『お風呂場のフタか、トイレのスリッパか、どちらへ転生をご希望ですか?』
第24話ぐらいまでは毎日更新します(/・ω・)/
『貴方は死にました』
出会って2秒の女の子に、藪から棒に宣告されてしまった。紅い髪、紅い瞳の、10歳ぐらいの少女に。どう見ても日本人には見えない顔立ちだ。
スソを踏んずけてしまいそうな紅いドレスも、ミョーにひらひらしていて実用的でなさそうだ。舞踏会ぐらいしか活躍の場がないんじゃないか? 行ったことないから知らんけど。
うーん、なぜか前後の記憶があいまいだ。そもそも、ココはドコだ? 女の子は十字路の真ん中に突っ立ってるけど、周りに何もない。知らない道だ。
ただ、悪質な冗談と流せない、「死んだ」って実感だけはある。魂の喪失感、ってヤツだろうか?
「いや、もっとこうさ……情緒とかないかな?」
初対面の少女に見当はずれなツッコミを入れる。記憶がぼんやりしてるから、それぐらいしかやることがなかった。
『なんでしょう? 死に方にこだわりでもあったのですか?』
心の底から不思議そうに訊かれてしまった。
「い、いや、死んだ事実は変わらなくてもさ。空中で爆発して地球を守った、とかのわざとらしい死に方なら生きがい、じゃなかった死にがいがあるかなあ、と」
ナニ言ってるんだ、僕は。
『そうですか? 交差点でハイエースに突っ込まれて死のうが、30cmの高さから墜落死しようが、隕石が激突して地球もろとも消滅しようが、死には変わらないと思いますわよ?』
「例えが妙に具体的なのは何でだ」
会話してるうちに、だんだんと自分のことを思い出してきた。けど、死因だけは思い出せない。
『それとも、かつての人生に未練でもございましたか?』
「……いや、よく分からない」
正直、生きることにあんまり執着はなかった。「死ぬなら死んだで構わないか」と思ってしまえるほどだ。両親も看取って親孝行も完成させたしな。
それに死んでしまった以上は、生き返れないんだろう。だったら、未練なんてあるだけムダだ。
『わたくしの名前はメガセリオン。リオとお呼びください。貴方は?』
なんだか、特撮モノとか巨大ロボットにつけられそーな名前だ。
「えっと、各務照磨だよ」
名前を思い出すのにちょっと時間がかかった。
「まあ」と口に手を当てて驚かれる。訊かれたから答えたのに。
『“レテ”を渡って名前を忘れていないとは、珍しい殿方ですわね』
なんだか感心されているような、あきれられているような、判断に困る反応だ。女の子、リオは美人だけど、表情に乏しい。人形みたいだ。
「名前覚えてるとダメなのかい? 死んだときのことはびた一文思い出せないんだけど」
『それは自然な自衛作用です。死んだ瞬間を常に記憶などしていたら、あっという間に発狂ですわよ』
「死んだ後に働く自衛作用って手遅れのような」
『どちらにせよ、貴方はこの死後陰府を通ることはできませんわね。よって、至高天にも地獄にも行けません』
天国や地獄、ホントにあるのか。
「ちなみに、僕はどっちに行く予定だったのかな?」
『知らない方が幸せかと』
リオがにっこりと微笑んだ。いや怖いわ。賛美歌を歌ったことも、日曜学校に行った記憶もないからたぶん「ハズレ」の方なんだろう。
「でも、出禁ってコトは、僕はここで足止め? それとも引き返せとか?」
どうやってここに来たのか覚えてないから、帰るのも難しそうだけど。
『いえ、帰ることはできませんわ。ここに留まることもおススメいたしません。陰府はよく自転車が通りますから』
ん? 自転車? こんなトコにもあるのか。
「ぶつかったら危ない、ってコトかい?」
『ええ、野生の自転車は体長200mぐらいに成長しますし、主に牛馬を拾い食いするのが趣味です。それに、いちど散歩に出ると血を見るまで収まりませんから、ほんのちょっぴり危険ですわよ』
……ツッコミどころが多すぎる!
「自転車の定義が迷子なんだけど」
『なので受け取り拒否の貴方には転生していただく必要がありますわね』
僕の扱いが雑な気がしたけど、ちゃんと別の方法があるんだ、安心した。自転車という名の怪物相手にサバイバルはゴメンだ。
「良かった、そういった配慮はしてくれるんだ」
『たらい回しにしているだけとも言いますわね』
1mmの情緒もない子だ。
『もう一度生まれ直してください。そして死んだときに、きっちり記憶を捨ててこちらに来てくださいな』
それは、僕の一存でどーにかなるものだろうか?
『では、次の再来先を選んでくださいな』
「あ、選んでいいの? やった!」
それはありがたいな。できるだけ恵まれた家庭がいいかな。いや、高望みする前にまずは身の安全だ。戦争のない国を選んで……。
『お風呂場のフタか、トイレのスリッパか、どちらへ転生をご希望ですか?』
「それ生物違う! しかも横になってるだけの人生じゃないか」
正確には人生ですらないぞ。そもそも、どこまでを「一生」ってカウントするんだろう。灰になるまでか? だとしたら、下手すると人間より長い「一生」を過ごすハメになる。
『嫌ですの? 残念ですわね』
ホントに残念そうにしている。読めない子だ。
「せ、せめて便所コオロギあたりで」
ものすごく志が低いな、僕。でも、ずーーーっと風呂場とかトイレで転がってるだけの生き様は全力で避けたい。いやもうホントに。
『……どうしても人間への再来をご希望ですの? では、思い切って並行世界に生まれ変わってはいかがでしょう?』
リオに思いがけない提案をされる。並行世界って、地球とは違う、異世界ってヤツか?
「そういうのアリなんだ?」
『特例です。記憶を持ったままここに来る方自体が大変珍しいですから。豪華なオマケもつけましょう。ですが、無論ただのサービスではありません。交換条件がありますわ』
リオがにっこりと微笑む。
『どうなさいます?』
どうなさいます?って。断ったら風呂のフタか便所スリッパの2択じゃないか。この腹黒幼女。
作中に出た「レテ」とは、冥府の前にある長大な川のことです。死者はそこを渡り、記憶や穢れを落として冥府に向かうことになります。主人公は落としませんでしたけど。
あと、「30cmの高さから墜落死」というのは、世界一虚弱なアナログゲームの主人公のネタです。ちょいちょいマニアックな小ネタをブッこんでます(/・ω・)/