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「あの子は、ああ見えて結構したたかですよ?」

「商会で新しく作ったソースですけど、お味はどうですか?」


 伯母(おば)さんに()かれる。

 

「おいしいですよ。肉に合いますね。ちょっと甘みが強いかな?」


 僕が熱望している醤油とは違った風味だけど、前の試作品よりずっとおいしくなっている。


「では、もう少し調整してから売り出しましょうか」


 伯母さんがなにやらメモしている。シス伯母さんはフローレンス商会の商品開発に一部携わってるからな。


 僕がこの世界に転生して最初のピンチは、実は料理だった。野菜も肉も魚も、ほとんど塩の味しかしないのだ。しかもかなり塩辛い。この世界の住人は、栄養価はともかく、「味」というものにこだわる習慣があまりなかったようだ。

 まるで「味噌かついていて腹が膨れれば何でもいい」がモットーだった三河武士のような食生活だ。


 現代人の舌はおごってるというけれど、これには困り果てた。身体は違っても、前世の味は記憶が覚えてしまっているから、ほとんどの食事がのどを通らない。これはゼータクとかいう問題ではなく、かなり本能的な問題らしい。

 遭難とか災害時に、食べないと死ぬと分かってても、野草とか焼いただけの肉とか、味のないものがどうしても食べられずに餓死する現代人は珍しくないっていうんだから、僕が悪いわけじゃない、と自己弁護。


 転生早々大ピンチの僕にまず姉さんが気付き、僕が食べられるような味付けを考えてくれた。次に伯父さんたちが気付き、僕の意見を参考に調味料を作ってくれた、というわけだ。

 だから伯父さん一家には頭が上がらない。


 かくして「ケチャップっぽいもの」とか「マヨネーズらしきもの」「ソースに近いもの」等が完成し、今ではフローレンス商会の主力商品になっている。商会に大きな利益をもたらしてるし、飲食店にも広く普及して、味に対するこだわりのようなものも生まれている。僕はごはんが美味しく食べられる。みんな幸せになってハッピーエンド、といったところだ。

 醤油の作り方をほとんど知らなかったことが悔やまれるなあ。



「今年のアカデメイアには、ルーフ騎士団長のご子息がいて、大変な難物と聞いてるが、どうかね?」


 気づかわし気な伯父さん。なんとなく予想はしてたけど、カロアンズは悪い方面で有名人らしいな。


「取り巻きつれて、七光りをギラギラさせながら息巻いてますよ。待生枠から漏れたのが不満そうですね」


 もっとも“魔女の鏡”で見た限りでは、ヤツの【魔力】は学生平均値の25しかなかったけどな。


 近況報告は僕の役割だ。

 アカデメイアは熱心に姉さんと伯父さんを口説いた。特待生待遇、授業料免除、将来の援助の保証、etc.(などなど。)商会をやってる伯父さんとしても、アカデメイアやマジックギルドに太いパイプができるのは大歓迎のはず。

 フローレンス商会は豪商だが新参者だ。まだまだ開拓していく必要がある。


 でも、未知の業界に大事な娘を通わせることに不安もあったのだろう。それはそうだ。フォウ姉さんは悪意に対する耐性がない。よく言えばおおらかで、悪く言えばスキだらけのノーガード戦法。


 だから、身近で護ってあげたり、不便があれば知らせてくれる保護者()が必要だったわけだ。


 結果的に姉さんがだだをこねたカタチになったけど、それがなくとも伯父さんが裏工作で僕をねじ込むつもりだった、と前に言っていた。


 親業は気苦労が多くて大変だ。




「講義はどんな感じですの?」


 伯母さんが優雅な所作でワインを注いでくれる。なんだかこれだけでゼータク気分だ。安いな僕。

 しかし伯母さん若い。というか若すぎる。いっとき「吸血鬼説」が流れたのもむべなるかな。


「座学と実践が半々、といったところです。畑仕事とかもやらされますけど。今日は、ハチがやってきて大変でしたよ」


 今日の出来事を説明する。場合によっては、霊薬(エリクサー)関係の商品が値上がりとかするかもしれないからな。商売相手の事情は知らせておく方が良いはず。



 フォウ姉さんは特異点(シンギュラリティ)のせいで、不運と同じぐらいの極端な幸運にも恵まれている。ブンセ伯父さんのフローレンス商会が、立ち上げてわずか10年余りで豪商の仲間入りを果たしたのも、フォウ姉さんの特異点に()るところが大きい気がする。


 ……ってコトは、不運が偏ると商会はあっという間に倒産、一文無しってこともあり得そうで怖いんだよな。

 いざとなったら僕がこの一家を支えるようになっておかないと。

 顔も見たことのないフォウ姉さんの婚約者が、商会が倒産した途端ハイさよなら、なんて甲斐性ナシかもしれないんだし。





「ごちそーさまでした。ショウくん、あそぼー!」


「まだだめだよ。魔法史で宿題が出てただろ。一緒にやろう。遊ぶのはそのあとでね」


「ぶー!」


 子どもっぽく口をとがらせる。でも逆らったりしない、素直な姉だ。


「すみませんね。あとで紅茶とお夜食を持っていきますね」


「伯母さん、ありがとうございます」


 ぐずる姉さんを連れて部屋に行く。やれやれ、保護者が何人いるのやら。



「あ、それとショウさん」


 実に何事でもないように呼び止められる。


「はい、なんでしょう?」


「今度ルーフ騎士団長の愚息が、私たちの大切なショウさんに暴力を振るうようなことがあったら、フローレンス商会が叩き潰しますから。安心してくださいな」


 笑顔で言われた。うわあ、叔母さんが怒ってるときの顔だ。笑顔の裏に迫力がある。さすがは暗黒卿。


「あ、ありがとうございます……」


 今日のカロアンズとのいさかいはまだ話していない。フォウ姉さんが隣にいたからだ。わざわざ怖がらせる必要はない、と、後で報告するつもりだったんだけどな。


 いやはや、地獄耳だ。





 勉強は姉さんの部屋で。これはいつ決まったルールだろうか。言い出したのは僕だ。僕の家は一人暮らし状態だ。夜に家に連れ込んでたりして、ヘンな噂が立ったらダメだからな。我ながら気が回る。


「よーし、終わりっ」


「やったー!」


 バンザイして大喜びの姉さん。動作がやっぱり子どもっぽい。僕の膝に手を置く。


「ね、もういい?」


「ああ、いいよ」


 言うと、大喜びで僕の膝の上に座った。


「あー、ショウくんのイスが一番きもちいー」


 この人間イスも、子どものころからの習慣が残ったものだ。キッカケは忘れたケド、心臓がくっつくから安心できるとかなんとか。


「はやくー、後ろからギュッてして」


「はいはい」


 ベルトみたいに手を回す。さすがに人前でやることはなくなったけど、2人の時にはよくせがまれる。昔と違って姉さんも立派に成長してるから、正直重い。んだけど、幸せそうにしてるから「重い」の一言が言い出せない。


 あとやっぱり感触が最高ですよ、ええ。



 姉さんは性格に甘えんぼな部分を残してるけど、その責任の大部分は僕にある。子どもの時から僕が過保護に守ってきたせいで、けっこうなおっとりさんに育ってしまった。

 悪いことじゃないんだけど、「商会の跡取りとしてどうか?」と言われると言葉に詰まる。

 

 そのことを伯母さんに相談したら、「あの子はああ見えて結構したたかですよ。心配ありません」と笑って言われてしまった。僕には何が何やらさっぱり分からない。



「フォウさん、ショウさん、お風呂に入ってくださいな」


 ノックととに、その伯母さんが声をかけに来てくれた。


「はーい、お母様。ね、ショウくん久しぶりに一緒に入ろ!」


 姉さんが立ち上がって手を引っ張る。16歳が何を言ってるのか。


「5,6年前のことを言われても。いいからお先にどーぞ。僕はぎゅうぎゅうの湯舟はニガテ」


 子どものときは何の意識もなかったんだけどな。しっかり女性の身体つきになってきた姉さんと一緒に入るのはいろいろマズい。

 まあ、フォウ姉さんに同じことを言われたら鼻の下を果てしなく伸ばすアカデメイア生徒は多いと思うけど。


「むー!」


「フォウさん、レディがあまりだだをこねてはいけませんよ」


 シス伯母さんがやんわり言うと、姉さんは素直に納得して出て行った。



「困ったコね。アプローチの仕方を全然知らないお子様で」


 伯母さんがやれやれ、とぼやく。お子様のなのは同意だけど、アプローチってなんのことだろう?


「悪いウワサが立つと困るのに、おおらかなんですよね」


 商会は人の出入りが多い。従業員もそうだけど、出入りの業者とか、コックとかハウスキーパーとか実に様々だ。いつどこで、誰に見られてるかしれない。


 そして、人の口に戸は立てられない、というのが真理だ。一緒に風呂に入った、という話に尾ひれがついて、どんな醜聞(スキャンダル)にされるか。当然商会にとってもマイナスイメージになる。


 婚約者のいる姉さんに悪い風聞が流れるのは絶対に避けたいところだ。世話になっている恩を、(あだ)で返したくない。


「ふふ、フォウさんの思惑としては、悪い(うわさ)が立って欲しいのでしょう」


 え? え? 意味不明だ。なんで悪いウワサが立った方が良いんだ。


「前にも言いましたけど、あの子はああ見えて結構したたかですよ?」


 艶然(えんぜん)とほほ笑む。なんだろう、僕の周りの女性はみんな、僕なんかじゃ太刀打ちできないぐらい強いヒトたちな気がする。


 それも、戦力差がありすぎてオッズがつかないレベルで。

ショウの平穏な1日終了です(/・ω・)/


食文化と言うのは、現代と中世レベルでは大きな差があって(そもそも生産からして…)、普通は現代人の味覚を持ったまま行くと、間違いなくショウのようになると思います。

「異世界」なんだからテキトーにごまかせるんですけど、折角の別世界ものなんで食文化の差はやりたかったのです。あと、「日本のと同じ味だ!」っていうのがなにより嫌いだったので。

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