第五話 売るのは体だけや
「これはキュウゾウ親分はん、貴族様の仕事探しを手伝うとられるんですか?」
「ちっとばかし頼まれちまってな」
弟のイエモンを従えて奥から出てきたカズサ屋キチエモンは、口はキュウゾウと話しながらも目は俺を品定めしていた。
「女性のお二方、料理は出来まっか?」
「お料理、ですか?」
「貴族様やったらまさか飯屋で給仕というわけにもいかんでしょう。ちょうど伯爵様のお屋敷で炊事やら洗濯やら、要するに身の回りの世話をしてくれる人を雇いたいから探してほしいと、人づてに頼まれとりますのんや」
「え、ええ、出来ますよ」
そう言えばまだ出会って間もない頃にユキたんは弁当を作ってきてくれたんだっけ。あの煮物は美味かった。しかしアカネさんは料理なんか出来るのだろうか。
「でしたら二人はそちらに。日当はお一人につき一日大銀貨二枚です」
「ずい分お安いのですね」
「仕事はそんなにキツいことおまへんし、自分たちで作らなあきまへんけど食事付きですさかいな」
「その伯爵様とやらには奥方は?」
「確かいてはらんと聞いてますわ。わりと大きめなお屋敷にお一人でお住まいで、使用人もおらんらしいでっせ」
「分かりました」
「ほんならイエモン、お嬢さん方を伯爵様のお屋敷へ案内してくれへんか?」
「分かった。ちょっくら行ってくるわ。姉さん方、付いてきなはれ」
「はい」
こうしてユキタンとアカネさんはイエモンに連れていかれてしまった。俺の護衛がいなくなってしまうが、いざとなったらウイちゃんを呼べば来てくれるだろう。そんなことを考えていると、姿が見えないまま彼女が俺の耳元で囁いた。
「お任せ下さい」
「二人は今日から働くことになるのか?」
「いえいえ、今日は顔合わせです。伯爵様が了承されましたら書類も作らなあきまへんし。近くですからすぐに帰ってこられると思いまっせ」
「そうか、それで俺の仕事は?」
「ちょっとここでは話が出来まへんのんや。親分はんは茶でも飲んで待っといて下さい」
「分かった」
キュウゾウはそう言うと丁稚が持ってきた茶をすすり始める。気のない素振りを見せてはいるが、彼はほんの一瞬だけ俺に目配せをしていた。
「ほな行きまひょか」
「行くってどこへだ?」
「店の奥です。込み入った説明がおますさかい、ちいっとばかりお時間頂戴しまっせ」
キチエモンに手招きされて俺は店の奥に付いていった。すると六畳間ほどの小さな部屋に通され、俺とキチエモンは向かい合って座る。
「兄さん、ええ男は得でんな。兄さんほどの美丈夫やったらなんぼでも稼げまっしゃろ」
「どういう意味だ?」
「寂しい女の相手をしたったらええんですわ。もちろん、結婚を迫られることはおまへん。ちゃあんと念書を取ってまっさかい」
「つまり寝ろ、ということか?」
「話が早うて助かりますわ。後はお手当ての話ですが、兄さんなら一晩これでいかがでしょ?」
そう言ってキチエモンが差し出したのは小金貨一枚だった。
「一晩とは?」
「暮れ六ツから朝四ツまでです。その間の食事やら何やらは全て女が負担しますよって、兄さんは身一つで女のところに行ってくれたらええんですわ」
おおよそ午後六時から翌朝の十時までということだ。
「しかし子種師は王国に管理されているはずだぞ」
「勘違いしたらあきまへん。彼女らは子が欲しいんとちゃいますねん。それに子種師は種を付けたら終い。そんなんと違うて、一晩しっぽり過ごしたいと言うてはりますのんや」
「なるほどな。しかし夜に家を空けるとなると妻がいる身では少々厳しいな」
「それでも一晩でこの金額はそうそう稼げるもんやありゃしまへんで。よく相談なさったらええ。黙っとけ言うんでしたら夜の人足仕事ってことで口裏くらい合わせまっせ。それに売るのは体だけや。心まで売るわけやおまへん」
「分かった。考えて返事をしよう」
「気持ちええ思いして金がもらえて後腐れもない。こんな仕事は他にはあらしまへんから、よっく考えて下さい」
「カズサ屋さんに会わせて下さい!」
その時、俺が通された部屋よりさらに奥の部屋から男の懇願するような声が聞こえてきた。何やら切羽詰まっているような口ぶりである。
「旦那様は今、お客様とお話し中だ。静かにしろ!」
「そんな! カズサ屋さん、いるなら出てきて下さい! カメキチです!」
「兄さん、ちいっと待っとって下さい」
言うとキチエモンはすっと立ち上がって部屋を出ていった。どうやら上手い具合にトラブル発生のようである。俺はこれからの会話を一言も聞き漏らさないよう、じっと耳を澄ませるのだった。




