第四話 今日はどないな用事でっか?
「口入れ屋のカズサ屋?」
口入れ屋とは、今で言うところの人材派遣会社のようなものである。身分の低い者や身元の不確かな者の保証人となって仕事を斡旋する代わりに、保証料を徴収するのだ。また人材を斡旋する先、つまり雇う側からも手数料を取る。そのように聞くと一見、阿漕ではあっても真っ当な商売のように思えるが、中には貧しい村や地域から安い賃金で人を集め、多くをピンはねする更にあくどい者もいた。
「カズサ屋は裏で人買いもやってるのさ」
「人買いだと?」
「ああ。あっちこっちの貧しい村から男手を買い叩いてきては売り飛ばしたりな。見てくれのいい若い男は、貴族の行かず後家の相手をさせるために売られたりしてるみてえだぜ」
「まるで人攫いではないか」
「一応相手には金を渡して念書を取ってるから、大っぴらには裁けねえのさ」
口入れ屋の大半は背後に有力な貴族が控えていることが多く、キュウゾウなどの目明かし程度では踏み入ることも出来ないそうだ。いわゆるヤクザ者の巣窟らしい。
「本当は破落戸共を見たって言う村のモンに首実検させてえところなんだがよ。アイツらビビっちまって協力しようとしねえんだ」
「もし仮に村人がそれに応じて、カズサ屋に問題の破落戸がいると分かったとしても、その者たちが夫婦や子供を攫ったという証拠はないんだろう?」
「だがそうなりゃスケサブロウの旦那に出張ってもらうことだって出来る。ああ、スケサブロウ様ってのは俺たちの親分みてえなモンだ」
「す、スケサブロウだって?」
「あ? 何だコムロの旦那、スケサブロウ様をご存知なのかい?」
「いや、その……」
「アツミ・スケサブロウ様ってんだ。剣の腕はすげえし、時々国王様の付き人もなさるってお人よ。旦那みてえなただの金持ち貴族様とは大違いさ」
まさかあのスケサブロウ君がこんな目明かしを雇っていようとは。これにはさすがにユキたんもアカネさんも驚いているようだった。
「オマケにスケサブロウ様の奥方様ってのがどえれえ美人でよ」
おナミちゃんのことだろう。スケサブロウ君と彼女は一年前にめでたく結婚したのである。
「俺もあんな美人の嫁さんが欲しいぜ」
「そ、そうなのか」
「おっと、そんな話をしている場合じゃねえや。ほら、あれがカズサ屋だ」
キュウゾウの指差す先には、辺りでも一際大きな造りの建物が見えた。その出入り口では人の良さそうな顔をした男が、引っ切りなしに訪れる客を出迎えている。しかし彼の眼光は遠目でも分かるほど鋭く、単なる商売人でないことは一目瞭然だった。
「口入れ屋とは、あのように人の出入りが多いものなのか?」
「ま、こっちは表玄関だからな。人を雇いたい者、雇ってもらいたい者が行ったり来たりってわけさ」
「なるほど」
「俺たちが目指すのはその奥、人には言えねえ商売をしている場だ」
「どうやって入り込む気だ?」
「まずは旦那方が仕事をくれって入っていくんだ。お姉さん方も、失礼な言い方かも知れねえがその見てくれじゃ岡場所に送られることもあるめえ」
本当に失礼な奴だ。後でとっちめてやろう。
「で、親分はどうするんだ?」
「俺はアンタらの付き添いで行く。貧乏貴族の知り合いってことでな」
「なるほど」
「旦那は男の俺から見てもいい男だ。おそらく俺に隠れて裏の仕事を紹介しようとするだろう」
やっぱりとっちめるのは勘弁しておいてやるか。
「裏の仕事って何ですか?」
「金持ち貴族女のお相手だよ」
ユキたんがそれを聞いて憤慨しそうになるが、俺は彼女を目で制した。
「奥方さん、心配するこたぁねえさ。その場で返事しなきゃいいんだ。奴らも俺がいる手前、手荒な真似は出来ねえだろうからな」
キュウゾウが言うには、行かず後家などの貴族女性はやたらプライドが高く、いくら見た目がよくても身分が平民や奴隷では受け付けないのだそうだ。その点俺は貴族だし、貧乏との触れ込みだからそんな話を持ち掛けてくるだろうとのことだった。
「ま、旦那の好みがこの奥方だってことなら、行かず後家も悪くはないかも知れねえぜ」
これは俺がとっちめなくても、ユキたんとアカネさんが黙っていないような気がする。その証拠に二人とも目つきが怖い。
「そんじゃそろそろ行くか」
そう言って歩き出した親分の後に続いて、俺たちもカズサ屋の入り口をくぐる。
「おや、キュウゾウ親分さんやおまへんか。今日はどないな用事でっか?」
な、なんだこの関西弁もどきは。それはいいとして、応対に出てきたのは番頭でイエモンという名前らしい。カズサ屋の主であるキチエモンが彼の兄とのことだった。
「俺の知り合いでよ、貴族様なんだが貧乏してるから仕事を世話してやってくれねえかと思ってな」
「さよでっか。そっちの兄さんと姉さんが二人でおますな?」
「ああ。何かいい仕事はあるか?」
「ちぃとばかり待っとって下さい。まさか貴族様に野良仕事させるわけにはいきまへんよって」
そう言うとイエモンは店の奥に消えていく。その間に店内を見ていると、帳簿のようなものを広げながら手代らしき男が次々と人足を割り振っていた。誰々はどこどこへ、という感じである。恐らく求職している者の顔と名前を覚えているのだろうが、あの手際のよさには舌を巻かざるを得なかった。
「口入れ屋というのはすごいな」
「手早く捌かねえと人足たちの給金が減るだろ。そうなるとカズサ屋の実入りも減っちまうから当然なんだ」
「少しでも多く働かせるということか」
「その方がアイツらも金を多くもらえるからな」
カズサ屋は表向きは真っ当に商売をしているように見える。しかしキュウゾウの睨んだ通り、ここが人攫いの巣窟になっているとしたら、一刻も早く叩き潰さなければならない。そんなことを考えながら番頭イエモンが去った方を見ていると、彼より一回りも体が大きな兄が姿を現したのだった。
次話以降、更新頻度を落とします。
週1〜週2くらいになると思います。




