第十三話 トモエ殿との縁組をお許し頂きたく
長らく更新を止めてしまって申し訳ありませんでした( >_<)
ひとまずトモエのことはさておき、俺たちは目当てだったエチゴ屋を見渡せる茶店に入った。ユキたんたち女の子三人には、甘味を楽しんでもらっている。
「ヒコザさん、あれ、トキエダ男爵です」
ユキたんが小さく指さした方に目を向けると、聞いていた通り育ちのよい紳士という風体の青年が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。伴は二人、おそらくはイズモの話に出てきた者たちだろう。涼しい顔で主に従っているが、眼光には全く隙が見当たらない。
ところが彼らはエチゴ屋に行くだろうとのこちらの予想を覆し、なんと茶店に入ってきたのである。しかもその足は、乱れることなく俺たちの席まで来て止まった。
「コムロ・ヒコザ様とお見受け致します」
優雅に頭を下げる彼を見て、ユキたんとアカネさんが腰の柄に手を掛ける。
「さて、どこかでお会いしたかな?」
「晩餐会にて。奥方様方、こちらには敵意はございませんので、どうかご安心下さい」
「こちらの正体も知っている、ということか」
「それも、騒ぎ立てするつもりはございません」
男爵が言うと、三人は俺たちの隣のテーブルに席を取る。彼らが注文したのは甘味、ユキたんたちが食べているのと同じ物だ。
「こう見えて、私は甘いものに目がないのです」
「ならば次の晩餐会では、甘味を増やすように伝えておこう」
「おっと、このようにお声かけするのはご無礼に当たりますか?」
「何を今さら。忍びと知って声をかけてきたのだろう?」
「恐縮にございます」
「して、用件は何だ? 手短にしてくれ。妻たちの手が止まってしまったのでな」
「これは申し訳ございません。それでは……」
そこで彼らの注文した甘味が運ばれてくる。店員が去るのを待ってから、男爵は話を続けた。
「こちらに来られたということは、エチゴ屋の件をすでにご存じかと」
「密偵をわざと逃がしてくれたそうだな」
「それにつきましては肯定も否定もご容赦願います」
言えば首が飛ぶ可能性もあるからね。もっともこの応えで分からせる辺り、トキエダという男はかなりの切れ者のようだ。
「率直に申し上げます。トウニンジンの護衛に、私の配下の者を付けさせて頂きたいのです」
「必要ない。護衛は十分に用意してある」
「コムロ様はウレシノ衆をご存じですか?」
「ウレシノ衆? 聞いたことがないが……」
ユキたんとアカネさんに顔を向けたが、二人とも首を横に振っている。むろんトモエも同様だ。
「西方の忍軍です。帝国の滅亡により、国を離れてこのタケダに入ってきております」
「ソイツらがどうしたというのだ?」
「エチゴ屋が雇いました」
「何だと!?」
「奴らは諜報力に優れ、配下には魔法が使える者もいると聞きます」
「どこでその情報を?」
「私がつなぎを付けましたので」
「何っ!?」
よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことを言えたものだ。これにはさすがにユキたんもアカネさんも黙ってはいられなかったようで、再び刀を抜く体勢を取っていた。だが――
「まあ、お聞き下さい。話はそれだけではございません。彼らの目的はこのタケダを取ること。つまり国王陛下の命を狙っているのです」
「ほう?」
「帝国を滅ぼしたタケダが落ちれば、西方諸国がこぞって東側に攻め込んでくることでしょう」
「それで、トキエダ殿はどうしようと?」
「我々の手で、ウレシノ衆を葬ってご覧に入れます」
「そう言って、トウニンジンをかっ攫うつもりではないのか?」
「そのことでしたら、本日の夕刻までには必要な量のトウニンジンをお城にお届けする算段となっておりますので」
「なっ!」
「ご安心下さい。真っ当に手に入れた品です。もっともこの国の薬種問屋たちには泣いてもらいましたが」
この男の真意はどこにあるのだろう。魔法使いまで擁している忍者軍団が相手では、自分たちも無傷では済まないだろうに。だが、その答えはすぐに分かった。
「そこで見事、事が成就した暁には陛下にお願いしたき儀がございます」
「聞こうか」
「シナノの姫君、そちらのトモエ殿との縁組をお許し頂きたく」
「はあ?」
さすがにこの申し出には、それまで気のない素振りを見せていたトモエが、口に入れた物を吹き出していた。
「それは……」
「すぐにとは申しません。一年か二年か、私の屋敷で共に暮らして頂いて、ご納得頂くまでは決して失礼な振る舞いも致しませんので」
「義兄上様、私は嫌です!」
「トモエはこう申しておるが……」
「トモエ様、一度私の領地に足をお運び下さい。きっとお気に召して頂けると思いますので」
「義兄上様ぁ」
「よいではありませんか。トキエダ殿の言われる通り、一度だけ訪ねてみれば。そこで気に入らなければお断りしてもよろしいのでしょう?」
「もちろんです。ですのでどうかご許可を」
「うう……」
ユキたんの言葉に、トモエは頭を抱えてしまった。
だが、もし彼の言う通りウレシノ衆が俺の命を狙っているのだとすれば、それを阻止するということは王国に対して大きく貢献したことになる。その報奨としてトモエをくれと言っているのではなく、彼はチャンスをくれと言っているのだ。悪い話でもないだろう。
「分かった。ただし、嫁入りするかどうかの最終判断はトモエに任せる。それでいいのだな?」
「はい! ありがたき幸せにございます」
「義兄上様ぁ……」
「では、私はこれにて。コムロ様方はごゆっくりお寛ぎ下さい。ここは私の店ですので、お代は結構でございます」
そう言うとトキエダたちはすっと席を立ち、店員に何やら一言二言告げると店を出ていった。
それからすぐ、俺たちのテーブルには食べきれないほどの甘味が並べられていくのだった。




