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第七話 私は何かしてしまったのでしょうか?

「そうか、マツダイラだったか」


 城に戻った後、ユキたんの部屋でカズサ屋イエモンが二人をどこに連れていったのか聞かされて、俺は思わず笑いを堪えられなかった。


「明日からマツダイラ殿のお宅で働いてこようかと思ってます」

「え? 本当に行くつもりなのか?」

「ええ。マツダイラ殿からは来たことにしておくからいいと言われたんですけど、家事には心底困ってらっしゃるようでしたので」


 しかし俺の素性は何であっても、ユキたんやアカネさんは紛れもなく王妃なのだ。一国の王妃に家事一切をさせるというのも、なかなか勇気がいることではないかと思う。


「でもご主人さま陛下、マツダイラ殿は本当はお嫁さんが欲しいのではないでしょうか」

「うん? どうしてそう思った?」

「私たちが行った時、とても楽しみにされていたようでした」

「しかしマツダイラが求めていたのは家政婦ではなかったのか?」

「きっといい(ひと)だったら結婚を申し込むつもりだったんですよ」


 確かにマツダイラ閣下は強面(こわもて)だが醜男(ぶおとこ)というわけではない。人によっては美丈夫(びじょうぶ)と見る者もいるだろう。それにも増して伯爵位にあるので、平民の女性が嫁ぐとなればまさに玉の輿(こし)というわけだ。


「なるほどな。ならば尚のこと二人は辞退した方がよかったのではないのか?」

「でもどうして今になってマツダイラ殿は急にお嫁さんが欲しくなったんでしょう」

「おそらくハルヒコだろう」

「ハルヒコですか?」

「マツダイラはハルヒコをえらく可愛がってくれているではないか」

「それで自分も子供が欲しいと思われたということですか?」

「そうではないかと思う」

「ハルヒコちゃん殿下は可愛いですもんね」


 一部では鬼団長と呼ばれているマツダイラ閣下も、ハルヒコを見ると傍目(はため)に見て分かるほど目尻を下げるのである。だが当のハルヒコの方はどうも男はあまり好きではないらしい。彼にあやされても喜んでいるようには見えないから、何とも不憫(ふびん)である。


()の息子とは言え他人の子をあそこまで可愛がることが出来るのだ。自分の子供ともなれば溺愛を軽く飛び越えてしまうのではないか」

「あのマツダイラ殿が子供をあやしている姿など、騎士団には想像もつかないでしょうね」

「しかし二人がマツダイラの家政婦をやるとなると余の護衛はスズネに頼むか」

「私たちのうちどちらか一方が陛下の護衛に付いて、代わりに侍女を一人付き添わせるというのはいかがでしょう」

「うむ、それで構わん。して、明日はどちらがマツダイラの屋敷に行くのだ?」

「では私が。アカネ殿、陛下をお願い致しますね」


 それと、とユキたんが続ける。


「陛下、メイドの子を一人、連れていってもよろしいでしょうか?」

「うん? メイドを?」

「ええ、実は……」


 彼女はその理由を耳打ちで教えてくれた。なるほど、そういうことなら納得である。


「構わん。いっそ余の(めい)としてもよいが」

「それですとメイドの子が(すく)んでしまいます」

「そうか。ではユキ、頼むぞ」


 アカネさんが瞳をキラキラさせている。彼女にはユキたんが何と耳打ちしてきたのか聞こえていないから、後で内容を教えろと言ってくるに違いない。


 そして翌日、アカネさんとスズネさんを伴って城下に出た途端に、我慢仕切れなくなった彼女は耳打ちのことを聞いてきた。


「ご主人さま陛下、何故ユキ殿はメイドさんを連れていかれたのですか?」

「ああ、それはな、どうやらメイドの一人がマツダイラに思いを寄せているようなのだ」

「あ、なるほど! それでその子をマツダイラ殿のお屋敷に」

「何のことですか?」


 スズネさんも何となく興味を持ったようだ。俺は昨日のことと併せて、ユキたんが侍女とメイドさんを連れてマツダイラ閣下の屋敷に家政婦をしに行っていることを伝えた。


「それは面白そうですね!」

「メイドはずい分と緊張しているようだったがな」

「マツダイラ殿にはそのことは?」

「伏せてある。後で反応を聞くのが楽しみだ」


 そしてこれが、俺がユキたんから聞いた出かける前の様子である。




「セツ殿、トウノ・エマさんというメイドさんを私の部屋に呼んで頂けますか?」

「ゆ、ユキ妃殿下!」


 メイド長のセツは、突然現れた王妃に驚いて思わず椅子を蹴って立ち上がっていた。そのあまりの大きな声と音に、事務作業をしていた他のメイドたちも慌てて立ち上がって深く一礼する。


「エマが何かご無礼を……?」

「そうではありません。ではお願いしましたよ」

「は、はい! すぐに!」


 それからユキが部屋に戻ると間もなく、セツがエマを伴ってやってきた。一介のメイドが王妃に呼ばれるなどということはよほどである。エマは真っ青になってメイド長の後ろに隠れるように立っていた。


「あなたがトウノ・エマさんですね?」

「は、はは、はい!」

「そう固くならないで。(とが)めるために呼んだのではないのですから」

「は、はあ……」

「これエマ! 何ですか、王妃殿下に向かって」

「え? あ、も、申し訳ございません!」


 ユキが見た限り、エマというメイドは華奢(きゃしゃ)な上に小柄で、顔も童顔で可愛らしいと感じた。マツダイラと並んでいるところを想像すると少々滑稽(こっけい)な気もするが、それはこの際関係ないだろう。


「エマさん、今日は私に付いてさるお方のお屋敷に参ります。セツ殿、彼女をお借りしても問題はございませんね?」

「も、もちろんにございます! ですが何故エマを……」

「それは戻ってから彼女に聞くとよいでしょう」

「か、かしこまりました」

「あ、あの、王妃殿下……」

「はい?」

「私は何かしてしまったのでしょうか?」

「そうですね、してしまったというより、知られてしまったという方が正しいでしょうか」

「え? え?」

「とにかくついてらっしゃい。そのまま着替える必要もありませんから」


 こうして何も事情を知らされないまま、トウノ・エマというメイドは城から連れ出されたのだった。

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