「おいおい、アイツ、自殺志願者かヨ?」
主人公、フォウの行方がつかめないので結構マジです(/・ω・)/
なんと、そこにミーちゃんが立ちはだかった。
「どけぇ!」
取り巻き1号は拳を振り上げて殴りかかった。僕にも悪質タックルしようとしてたし、けんかっ早いな、コイツ。いやいや、ノンキに分析してる場合じゃない。ミーちゃんが危ない。
「おいおい、アイツ、自殺志願者かヨ?」
なにやらヴァイがため息をついてる。
ミーちゃんは、繰り出されたパンチを難なくかわして、男の脇の下から細い腕を絡めた。そのまま手首を極めて、腕をねじってヒジを絞り上げる。
大晦日の格闘特番でお目にかかれそうな、実に無駄のない洗練された動作だった。
あれは関節技の、チキンウィングアームロック! に、似た技だ。前世にテレビで見ただけだから、ホントはよく分からない。
「ストロングホールド流戦場関節技、“雨覆絡み”ですの」
なんだかカッコよく技名を告げるミーちゃん。ナニそれっ?
「い、痛えええ!」
1号絶叫。腕以外痛めつけないから、相手を無力化するのに有効な技っぽい。いやいや、なんでミーちゃんが?
「ふふ、我がストロングホールド家は、かつて戦場格闘術にて屍を築き上げることで爵位を賜った野蛮な家系ですの。私は端くれではありますけれど、代々の家長に受け継がれる“無慈悲伯”の名に賭けて、暴漢如きに後れをとってはおれませんの」
ミーティア=ストロングホールド。姓と名のギャップがすごいな!
未熟者、と言いながらも動きは達人のそれに見える。そんな血なまぐさい家系だったんか。伯爵って地位とミーちゃんの物腰の柔らかさから、てっきり深窓の令嬢かと。
この子も、強いからキャンキャン吠える必要がないだけか。
貴族ってベンツでコンビニに乗りつけたり、ブラント物を「ここからここまでいただくわ」とか言って毎日舞踏会っていう、テレビに毒されたアホ丸出しのイメージしかなかった。
「……ハチに襲われたとき、僕がバタバタしないでも楽勝だったんだな」
「いえ、あの時は助かりましたの。ハチに関節技は極められないので」
え、それが問題? 関節技が効く相手かどうかだけで勝敗が決まるんか?
極端過ぎる気がするんだけど。こんどヒマができたら、“魔女の鏡”でこの子の【戦力】を調べてみたい。
「ミーティアを狙うとか、ただの死にたがりだゼ。“ストロングホールドの最終兵器”ってあだ名、知らねー方が悪ィ」
知りませんでした。
……うん、僕は自分が「ちょっと特別な力を借りてる」って思ってたけど、周りにはそれどころじゃない超人がゴロゴロしてるのかもしれない。
この辺りになってくると、さすがに生徒が集まってきていた。事情が分からず遠巻きにしている。正しい判断だろうな。触らぬカロアンズに祟りなし。
導師はまだ誰も気づいてないか。多くの導師が害虫駆除に出払ってるからな。
僕たちは廊下で騒いでいたんだけど、近くの講義室のドアがそーっと開いた。そして、杖を突いてその場から立ち去ろうとする丸い頭が。
……止める理由はない。ないんだけど今の、「こそこそ」って擬音がつきそうな挙動不審さだった。つまり、「逃げよう」って意思を感じた。
「待ってくださいよダレス導師」
僕はアイギスの鏡盾を導師の前に置いた。壁にぶつかってステン、と倒れ込む。
「なな、何をするか劣等生がッ!……いたた」
ダレスは声を荒げたけど、すぐに脇を押さえて悲鳴を上げる。骨折が悪化したかな。こうれなら逃亡の心配はなさそうだ。
「なんでダレス導師が来てるんだ?」
「そうそう、昨日ケガして療養中のはずだろ?」
生徒たちに疑問が広がっている。
「おいダレス! さっさとオレ様を助けろ! さっきの約束を忘れたのか!」
「だ、だまれカロアンズ!」
七光りとハゲ光の言い争いを受けて、僕とヴァイは顔を見合わせた。「さっきの約束」……グルか?
「導師、こんなところでナニやってたんですか?」
尋問開始。一刻も早く姉さんの行方を掴まないと。
「ちょっとした私用だ!」
ごまかす時点でアウトだ。小さな用事のタメに、わざわざ骨折の痛みをこらえてカメの上まで登ってきたって言うのか。
「だから、その“ちょっとした私用”の内容を訊いているんですよ。頭がトマトみたいにつぶれる前に、答えてくれると命が助かるんですけどね」
――きっと今の僕は、とても醜い顔をしているだろうな。
「だーかーらー! 何をしてるダレス! すぐコイツらを退学にしろ! 援助を取り消してやるぞ!」
空気の読めないカロアンズはわめき散らしている。導師が味方にいるんで、勢いづいているんだろう。
こいつらがナニやったかわからないが、共犯だ。今はそれが分かれば充分。
「所持品検査だ。持ち物を調べるぞ」
ダレスのポケットに手を突っ込んだ。
「コッチはオレがやっとくゼ」
カロアンズと取り巻き2匹はヴァイは面倒を見てくれるようだ。ほんとに助かった。手間がずいぶん省ける。
「おっと、これは?」
ダレスの上着から、紙片数枚を掴み出した。見覚えがあるぞ、これ。
「指示書の原紙、ですの?」
関節技を極めたまま紙をのぞき込んだミーちゃんがしげしげと眺めて答えた。彼女が身動きするたびに1号が絶叫してるけど、同情する必要はないか。
どの欄も空白だけど確かに指示書だ。ミーちゃんは昨日指示書見たばっかりだしな。あ、僕もか。
静観してた生徒たちが騒ぎ始める。最初は理由が分からず、僕たちを止めようか迷ってた生徒も、なんとなく不穏な空気を察したみたいだ。
「導師の私が指示書を持っていて何の問題がある!」
なんだかキナ臭くなってきた。たぶんコイツら、ムチャクチャやってるぞ。
「お前ら、処分を覚悟しとけよ!」
「そ、そーだそーだ! 証拠もないんだろうが!」
取り巻きどもが息を吹き返す。「証拠もないんだろうが」は悪事をやらかしたヤツの定型句だぞ。
「……マズいんじゃねーノ?」
ヴァイが耳打ちした。そう、だんまりを決め込まれると困るのはこっちだ。観客同然の生徒たちはともかく、さすがに導師たちに見つかると咎められる。
拘束され、ダレスやカロアンズたちと引き離され、長く手荒い詰問をされるだろう。姉さんの行方はつかめないまま。そして、僕に味方してくれた2人の立場も危うくなる。
まずは姉さんに関する情報、そして問答無用の証拠を見つけなければ。
「この紙、白紙で手元にあったということは、“使われなかった”ということですの」
ミーちゃんが紙束を見て言う。いいぞ、言葉にするっていうのは考えをまとめる最適な方法だ。
どうでもいいけど、関節技をここまでカンペキに極めておいて、普通に思考できるってすごいことではなかろうか。
「つまり、この束を見ていても、何の糸口の掴めない、か。ああ、いや、ひょっとして証拠になるかも」
「白紙だからといって、何も情報がないとはかぎらない」というミステリの鉄則があった。ちょっと古典的なやり口だけど。
アカデメイアで使うペンは、猛禽類の羽根だ。ペン先はかなり鋭い。
僕はカバンから付与魔法の講義で使う黒鉛を出し、白紙の原紙にこすりつけた。すると、くっきりと文字の跡が浮かび上がった。
周りから「おお!」という驚きの声。
良かった、期待通り、原紙重ねたまま書いてたな。ペン先が鋭いから下敷きのつもりだったんだろう。跡がしっかり刻まれてる。
出てきた文面は、と。
【指示書】
【発行者:導師 ダレス】
【対象生徒:攻性魔法科一級生 フォウ=フローレンス】
【指示内容:対象生徒は、昼に実行される第3農園討伐隊に同行し、行動をサポートすること】
【罰則:指示内容に従えない場合は、上記生徒、並びに万能魔法科一級生 ショウ の2名を退校処分とする】
……なんだこのメチャクチャな指示書は。ハチと討伐隊が争ってるあの農園に行けってか。しかも罰則が一発退校処分って。僕もオマケについてるけど。
姉さん、これを渡されて、あわてて討伐隊について行ったのか。誰か導師に相談してくれれば。いや、導師から渡されて疑えってのは姉さんにはムリか。
で、やっと行先が分かった。よりによって、第3農場へ行ったのか。
「私が指示書を出して何が悪い! 指示書を出すことに制約などないぞ!」
「バッカ野郎! 遠回しな殺人じゃねーかヨ!」
討伐隊についていかせたのは、ハチに殺させよう、ってコンタンがあったからだ。未必の故意ってヤツだな。
「お、俺様は知らねぇ! 第一持ってたのはオレ様じゃない! ソイツが勝手にやったんだ!」
状況の不利を悟ったのか、カロアンズがダレスを見捨てた。従い甲斐がないヤツだなー。
「ぶ、文面を指示したのは貴様だろうが! 第一、私を特選魔法使に推挙するという約束は……!」
あ、自爆し始めた。
「俺様が知るか! ダレスとそいつらが共犯だ! 捕まえて、さっさとオレ様だけでも解放しろ!」
取り巻き1号2号も切り離したぞ。
「う、うるせー! もうしらねーよ、この腐れ貴族が!」
顔を真っ赤にして叫ぶ1号。
醜い仲間割れを始めおった。周りの生徒たちも大勢が決したのを察したらしく、ざわついている。
戦場関節技は、「せんじょうかんせつぎ」と読みます(/・ω・)/<かんせつわざ、ではない。
戦場で派生した組み技、関節技は東洋西洋問わずあります。道場剣法よりよほど凶悪です。