「点数稼ぎかよ裏口入学野郎ォ」
講義は必修と専攻によって分けられる。必修は全員合同で講義を受けるけど、専攻は選択した分野について専門的な技術を学ぶ。この辺りのカリキュラムはなんだか大学みたいだ。
アカデメイアにとって魔法は「学問」の体系に分類されて、決して不思議なモノでも理解不能なモノでもない、「職能」という認識だ。もっとも、魔法に携わらない一般のニンゲンにとっては「怪しげなモノ」なんだけどな。
フォウ姉さんはアカデメイアに熱望されて攻性魔法を専攻。僕は希望者の少なかった汎用魔法の専攻に回された。
攻性魔法は攻撃系の魔法に特化するタイプ。火の玉や電撃を飛ばしたりするゲームとかでもよく見るヤツ。花形で派手だから、人気がある。
汎用魔法は便利系。ゲームとかだと「その他」って分類されそうなヤツかな。「光源」とか「開錠」とか、面白いとこだと「軟体」なんてタコみたいになるのもある。派手さはないからアカデメイアでは断トツで不人気な専攻。
ホントは姉さんと同じ攻性魔法を選びたかったんだけど、攻性魔法は人気があって満員御礼だったし、魔力の多寡がモロに威力に影響する分野なので、魔力落第点な僕は「素人はんはご遠慮くださいな」と京都の老舗のごとく門前払いされてしまったのだ。
でも、汎用魔法はいろいろ悪用、もとい応用が利きそうなので、これはこれでいいかと思ってる。
ま、姉さんのオマケで入った僕は、魔法関係で身を立てていく予定がないので、何を志望しても将来に影響ないんだけどね。
僕がなぜアカデメイアで呑気に講義を聴いてるのか、と言えば、理由はやっぱり姉さんにある。
今年の春に、フォウ姉さんにとんでもない魔力の天稟があることが判明したのだ。で、ぜひ特待生として招待したい、ときたもんだ。
でも肝心の姉さんが首を縦に振らなかったんだよな、コレが。まあ、ムリもない。3年は通わないといけないし自由になる時間が極端に減るし、「魔法」なんて市民にはよくワカラナイ勉強してるとこだし。
いろんなすったもんだがあった末、姉さんは「ショウくんと一緒なら行く!」と妥協案を言い出した。
というワケで、今度は僕が伯父さんとアカデメイアに揃って頭を下げられることになったんだけど、この提案は渡りに船だった。
姉さんがアカデメイアに入ってしまうと、守ることは難しくなる。しかも僕の魔力は試験落第の凡人並みだから、正規に入学するのも不可能に近い。
さて、毎日ゴーレムナイツの目を盗んで決死の不法侵入をしようか、誰か導師の弱みでも握って清掃係にでもねじ込んでもらおうか、と非道な手段を本気で検討しかけてたからなー。
つまり、モロにコネ入学です、はい。
最初の講義が終わり、次は中庭へ。今回は各専攻合同で行われるので、姉さんと移動する。
と、目の前を女の子が、首輪を抱えてよたよた前を歩いている。ずいぶんでっかくて重そうな首輪だ。少なくとも犬や猫用じゃないな。
「代わるよ。どこに持っていけばいい?」
横から首輪を取り上げる。うん、けっこう重い。女の子に運ばせるのは酷だ。
「あ、ありがとうございますの、ショウ様。ダレス導師から指示書を出されてしまって」
「あ、ミーちゃんだ」
女の子はちょっと驚いた風だったが、すぐに深々と頭を下げた。よく見れば姉さんとよく一緒にいる子だった。
差し出した紙には、生徒の名前、日時、導師のサイン、そして「〇限前に、魔法具保管庫から“魔獣制御の首輪”を中庭に運び出すこと」
という命令が書かれている。
アカデメイアのヘンな習慣、指示書だ。
指示書は、導師が生徒に出す“強制”だ。「〇〇すること」「△を集めてくること」のような、まあ指令が入ってるんだけど。親の葬式とかぶるようなことでもない限りは、原則従わなければならない。
従わなかった場合、大なり小なりのペナルティが発生する。補習とか説諭とか停学とか。要は、罰則付きの個人宛て命令だ。
問題は。このコミション、導師が各自の判断で自由に発行していいってコトなんだな。だから、在籍25年で一度も発行したことのないおばあちゃん導師もいれば、ダレス導師のよーに1日に4度も5度も乱発する野郎もいたり。
別に、こんなもので脅さなくってもたいていの場合学生は従う。この子にしたって、罰則をチラつかせる必要は全然ない。
じゃあなんでアホみたいに乱れ打ちするヤツがいるかってゆーと、「俺には権力があるんだぞアピール」がしたいだけなんだろう。
導師の発想が俗っぽいと、「俗世との隔絶」はまだまだ通そうだ。
「首輪を運んでさえおけば、誰がやっても導師は文句言わないよ。中庭だね?」
あの導師が、そこまで見てるとは思えないし。たぶん、誰に指示書出したかも思えてないだろ。
「では、お言葉に甘えますの、ショウ様」
わざわざ「様」付けで呼ばなくても。確かこの子は伯爵のご令嬢で、彼女の方がよほど高貴な血筋のはずだ。
「むー。わたしも手伝うよー」
なんだかむくれた様子のフォウ姉さんが、首輪を持とうとする。
「ダメダメ、危ないよ」
姉さんは発育こそ大変よろしいけど、運動神経とか筋力とかはこれっぽっちも装備していない。足とか腕の中には、筋肉とか骨とかじゃなくて綿菓子が詰まってるんじゃないのかとホンキで疑うレベルだ。
昔アナログゲームで、トレジャーハンターのクセに数センチの段差で死ぬ虚弱体質の主人公がいたけど、それの転生体かもしれない。
申し訳ないけど任せても心配事が増えるだけなので、姉さんには先に行ってもらうことにしよう。
首輪を抱えて1人で移動してる最中に、イヤぁなヤツに出会ってしまった。
「よーよー、点数稼ぎかよ裏口入学野郎ォ」
正面から3人組の男が、肩を怒らせてずかずか近づいてくる。昭和のヤンキーか。
発言したのは先頭の男。サビたような茶髪で、右側の前髪だけ妙に長い。
余談だが、僕はコイツみたいに、善意でやってることを悪意に曲解するバカが大嫌いだったりする。コレに関する前世での悪い思い出は3ダースはあるもんな。
「カロアンズ、何か用かい? あいにく手が塞がっててね。髪が邪魔なら蟹にでも頼んで切ってもらってくれ」
いつものことながら、ものすごく前が見えにくそうだ。
「こ、コレは貴族の間で流行してる髪型だ! 馬の骨にはそんなことも分からないのか!」
顔を真っ赤にして怒る。仲の悪い貴族に騙されたんじゃないだろうか。僕には罰ゲームのようにしか見えない。
それにキツネ顔の男よりは、馬の骨の方が上等に思えるぞ。
「こら、カロアンズ“さん”だろうが!」
「インチキ野郎が!」
なんで「さん」付けで呼ばにゃならんのか。2,3歳年上みたいだが、同学年に敬語を使わなければいけない規則はない。……しみじみ思うけど、こんなだから世渡り下手だったんだよな、前世の僕。
「こないだの実地研修トップだったからって、チョーシ乗ってんじゃねえぞ?」
「トップを取ったのは姉さんであって、僕じゃないぞ」
まあ、「調子に乗ってる」というのは、言う側が調子に乗ってる側な気がする。調子に乗ってる姉さんとか、想像もつかないもんな。
「商人上がりのクセしやがって、ふざけんじゃねえぞ!」
「カロアンズさんは騎士団長の御曹司だぞ!」
取り巻きが吠えている。叫んでる後ろの2人は、いつも名乗らないから名前も知らない。キツネの威を借るキツネだ。
カロアンズの父親のルーフ騎士団長は豪傑と名高い。でも息子はただの「七光り男」だから、僕は子育ては失敗したんかな、としか思わないワケだが。
今年はフォウ姉さんが特待生としてアカデメイアに入ったんだけど、そのせいでワリを食った人間がいる。少なくともカロアンズは姉さんのせいで特待生枠を外されたと思いこんでて、ずいぶん恨んでるようだった。
と考えれば、姉さんが直接絡まれなくて良かった、と考えるべきだな。僕が食い止めることができるのならそれが一番良い。
「さっさと出て行けよ、不正野郎!」
これでも座学は優等生のつもりだけど、実技となると途端にボロが出る。魔力の低さは隠せないからな。僕の魔力は一般人並み。アカデメイア学生の平均魔力数値から換算すると、5分の1ぐらいしかないらしい。
コレで「実力で通りました」って押し通すには無理がありすぎるわな。
ま、そうでなくても僕が姉さんのオマケでアカデメイアに通ってるのは周知の事実だ。僕が言いふらしてるワケじゃないけど、言いふらしてるヤツはいる。
学校も、会社も、どんな組織も一枚岩でないのは、異世界でも変わらないらしい。姉さんの特待生枠や、僕のオマケ入学に反対したアカデメイア関係者たちは当然いたワケで。そいつらがことあるごとに「悪しき先例になる」って広めてるらしいんだよな。悪しき先例になるかどーかなんて、僕や姉さんは無関係で、アカデメイアの裁量だろうに。
広まったウワサはこういったヤツらには格好の攻撃材料になる。カロアンズ一味以外に目の仇にされてないのは、幸運と言えば幸運なんだろう。
「なに遠い目をしてるんだ!」
あ、無視してるのがバレた。取り巻き1号が、僕の肩を突き飛ばそうとする。ハエが止まりそうな動きだったので、簡単にかわした。
そこへカロアンズが殴りかかってきた。腰の据わってないひょろひょろのパンチだったけど、取り巻きパンチをよけた直後だったので、とっさに持っていた首輪を盾にしてしまった。
「いいっ! 痛え!」
へろへろパンチでなかったら、かえって骨折してたな。
「ひぃっ、ひぃっ」
なんか、和式トイレでふんばってるような珍妙なポーズでうなっている。騎士団長の息子のクセに、根性も運動も足りてないな。
「だい、大丈夫ですかカロアンズさん!」
「い、いいからそいつを逃がすなっ!」
「は、はいっ!」
取り巻き2人が邪魔をしようとする。1号がタックルを仕掛けてきた。
隠してる場合じゃないか。今後は姉さんが絡まれる危険があるし、あんまり時間を食うと首輪を持っていくのが遅れて、あの子に迷惑がかかる。
僕は小さくつぶやいた。
「“アイギスの鏡盾”」
足にとりつこうとしていた男が、鼻血を噴いてもんどりうった。顔から壁に突っ込んだようなもんだからな。
続けて組み付こうとした方は、何が起こったか分からずに立ち尽くしている。分かんないだろうな。見えない壁を作ったんだから。それでも両手を広げて通り抜けるのを邪魔しようとするので、
「邪魔」
と言ってハエでも追っ払うような仕草をしてやった。
べたん、と3人とも地面に這いつくばる。かなり手加減してやってるけど、これで動けないだろ。
「重石をしといた方が、適度にアク抜きできていいんじゃないか?」
3人はちょっとした恐慌状態で、平べったくなっていた。
「こ、この馬の骨野郎、覚えとけよ! アカデメイアから追い出してやるからな!」
捨てゼリフだけは忘れないのな。まあ、何をされたか分からなくても、誰がやったかは見当つくか。
「僕を追い出す前に、ソコから這い出てくれば? 姉さんに迷惑かけるようなら、今度はスルメにするぞ」
ここまで言ってやると、さすがに顔を青くした。これでさすがに懲りただろう、と押さえつけていた“鏡”を解除する。
このとき僕は、ノンキなことにこれで釘を刺したと思い込んでいた。コイツらの卑怯さを甘く見ていたんだな、コレが。
2章以降は、なろうに上げるかどうか未定です。






