「フォウ様が学舎内にいらっしゃらないようなのです」
翌朝アカデメイアに来てみると、中庭は騒然としていた。
およそアカデメイアに似つかわしくない連中がたむろしている。重そうな金属鎧を着た戦士風の中年とか、長槍を担いだ若者とか。装備も年齢もまちまち。魔法使いっぽい男女もちらほらいる。一瞬、コミケ会場を思い出したけど。
腕利きっぽいのもいれば、新米っぽいのもさまざまだ。統一性のない雑多な集団。共通しているのは、戦いとかトラブルを飯の種にしている人種、ってコトだな。
ロゼさんが陣頭指揮をとっていた。
「ロゼさーん、どーしたの?」
フォウ姉さんが声をかける。
「お前たちか。何でも屋たちを雇ったのでな、蜂の排除に行くところだ」
何でも屋はカネさえ折り合いがつけば、文字通りなんでもやる連中のことだ。もうちょっとカッコよく探索者とも呼ばれる。
正規の事件なら町では騎士団が出張ってくるから、個人的な護衛とか、煙突のすす払いとか、珍しい食料の調達とかいろいろやるみたいだ。腕に覚えのあるチームはこういった荒事にも呼ばれる。今回の事件は郊外であるし、騎士団は頼りにくいもんな。
金額次第では法律に触れることをやらかす連中もいるので、犯罪者との境界線上にいるヤツら、という認識が強いかな。
アカデメイアの卒業生にもシーカーをやってるのがいたりする。腕っぷしに自信があれば、一番手っ取り早く稼げる職種かもしれない。
やっぱりあのハチども、本格的に営巣してるんだな。さすがにこの事態になると、「外部の人間を関わらせない」ってのはムリか。
「素早い対応ですね」
「薬草は手入れをしなければすぐに枯れてしまう上に、せっかく改良した土壌も、定期的に培養土を加えてやらなければ5日で元の性質に戻ってしまうからな。時間との勝負だ」
あの広大な農園が台無しになったら、莫大な損失だからなあ。だれが責任を取るか(取らせるか)で、愉快で醜い争いが始まったりするんだろうな。
それに自力解決しなきゃ、「アカデメイアの自治」ってのが揺らぐからなー。騎士団もうるさく騒ぐだろうし。大げさに言うなら、メンツがかかってるのか。
「私とマジックギルド職員は、これからすぐに先遣隊として出発する! 我々の報告を待って、援軍は昼頃に出発していただく。 その際は道屋を利用してくれ。許可は得ている」
ロゼさんがよく通る声を張り上げた。
あー、なるほど。特に希少価値の高い薬草とかは、事前にロゼさんたちが回収しておくつもりなのか。薬草の価値を知らないシーカーたちに踏み荒らされるのはイヤだろうし、価値の分かるシーカーにドサクサ紛れに盗っていかれるのはもっとイヤだろうから。
ロゼさんは腰に細身の剣を提げている。白兵戦もできるのか、この人。
まあ、あの超重量のゴーレムアーマーで大立ち回りしたら、農園が踏み固められて更地になっちゃうもんな。ただでさえ薬草は弱くて繊細なのに。
警備隊長って、こんなところまで気を回さないといけないんだな。ロゼさんに適任だけど、責任もしょい込むから貧乏くじな気もする。
昼休憩になった直後に、意外な、といっても嬉しくもないヤツから声をかけられた。
「さっきの講義で、ちょっと分からなかったことがあるんだけどよー」
話しかけてきたのは、ええと、名前は憶えてないけど、カロアンズの取り巻き1号だ。鼻にバンソウコウを貼ってるから、悪質タックルしようとして鏡に顔面ぶつけた方だな。
「いいけど……」
なぁんかイヤな気はしつつも、断る理由もないし、教えてやる。専攻で別れてるけど、姉さんは先に食堂に行ってるだろう。
しかしこの取り巻き1号、説明してる最中もずっとニヤニヤ笑いしてるのが気持ち悪いな。クズい笑みだ。
しかも、訊いてる内容も、どーでもいいことばっかり。いや、1号自身が「どーでもいい」と思って聞いてる、と言った方が正しいか。
「あのさ……」
さすがに腹を立てて文句を言おうとしたタイミングで、
「いやー、ありがとな!」
わざとらしく肩を叩いて、笑いながらどっかに行った。これほど誠意のないお礼は久しぶりだ。やっぱり無視すればよかったか?
近年まれにみる時間のムダをかましちゃったけど、1号の真意が読めない。ちょっと不気味だ。
食堂のいつもの場所に行っても、姉さんの姿はなかった。おかしいな、ムダな時間を過ごした僕の方が早いなんて。
軽い気持ちで探し始めるが、学舎を一巡しても見つからなかった。中庭は無人。討伐隊はとっくに出かけた後か。
脳内に黄信号が灯り始める。なんでいないんだ?
学舎を2周する頃には、駆け足になっていた。念のために、隣のマジックギルドも回ってみようか、と考えてたところに、小柄な女子生徒が僕を見つけて声をかけてきた。
「ショウ様!」
インチキ学生の僕を「様」付けで呼ぶのはミーちゃんしかいない。どうやら僕を探していたようだ。
「フォウ様をお探しですの?」
ミーちゃんの顔にも余裕が感じられない。遠慮深いこの子が前置きなしで話しかけてきたのが良い証拠だ。
つまり、かなり目に良くない情報がある。
「うん、見つからなくて」
僕も余計な言い回しはしなかった。
「あの、フォウ様が学舎内にいらっしゃらないようなのです」
「ええ?」
「フローレンス商会やご両親に緊急のことが起きて、急いで帰った、という可能性もありますけど」
なるほど、ロンリテキだ。でもそういった事態の場合、僕にも連絡が入るはず。
それに、僕に相談もなしに帰るのも妙な話だ。
「それで、その……」
ミーちゃんが言いよどむ。やっぱり、なにか気掛かりがあるのか。そうでなければ、単にいないってだけでここまで焦って僕を捜したりはしないだろう。
「だいじょうぶ、どんなことでもいいから、続きを頼むよ」
「不思議に思って攻性魔法の同級生に訊いたら、“フォウ様がカロアンズ様と何か話しているのを見た”と……」
あー、それは心配もするわ。……鼻ぶつけ野郎に時間稼がれてる間に、姉さんに絡みでもしたか?
でも、学舎内で暴力沙汰はご法度だし、ってアイツら僕には平気で殴り掛かってたけど。でもさすがに、特待生の姉さんにはやらないだろう。
それに姉さんには昨日の殴りかかってきた件を話しておいたから、そうそう気を許したりしないはずだけど。
「先入観前提で申し訳ないですの」
ミーちゃんが申し訳なさそうに言う。僕たちの懸念とか仮説は、「カロアンズだから何かやらかしたに違いない」っていう、証拠がない邪推だからな。ミーちゃんが恥じ入るのは礼儀正しいけど、そこはカロアンズの「日ごろの行い」とか、「身から出たサビ」とか言いたい。
「いや、ありがとう、助かるよ。アイツらに会ってみるか。どこにいるかな」
首をひねった拍子に、廊下の男たちを目が合った。カロアンズと取り巻き2人だ。
視線がぶつかったのは偶然じゃない。あいつら、僕を見ていたんだ。それも、ニヤニヤ笑いを浮かべながら。悪く言えば、見物していた。
僕たちの邪推は、邪推じゃなさそうだ。
「ありがとう,ミーちゃん。お礼はまた後で」
僕はすぐに走り出していた。
僕が来るまで、カロアンズたちは逃げなかった。
「よう、どうしたそんなに焦って。これだから馬の骨野郎はみっともねー」
3人とも薄笑いを貼りつかせている。僕はこの笑みを知っている。勝手に他人を見下して、悦に浸っている顔だ。そして、卑怯者のカオ。
「姉さんに、何かやったか?」
「教えるかよ、バーカ!」
ははあ。この小学生以下の悪口を言うためだけに、わざわざ待ってたのか。
「じゃーな、馬の骨!」
3人とも背を向けて、一斉に逃げ出そうとする。昨日の件で、「こっちに何かヘンなチカラがある」ことぐらい学習しそうなもんだけどな。
「鏡盾」
進路に鏡を置いてやった。加速がついたあたりで鏡にぶつかり、3人同時にひっくり返る。タイミングが完璧すぎて、なんだかコントみたいだ。
わざわざ姿を見せるからこーなる。通行の邪魔にならないように、ギュウッと3人とも鏡盾と壁で挟んでやった。みっともない押し花だ。
「で、ナニした?」
「し、知るかよバー、ギャッ!」
強めに押し込んでやったら、減らず口を減らしてくれた。
「悪いけど急いでるんだ。2次元に挑戦してみるかい?」
今は道徳とか騎士の家系とか考慮してる場合じゃない。
こっちの声音でホンキ度が伝わったみたいで、減らず口を叩かなくなった。これ以上へらへらしてたら、腕の一本ぐらいは平面にするつもりだったからちょうどいい。
「おいおい、天下の往来でどーしたヨ?」
そこへ通りかかったのか、ヴァイが声をかけてくる。往来でなくただの渡り廊下なんだけど。ミーちゃんも追いついてきた。
「ちょっと尋問中。姉さんが見つからなくてね」
かいつまんで説明する。気が急いてしょうがないが、ヴァイならこっちについてくれそうだ。
「はっはァ。それでこの3バカが糸を引いてんじゃねーかと」
ヴァイは理解が速くて助かる。
「うん。ちょっと下がっててくれ」
「わ、分かった! 話すからオレ様を自由にしろ!
カロアンズが叫ぶ。「オレ様たち」じゃないのな。
アイギスの鏡盾を解除する。とたんにカロアンズが逃げ出だそうとするところを、足を引っかけて転がした。【戦力:10】の虚弱体質が機敏に動けるワケがない。
鼻を怪我した方の取り巻き1号が、そのスキに逆方向に逃走する。しまった、油断してた。
なんと、そこにミーちゃんが立ちはだかった。