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「白い下着にしたんだけど、良かった?」

「今日は家出るのがちょっと遅かったな、遅刻しそうだ」


「私がショウくんに抱き着くのが、いつもより3分45秒遅かったからかなー」


 フシギなことに、フォウ姉さんはなんの根拠もなしに精確な時間が分かるらしい。魔力が優れているとそうなるのだとか。どんな体内時計をしているんだ?


「どんな色にしようか迷っちゃって。白い下着にしたんだけど、良かった?」


 大変よろしいけど、僕に言われても困る。あと、道端で言うのはやめてほしい。すれ違う人たちの目が激烈に怖いことになってるから。


 でも、このまま走っても遅刻かな、これは。数分遅れるだけで、生徒たちの通学ラッシュに巻き込まれるのが厄介だ。

 とにかくアカデメイアの立地条件が訴訟レベルに悪すぎる。道が狭すぎる上に、かなり急な坂が果てしなく続く、通称「男坂」だ。名付けたのは僕だけど。


 僕が姉さんと手を繋いでいるのは、子どもの時からの習慣と、


「串焼きの屋台が出てる! あそこのお店は、香辛料きつめでおいしいんだよねー」


こういったときの引き留め役だからだ。引き留め役兼アカデメイアへのけん引役。

 さっそく屋台に引っ掛かりかけている。伯父(おじ)さんの経営するフローレンス商会の売り出した香辛料は、着実に市井に浸透してるようだ。現代人の味覚を引きずってる僕としては、喜ばしい限り。


「暑気払いにいいな。帰りに買おうか」


「わーい、約束! おばちゃん、帰りに寄るね!」


 よし、買い食い阻止に成功。これも従弟(いとこ)の務め、いや、そうか?


「はいよ、待ってるからね。おふたりさん、いつも仲いいねぇ」


「でしょー?」


 屋台のおばちゃんに、姉さんはがうれしそうに応えている。いつも手を繋いでるんだから、ハタから見てればそうかもな。


 目的地は一向に近づかない。

 町の西に立っている、全長200mを超す超巨大亀。その甲羅の上に、にょきにょき生えてる建物群が魔法使い(マジック)ギルド所有の魔法学舎(アカデメイア)だ。カメは命を吹き込んだ石像(スタチュー)で、ときどきゆっくりと動く。上にいると地味に酔ったりする。


 なぜあんな高所恐怖症にとって地獄のような立地条件なのかというと。魔法が広く受け入れられるずっと前、魔法使いへの偏見と風当たりが強かった時代。アカデメイアを創設しようとしたときに、住民がこぞって反対したから、らしい。


 で、キレた魔法使いたちが、「コレなら土地じゃないからいいだろうが!」と巨大ガメの石像を作り、その上に学舎を建てたという話。大人げないにもほどがある。


 生まれて15年間、そんな「若気の至りの物的証拠」みたいなカメを見上げて育ったけど、まさか自分が通うことになるとは。




「ねね、ショウくん。遅刻しそうだから“道屋”さんを使おう?」


 運動音痴な姉さんが、そうそうにあきらめて“道屋”と看板がかかっている店を指さす。

 いつもなら混まない時間を選んで、しかも休憩をしながら登る男坂だからな。ムリさせるのは禁物だ。


「そうだね。今日は仕方ないか」


 手を引いて道屋に入った。道“屋”という名前だけど、店内に売り物はない。売ってるのはモノじゃなくて距離だ。


「いらっしゃい。おや、2人とも」


 シワだらけの、腰の曲がったハーウェイ老人が出迎えてくれた。僕が物心つく前からずっと老人だった気がする。


「アカデメイアのおかげで、商売繁盛しちょるよ」


 いつもの口癖だった。僕たちみたいな学生がよく利用するからな。


「アカデメイアまで、“道”お願いします」


 既定の料金を払う。手ごろな価格なのが大助かりだ。


「おいよ、ギルド門の前までな」


 今までにも、何度も道屋を利用してるから心得たものだ。道屋は、「私有地に“道”を通さないこと」とギルドから厳しく言われているから、事前に必ず確認を取る。


「んー、今日はどこがいいかのう」


 ハーウェイさんは釣りザオを手に、うろうろ店内を歩き回る。ちょっと楽しそうだ。


「ハーおじいちゃん、はやくはやくー」


「姉さん、“道”探しの邪魔になるよ」

 

 ハーウェイさんは、“道”を釣る名人だが、万一失敗したら僕たちが石の中に転移することになるんだから。


「雨が少なかったせいで、最近の“道”はご機嫌が悪くてな。おっと、ここがいい」


 机の引き出しを開けて、釣り糸を垂らす。針と糸は引き出しの底にどこまでも沈み込んでゆく。くいっくいっとサオを何度か引いた後、一気に引っ張った。

 すると、引き出しの底が鈍く輝き始めた。


「そーら捕まえた! 急げ急げ!」


 ()かされて、迷いなく引き出しに足を入れた。引き出しに足が沈んでゆく。水面に足を入れたような感触だ。


「んっ」


 両手を広げる姉さんを抱きかかえた。


「行ってきます」


「おいよ、行ってらっしゃい」


 老人に笑顔でうなずいて見せて、引き出しの“底”に飛び降りた。

 高いところから落下するような浮遊感に襲われる。目をつむったフォウ姉さんがしがみついてきた。姉さんはこの浮遊感が大の苦手なのだ。本当は僕だって得意じゃないんだけどな。


 一瞬の立ちくらみの後、僕たちは無人の小屋にいた。


「はー、着いた着いた」


 “道屋”の看板のある小屋を出ると、カメの首の部分。アカデメイアは目と鼻の先。いつもながら便利だ。



 道屋は、地中に()んでいる“道”を見つけることができる人たちのことで、“道”を釣り上げて、望みの地点に移動させることができる。ハーウェイさんに言わせれば、“道”は生き物らしい。 



 向こうで何やら騒ぎが起きている。


「おおーい! 誰か導師(メイガス)を呼んできてくれ! ここで壁に埋まってる生徒がいるぞ!」


 あー……安いからって、モグリの道屋を使ったな。“道屋”が未熟だと、壁の中に飛ばされたり、地中に放り出されて圧死したりで割と命懸けだ。


「カッコいいよねー。私も今度“道釣り”やってみたいなー」


 釣りのポーズをする我が従姉(いとこ)。……大惨事を引き起こしたくないから、絶対に止めることにしよう。




 アカデメイアの仰々(ぎょうぎょう)しい大理石の門は、「俗世との隔絶」をアピールしてるとか。確かにタダの学校とは違うけど、言うほど高尚でもない。

 門の前には衛士(ガード)が立っていて、身分証を提示しなければ入れない。基本的に部外者は立ち入り禁止だ。


 衛士(ガード)は5mはあろうかという、大きな人型ゴーレム。いつ見てもすごい迫力だ。ただし全自動というわけではなく、胴部に人が入って動かす有人式。

 アカデメイアの発明したゴーレムアーマーと呼ばれる物騒な人型魔法兵器だ。男の子である僕としては、一度でいいからコックピットに入って「ゴーレムアーマー、起動!」とか言ってみたい。

 パイロット……ゴーレムナイツは「密閉状態で、しかも部品が熱を持つから地獄のように暑い」とか言ってたけど。この季節だと、肩部の鉄板で目玉焼きができそうだ。


 不心得者(ふこころえもの)が強盗とかを企んだとしても、戦争に実践投入もされるコレを相手に押し入るには、かなり根性がいるだろうな。僕なら一個中隊(200人)ついていてもやりたくない。


「やっほー、ロゼさん。フォウ=フローレンスでーす」


「オマケのショウです」


 僕たちが隊長機の赤いゴーレムアーマーに呼びかけると、胴部装甲が開いた。操縦席のロゼさんが顔を出す。暑いはずの操縦席から出て汗一つかいてない。


「おはよう。遅刻寸前だぞ、もっと余裕を持ちなさい」


 ロゼ導師はきりりとした顔立ちの美人だが、なにごとにも厳しい。20代前半の若さで導師(メイガス)に任命されたっていうんだから、まーとんでもない秀才だ。

 新設の魔法兵科の導師兼警備隊長という多忙な人でもある。


「はーい、以後気をつけます」


 これ以上足を止めている余裕はないので、そそくさと通り過ぎる。


 マジックギルドとアカデメイアは、まったく同じ造りの建物が向かい合って建っている。この別名「双子の塔」は珍名所ではあるけれど、初めて来た人から「まぎらわしい造りにするな!」と大変に評判が悪い。ロマンが先走りして、実用性を置いてけぼりにしたような感覚だ。


 旅行で一泊するのは楽しくていいけど、ずっと住むのは不便でイヤ、みたいな。……前世のろくでもない感覚を引きずってるな、僕は。

 僕たちはもちろん、迷うことなく学舎の方に入った。


「ショウくん、最初の講義どこだっけ?」


 フォウ姉さん、行先も知らずに走ってたのか。


「魔法棟の大講堂だよ。そのあとは専攻ごとに分かれる」


 僕たちと似たような、遅刻境界線上の生徒たちが大移動してる。いつも朝はこんな風で、見るたびにスクランブル交差点を連想する。人酔いしそうな光景だ。





 大講堂で席に着くとすぐに導師(メイガス)が入ってきた。どうにかセーフ。



「さあさあ、昨日の続きからいきますよ。魔力という概念が私たちの知るところとなったのは、今から約250年前のことです。以後様々な系統の魔法が生み出されたのですが……」


 さっそく講義が始まる。魔法史を担当してくれる導師(メイガス)は、高齢のおばあちゃんだ。優しい口調と丁寧な講義で生徒の人気が高い。



 アカデメイアの授業は、魔法使い(マジック)ギルド所属の魔法使い(マジックユーザー)が行うことになっている。魔法と一口に言ってもさまざまな専門があるので、その道に秀でた人たちが教師役(導師)に選ばれるらしい。


 まあ、導師(メイガス)が全員、人格的にも「秀でた人」かと訊かれれば首をひねりたくなるけど。秀才が良き教師とは限らない、と。これは前世でも一緒だったか。



「……この技術は、冶金(やきん)などにも活用されておりますので、そちらに進む方は必須ですよ。下の表は次までに必ず覚えておくように」


 講義で出された重要な言葉や宿題をペンで紙にメモしておく。アカデメイアで、というか、この世界で用いられるペンは、文字通り“羽根(ペン)”だ。猛禽類の羽根をナナメに切って使う。羽根は中が空洞だから、インクを浸して書く。

 でも、そのペン先はかなり鋭いので、シャーペンやボールペン感覚で書いたら紙を破ってしまったことが何度もある。前世の経験、微妙に役に立ってないぞ。

ショウには下の名がありません。かなり後で詳しく書いてますが、「貴族か、一定の成功を収めた家系」しか名乗ることは認められていません。馬の骨です(/・ω・)/


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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは、初めまして。 題材が面白く、また、丁寧な文章と濃ゆい(褒めてます)キャラクターに惹かれました。 ショウくんとリオちゃんいいですね。来世ブラック(笑) プロローグで気になったので…
2019/11/19 21:16 退会済み
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