『ショウ先生の次回作(スリッパ)にご期待ください』
説明(茶番)メインの回です(/・ω・)/
「ショウくん、朝ですよー!」
僕が目覚めるのと同時にドアが開いて、フォウ姉さんが突撃してきた。助走をつけてベッドにダイブする。
「まだ起きないなら、おはようのぎゅーっ」
僕に思いっきり抱き着く。いっしょのベッドで寝ることがなくなってからの不思議な日課だ。今日はベッドに潜り込んでこない分まともだな。
「はいはい、おはよう、フォウ姉さん」
そっと姉さんを離す。姉さんは、ごろんと転がって仰向けになった。相変わらず装飾過剰な服が好きだな。可愛らしいフォウ姉さんに似合っているけど。
「7時間12分ぶりだね!」
うん、なぜそこまで細かいのか。あと、思春期まっただ中の僕には、あちこち発育の良い姉さんの身体は目に毒だったり薬だったり。
フォウ姉さんは僕の1歳年上の16歳。我が家の隣に引っ越してきてから、かれこれ13年ぐらいの付き合いになる。母親が姉妹なので、正確には従姉なんだけど、「姉さん」が定着してしまった。
「じゃあ着替えるから、リビングで待ってて」
上着を脱ぎながら、寝ぐせもチェック。
「お着換え、手伝おうか?」
これも毎朝日課みたいに言われる。世話を焼きたいお年頃なんだろうか。着替えを手伝ってもらう僕は、客観的に見てかなりみっともないぞ。
「はいはい、一人でできるから」
「はーい」
姉さんを部屋から追い出した。そうしないと着替えるときにも居座ることが多いんだよな。別に見られて困るわけじゃないんだけど、朝には姉さんに秘密の会合があるから。
洗面台で顔を洗う。頭を上げてみれば、鏡には僕ではなく、紅い髪の少女が映っていた。
「おはよう、腹黒レッド」
転生してもう15年、若干名前が変わったことも、この不意打ちにももう慣れっこになってしまった。
『黒か赤かどちらかにしてくださいな。ともあれ、おはようございます、来世ブラック』
お互いひどいコードネームだ。黒かぶってるし。彼女は時々、こーして鏡を中継して巡回に来る。顔を洗ってるときとかはともかく、風呂場とかトイレでは気まずいからカンベンしてほしい。
いやはや、こっちの世界に「生まれなおした」のはいーんだけど、まさか前世の記憶が残ったままだとは思わなかった。つまり、性格や知識も持ち越しということで。
便利なことも多いけど、前の感覚や考え方が足を引っ張ることも多くて、なんだかずっと同じ服を着てるような気分だ。
そのことを2歳の時に熱烈に抗議したら、
『あら、その記憶をなくすために生まれなおしているのでしょう?』
としれっと言われてグーの音も出なかった。
『わたくしの妹をよろしくお願いいたしますね』
リオに言われるお決まりの言葉だ。
僕は、「フォウ姉さんを守る」ことを交換条件に、この世界に人間として生まれ変わらせてもらっている。
いつもは「はいはい」って軽く流すんだけど、ちょっとばかり意地悪を言ってみたくなった。
「今まで訊いたことなかったけどさ、もしフォウ姉さんを守れなかったら、僕はどうなるんだい?」
もちろんフォウ姉さんは好きだし、守るつもりでいるんだけど。
『ショウ先生の次回作にご期待ください』
リオにいつもの笑顔で即答されてしまった。
「ぼ、僕の冒険はまだ始まったばかりですよ?」
打ち切り臭のする言い訳だ。やっぱり、ペナルティはビタ一文手加減してくれるつもりはないらしい。
『そうですわね、具体的なペナルティを決めておりませんでした。では失敗した折には、お風呂のフタとトイレのスリッパの転生を50回ほど繰り返すことにいたしましょう』
「49回ほど余分じゃないですか?」
『元ニホンジンらしく縁起を担いで、“死ぬまで苦しめ”ということで』
フタやスリッパに“死ぬまで”って。
「縁起じゃなくて呪いだよね、それ」
そもそも力関係が違いすぎる。僕が逆らっても、竹やりで魔王に挑むようなもんだよな。
と、言うワケで。僕はフタとスリッパの無間地獄を避けるためにも頑張っているのデス。
リビングに行くと、姉さんが朝食の準備をしてくれていた。手際はかなりいい。基本不器用なはずなんだけど、料理に関しては動線にムダがまったくない。
ブンセ伯父さんは、「毎朝我が家に食べに来ればいいじゃないか」と言ってくれてるけども、伯父さんの商会は毎朝開店準備で戦場のような忙しさだ。押し掛けるのは気が引けるので、朝食だけは家で作るようにしていた。
「どう? この野菜スープ、新作よ」
緑の野菜に岩塩に、バターっぽい牛酪で、優しい味わいだ。
「これもおいしいよ。栄養もありそうだ」
「キャッ♪ やったぁ」
姉さんはパン、と手を合わせて喜んでいる。ばっちり僕の味の好みに合わせてくれている。
「小さいころ、ショウくん食が細くて心配したんだから」
そうそう。この世界の料理、最初は全然食べられなかったんだよなあ。とにかく食文化が違いすぎた。食材ではなく、味付けの方向で。この世界の料理、肉も野菜もスープも塩味しかついてないんだもんな。
姉さんの料理好きは、そうした僕のために始まったことなので、本当に感謝してもしきれない。
「ショウくん、今日の青い服もステキだよ」
「ありがと」
僕の服の大半は姉さんか伯母さんが選んでくれたものだ。個人的には清潔で、汚く見えないならこだわりはない。前世から、「オシャレ」なんて異界の言葉にしか聞こえなかったもんな。
「私が61日前にプレゼントした服だね!」
……ホントによく覚えてるなぁ。リオからの要請があるから、昔からいつも一緒にいるんだけど、なんだか最近雰囲気が変わってきた気がする。シシュンキってヤツだろーか?
「ねね、魔法学舎にはもう慣れた?」
姉さん、ほっぺたにイチジクのジャムがついてるよ。
「うーん、まだ何とも。常識離れしたトコだからね」
ジャムを拭いてあげながら答える。姉さんは逆らいもせず、くすぐったそうにしている。お姉さんなんだけど、基本は甘えん坊だのだ。
これで、リオと同系の魂を持つ「メガセリオンの後継」なんだよな。
あれはもう、13年前のことになるか。
『転生の条件として、フォウを守ってほしいのです』
僕が2歳の時に、鏡から現れたリオは告げた。でっかいゴマせんべいをかじりながら言われても、緊迫感が全然なかったけどな。
たしか、フォウ姉さんの一家が隣に引っ越してきたばっかりの時だ。
「なんでリオがあの子にこだわるの?」
初対面では、「ちょっとほやほやしたおっとりさん」ぐらいの印象だった。あとは、美人の伯母さんに似てて、将来間違いなく美人になる顔立ちだったな。
『彼女は“メガセリオン”になる可能性があるのです』
どーやら、メガセリオンというのは個体名ではなくて種族名?みたいなものらしい。
「え? 人間がメガセリオンってヤツになるの?」
『その通りですわ。わたくしの姿を見たら、基礎がどの種族か分かるでしょうに。身体に棘と生やしてはおりませし、肌が青いわけでもなし。炎も吐きませんわよ?』
毒は吐くけどな。肌は白いけど腹は黒いし。身体じゃなくて言葉にトゲが生えてる。
しっかし、
【おや? フォウ のようすが……? なんと、フォウ は メガセリオンに しんか した!】
みたいにある日突然進化でもするのか?
「リオの一族、かあ。てっきりコバエみたいに自然発生するのかと思ってた」
直後に失言を悟ったけど、もちろん後の血祭り。バリッとごませんべいを咀嚼しながら、提案された。
『いっそのこと、今すぐ死んでフォウのスリッパに生まれなおしますか? 守りやすそうですわよ?』
「足から上はどうやって守るんだ?」
番茶を飲みながら言われたけど、あの眼はホンキだったな、うん。
『陰府のスリッパはたくましいですわよ。他人に踏みつけにされるのが大嫌いですから、突然体重を500tぐらいまで増やして持ち主の足を折ろうとしたり、ネットで持ち主の悪口を書いたり、嫌がらせに余念がありません』
……1000歩譲ってスリッパ人生を歩むことになっても、絶対に陰府のスリッパにはなりたくないもんだ。
しかし風呂場やらスリッパやら、なんで僕の転生先は湿気やカビと仲が良さそうなのばっかりなんだ。
「踏まれるばっかりの人生はカンベン。なにぶん2歳の子どもの言ったコトですので」
2歳の子どもが言うセリフじゃなかったな。
『子どもよりも子持ちに近いでしょうに。前世を合わせると三十路でしょう。結婚して小学生になる子どもがいて、郊外に小さいながらもマイホームを30年ローンで買っている歳ですわよ』
いつもながら妙に具体的だ。まあ、結婚も子どももマイホームも前世じゃ縁がなかったけどな!
こーして鏡越しに脅迫とか助言とか威圧とか『来世スリッパですよ』的恫喝とかするけど、リオは原則この世界に干渉できないらしい。だからって僕の来世に好き放題干渉するのはどーなんだと言いたくもなるけど。
リオが直接この世界に乗り込まず、僕を送り込んだ理由がこれだ。
「つまり、僕は選ばれた転生者?」
『単なる密入国者ですわね。来世の権利はわたくしが預かっておりますし』
相変わらず夢のない添削だなあ。
とまあ、前世やら来世やらで雁字搦めになってるとはいえ、結構快適で楽しい転生生活だったりする。
食器を洗って、2人で家を出た。
さあ、今日もニセ学生を頑張るとしますか。
メガセリオンはあまり有名でない言い方ですが、旧約聖書に登場します。別の一般的な呼ばれ方の方は恐ろしくメジャーですが、しばらくは秘密で。
「〇〇先生の次回作にご期待ください』というフレーズは、週刊少年ジ〇ンプの打ち切りマンガでよく使われていた定型句です(/・ω・)/