『女子高生と黒猫少女』 後編
あれから早足でカラオケ店を離れていた実連と京佳の二人。カラオケ店からある程度離れた位置で、まるで全速力で走った後に疲れるようにして膝に手を置いて息を吐く京佳。そんな彼女を気にする事なく、実連は歩いて来た道を眺めていた。
「私、夢でも見てるのかな?」
そんな小さな声で呟く彼女であったが、京佳は否定するようにして声を上げる。
「夢なんか…じゃないよ。でも…夢だったら、いいんだけど…」
こんな非現実を受け入れてたまるかといった様子であったが、同時に不信感を抱く彼女だった。しかし、心を入れ替えて実連へと言う。
「決めた。今日あった出来事は偶然だった事にする。そう言う事で、私は先に帰るね。実連も、気をつけて帰ってね。それじゃ!」
吐き捨てるかのような、そんな感情で京佳は手を振りながら走り去ってしまった。先程あった出来事の所為か、車通りは極端に少なく、また人通りも全くと言っていいほど無かった。
「……帰るか」
理解の追いつかなさに頭を悩ませながらも、スクールバッグを担ぎ直して帰路へと向かった。
「ありがとうございましたー!」
昼食を食べ忘れていた彼女は、帰り道にコンビニへと寄り、梅おにぎりと昆布おにぎり、そして五百ミリリットルのペットボトルに入った緑茶を購入。女子高校生にしては質素な献立であった。
そんなこんなで梅おにぎりを頬張りながら帰っていると、頭に一滴の水が落ちる。頬張ろうとした口をそのままにしながら、彼女は空を見上げる。曇天の空に一滴の水。恐らく雨だろうと察した彼女は、急いでおにぎりを口に詰め込んで、ゴミをビニル袋に突っ込んでから早歩きで帰宅しようとしたが、焦り過ぎたせいでお米が喉に詰まり、慌ててお茶を飲んで流し込む。そんな忙しない彼女であったが、遂には雨に降られてしまい走って帰る事になってしまった。
雨に降られて全身が濡れてしまった彼女は、彼女の住むアパートの少し手前の電柱付近にて、一つのダンボールを目にする。一度見過ごそうとしたが、好奇心がそれを許さずダンボールを開けて中身を覗き込む。すると、そこには小さな黒猫の姿があった。
「ヒドイな。捨てたの誰だろう?」
彼女はそう言いながらビニル袋を手首に掛けてから蓋を閉じたダンボールを両手で持って、目前のアパートへと走って行った。
彼女の部屋は階段を上がった二階の一番奥の部屋であり、彼女は黒猫の入ったダンボールを下ろしてから扉の鍵を開けて、再びダンボールを持って部屋へと入る。
「あーあ、びちょびちょだよ…」
そんなガッカリするような様子でダンボールをリビングのテーブルの上へと置いてから、鞄などの荷物を下ろす。もちろん荷物も濡れていたため、それらの辺りも濡れてしまった。
だが、彼女は荷物を拭くことより先に黒猫の様子を確かめるべくダンボールの方へと寄る。濡れた手でダンボールを開けてみると、中には呑気そうに丸まっている黒猫の姿があった。ちょっと触ってみようと手を伸ばして黒猫の体を触るが、黒猫の体が濡れていなかった。ダンボールの蓋を閉じていた事もあっただろうが、全く濡れていないのは少し変である。
「まあ、いいか。それよりも…」
深く考える事を止めた彼女は、別の事について思考する。それは、この黒猫を今後どうするかについてである。と言うのも、このアパートではペットを飼う事が許されておらず、見つかってしまった場合面倒な事になってしまうからだ。
それだけは避けたい彼女であったが、この黒猫の引取先を探したりするなどの面倒事をする事になるかと思うと、尚更やる気が失せそうになってしまう。
彼女が濡れた体のまま考えていると、突然黒猫がダンボールの中から飛び出して、スペースの空いている場所へと歩いて行く。そしてその場所で一回転して煙が上がったかと思いきや、その煙の中から一人の少女が姿を現す。その少女は明らかに大きい黒いパーカーを着て、猫耳フードを被っていた。
しかし、その様子を思考の世界へと入ってしまっていた実連は見ていなかった。ポカンとした少女は、慌てて彼女の元へと行き足に触れる。突然何をされたのかと驚いた彼女は飛び上がって思考の世界から帰ってくる。
「ビックリした! って、君は…」
少女の顔を見た彼女は思い出す。つい先程カラオケ店で出会った少女であった事を。そして思い出したかのように辺りを見渡す。何をしているのかと首を傾げる少女。だが、それは彼女の言葉によって分かる。
「さっきの猫がいない!」
ズッコケる少女。焦りながら頭を掻く実連。そんな彼女の服を引っ張って事情を話そうとする少女。しかし、彼女は話を聞く事なく冷めた様子で呟く。
「お風呂行こう…」
思えば、彼女は雨でびしょ濡れである。後で濡れた場所を拭かなければと考えながら浴室へと向かう。少女はどうしたものかと、ダンボールの置かれた机の周りを慌てながら何周かしてから、彼女の向かった浴室へと走って行った。
脱衣を終えて濡れたカッターシャツや下着を洗濯機へと放り込み、浴室へと入る。因みにこのアパートは1LDKの賃貸であり、その料金は彼女の両親によって払って貰っている。学生にとっては十分すぎる空間であり、また家具などもいくつか揃っていて彼女は充実した生活を送っていた。
直ぐにお風呂を貼ることが出来なかった彼女は、仕方なく濡れた体をシャワーで流す。一通り流し終えて顔を拭いていると、お風呂の蓋の上にチョコンと座る黒猫の姿を目撃する。
「あっ、いつの間に。勝手に入ってきたら危ないからね〜」
彼女はそう言いながら黒猫を抱き上げようと腕を伸ばすが、その猫が先程のように一回転し、再び少女の姿へと化ける。しかし、彼女は先程見ていなかったためコレが初リアクションである。
「えぇ⁉︎ 猫が化けたぁ⁉︎」
そのリアクションに呆れた様子を見せる少女。そんな少女が溜息を吐きながら浴室を出て行くのを、彼女は見惚れるようにして見ていると、少女が突然彼女の方へと視線を向ける。
「後で相談したい事がある。着替えたら、さっきのリビングに来て欲しい」
取り敢えず頷く事しか出来なかった彼女であったが、慌てて浴室を出て変えの下着と寝間着を身に付けて、髪を拭きながらそちらへと向かった。
先程ダンボールを置いたリビングへと着くと、そのダンボールの上で正座をする少女の姿があった。その情景に一瞬戸惑った彼女であったが、近くにあった座布団の方に手で合図をされ、そこに座る事になった。
「さて…何から話そうか」
少女の言葉から謎の緊張感を覚える彼女であったが、突然少女が飛びついてきた事に驚かされ、馬乗りにされる。しかし、少女は重くもなく、寧ろ軽いほどであった。そして少女はまるで猫の様にして彼女の頰に自身の頰を擦り付けた。
「あ、あったかくて柔らかい…」
彼女は夢中で頰を擦り付ける。少女は少し苦しそうにしていたが、次第に気にする事もなくなった。
「そろそろ話を…」
抱き寄せる彼女から離れようとする少女であったが、あろう事か彼女は眠ってしまっていたのだ。呆れるようにしてその場から脱出するために一度黒猫に姿を変えて、近くにあった毛布を口で引っ張ってかける。
色々あった所為で疲れてしまったのだろうか。そんな事を思いながら、黒猫は毛布の上で丸まって眠りについた。
いかがだったでしょうか。と言っても、まだまだ始まったばかりですから何と言えばいいか悩まされますよね。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。