頭を丸めたものの、以来7年間ずっと認定されないという、なんというか、絵にかいたよーな自爆ハゲだ。
コソクなアピールなんか、かえってしない方が良かったのに。自分で言いだしたコトだけに、いまさら撤回したらカッコ悪いもんなー。
この導師、配慮が恐ろしく欠けていると生徒から大不人気だ。
……中庭の真ん中に、さっきの大きな首輪が転がってる時点で嫌な予感しかしないなぁ。
「こら、そこの奴ら、もっと前に出ろ! この辺りに座ってろ!」
警戒して遠巻きにしていた生徒たちに命令して、前に座らせる。姉さんやさっきの子が最前列に座らされたか。
「いいか! 特等席で見せてやるから、しっかり私に腕前を目に焼き付けろ!」
ダレス導師は最近、女子生徒たちによくこの手のことをする。この世界に「セクハラ」って単語はないもんな。しょうがない、僕も前に移動するか。
導師に逆らうわけにはいかないから、嫌々座る生徒たち。好感度暴落中、ストップ安を更新。独身を継続中。
導師ダレスが手に持った小瓶を投げつけた。地面で割れて、大きなケモノが現れる。
うあ、びっくりした! そうか、召喚魔法の実演ってワケだ。
生徒たちから一斉に悲鳴が上がった。シルエットは犬に近いが、毛が針金のように太くて、3倍は大きい。牙と爪が鋭く、僕たちが襲われようものなら木の葉のようにちぎり飛ばされるだろう。しかも臨戦態勢ときている。
怖がるなという方が無茶だ。
「いいか、今のが召喚術の初歩で、容器に封じていたわけだ。このやり方なら魔力の消費が少なくて済む。この魔犬はバージェスト、中級の魔獣だ」
生徒の悲鳴なんかお構いなしで説明している。ウィザードになれないのも結婚できないのも、この辺りが原因なんじゃないかなー。
「うるさいぞ、あわてるな!」
導師が何かつぶやいて首輪を投げると、首輪は意志でも持ってるかのように跳ね上がり、バージェストの首におさまった。
「動くな!」
導師の命令一つで、巨大犬が悲鳴を上げてのたうち回る。
「これは“魔獣制御の首輪”という魔法具だ。見ての通り、合言葉で起動する。……おいお前ら、やかましいぞ! しっかり聞け!」
無茶をおっしゃる。犬の目の前に座らされた女の子たちはまだ半泣きで震えている。ダレス導師は、まだ魔法や魔獣に大して耐性のない僕たちに平気でこんなことをやらかす。段階を踏まない。
――そろそろ、イヤな予感がするぞ。
たいてい、「嫌な予感」ってのは根拠のないもんじゃなくて、経験の積み重ねで生まれる洞察、ってコトらしい。
危険な魔獣。混乱寸前の場。超至近距離。ガサツで配慮の欠けた導師。うん、イヤな予感の満貫だ。
こういったことが重なると、確定でよくないことが起こる。
なにせ、姉さんがいるからな。
2歳の頃の僕が抱いてた、「戦場じゃあるまいし、女の子1人ぐらい守るのはカンタンだろ」って思い込みはハチミツより甘かった。別に、この世界の治安が悪いって意味じゃない。
それを確信したのは4歳のころ。姉さんと出会ってたった2年のうちに、巻き込まれるわ巻き込まれるわ。
「たまたま」誘拐されそうになったり、暴走した魔法人形に「たまたま」出くわしたり、とびっきりの不良品を「たまたま」倉庫から見つけて遊んでたら大爆発したり。
それはもう、尋常じゃないぐらいトラブルに巻き込まれまくる。リオからもらった“魔鏡”がなければ、17回ぐらいは陰府に出戻ってるところだ。
『それはフォウが、というよりもメガセリオン候補者が“特異点”を有しているからですわ。運不運が極端に偏るのです』
原因を尋ねたら、リオは涼しい顔で干し柿を食べながらそう答えた。干し柿かあ、懐かしいな、とは思わない! 3m近い干し柿で、小柄なリオが埋まるようにして食べているのは異様な光景だ。
「難しい言葉を知ってるね、干し柿オバケ」
干し柿が布団に見える。
『差し上げませんわよ。今が旬の“暴れ干し柿”、これっぽっちしか手に入らなかったのですから』
「いらんわ、そんな血糖値が暴れ狂いそうなバケモン。だいたい、どうやって作ってるんだ」
『一苦労なのですよ。まず6年ほど、柿に仕事を与えないでおくのです』
「“干す”ってソッチの意味?」
いやいや、トチ狂った死後陰府の文化なんかどーでもいい。舌戦をやめて、真剣に会話の内容を検討する。
「運不運が偏る? 例えば、おみくじを引いたら大吉か大凶しか出ないような?」
リオは驚きの吸引力で干し柿を一飲みにする。ヘビみたいだ。自分の体積以上のものを食べてお腹が膨れないのは、ブラックホールにでも繋がってるのか?
『そうです。宝くじを買えば3億円当たるか、3億円の借金を背負うかのどちらかですわね』
「宝くじで借金ってなんなんだ」
ともあれ、そーいう体質らしい。大事な時、重大な時に限って結果が偏ることが経験上多かった。
リオがわざわざ僕を送り込んだ理由がようやく分かった。姉さんは特異点のせいで、天性の巻き込まれ体質なのだ。
魔獣を拘束していた首輪が、突然弾けた。
バージェストも僕たちも、事態が飲み込めず一瞬固まる。一拍置いてから、
「ヴァルルル!」
「きゃああ!」
「わあああ!」
雄叫びと悲鳴が同時に起こった。ま、そりゃあこーなる。
「な、なんだ、なにが起こった?」
対抗できそうなダレス導師が状況把握ができてないところへ、魔獣が鉤爪を一振り。一番近いところへいたからね。吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。
うわあ、痛そうだ。死んでないにしても、複数骨折で入院コースだろうな。
魔獣が大きく鉤爪を振り上げる。次の獲物はもちろん、次に手近にいた僕たち、というか姉さんになる。
「ショウくん、危ない!」
フォウ姉さんがしがみついてくる。守ってくれようとしてるんだろうけど、ベアハッグされてるようにしか思えない。痛い痛い!
姉さんは僕の魔鏡のことを知ってるけど、お姉さん意識か、まずは僕を気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。あ、ミーちゃん、もうちょっとこっちに寄ってて」
ベアハッグを極められたまま、ミーちゃんに声をかける。ミーちゃんを引き寄せた直後に、腕は振り下ろされた。
「“アイギスの鏡盾”」
爪は僕たちまで届かなかった。見えない壁に遮られて、ギギギ、と甲高い音だけが響く。
リオから借り受けた“魔鏡”の1つ、“アイギスの鏡盾”だ。他人には見えない透明な強化ガラスのようなモノを生み出すことができる。ミサイルの直撃も防げるだろう。この世界には存在しないけど。ミサイルほどじゃない魔獣の爪は、もちろん問題にならない。
バージェストに警戒の色が浮かぶよりも早く。
「――ごめんな」
手を振り下ろす。魔鏡を魔獣の上に作り出し、落下させた。バージェストを押しつぶす。カロアンズたちのときのように手加減せず、全力で。血を大量に吐きだすが、止めない。
魔獣は血まみれの敷物のように平べったくなり、動かなくなった。
アイギスの鏡盾は何もない場所にしか作成できないが、設置後ある程度動かしてやることができる。動きが鈍い標的なら、地面とサンドイッチしてしてやれば強力なプレス機だ。
いい感じにパニックだったし、僕がやったって証拠もないから、コネ入学生は疑われないだろ、たぶん。
「さて、ダレス導師を運ばないとな」
「おう、オレがひとっ走り行ってきてやるヨ」
友人のモヒカン頭、ヴァイが名乗り出て駆けていった。さっきも生徒たちの盾になろうと飛び出してたし、外見に反していいヤツだ。
そこで失禁してる騎士団長の息子も見習え、と言うのは酷かな。
何気なく、落ちてた首輪に目をやる。重かったなあ、アレ。とか思ってたら、首輪の一部に亀裂が入ってた。どうやら、あのヒビのせいで効力を失ってたらしい。でも、あの亀裂どこで……。
あ、あのときか! 僕がカロアンズとのケンカで盾にしたからか! カロアンズのへなへなパンチを拳を受けた拍子に壊れたのか。
うん、今回の原因を作ったのは僕だな。特異点とか関係なかった。
姉さん、ダレス導師、ごめんなさい。
多くの生徒から恨みを買ったダレス導師が担架で運ばれてゆくのを見守る。全治1か月ってところかな?
午前中の授業は終わり。あとは楽しい昼休憩だ。
魔法って、どう考えても他の分野の素養もいりますよね(/・ω・)/
黒魔術関連の書では、10人学んだら7人が死んで、2人が発狂するのだとか(汗)
実技も多そうです(しかも危険)