第十二話 諦めたわけではありませんから!
「よいかトモエ殿。城下では余は貧乏貴族の次男坊……」
「コムロ・ヒコザ義兄上様、でよろしいのですよね」
「う? あ、ああ、そうだ」
「妃殿下はユキ義姉上様、アカネ義姉上様。昨夜ミノリ姉上より教えられました。城下では決して身分を明かしてはならない、と」
言いながらトモエがニッコリと俺を見上げる。今、彼女は俺の腕に巻きつき、ユキたんとアカネさんがピキピキしている状態だ。後が怖い。
シナノの姫たちがやってきた日、トモエも四ツ辻の噴水広場で、集まった民衆の前にその姿を晒している。しかし今はドレスのような着飾った着衣ではなく、パーカーにデニムのミニスカートというラフな出で立ちである。あの場でほんの一瞬姿を見ただけでは、彼女がその時の姫と同一人物と見破る者はまずいないだろう。
もちろん、俺もユキたんもアカネさんも、いつも通りラフな装いである。
「普通に義兄様、義姉様と呼べばよい」
「はい! 義兄様!」
どうでもいいが、腕に頬を擦りつけるのはやめなさい。ユキたんなんかもう、刀の柄に手をかけてるから。
「ところで義兄様、今日はどちらに連れていって下さるのですか?」
「そうだな。たまには北の方に足を伸ばしてみるか」
「北には何があるのですか?」
「特にこれと言って珍しいものはないが、庶民の暮らしはよく分かるぞ」
それにイズモから報告のあったエチゴ屋も、城の北に店を構えている。
「庶民の暮らしを知ってどうするのですか?」
「其方もシナノの王女なら、庶民に目を向けた方がいいだろう。我々王族が生きていられるのは、彼らのお陰なのだからな」
「陛下は常日頃から領民のことを第一に考えておいでなのですよ」
「ユキ、陛下は……」
「あ、申し訳ございません。ヒコザ様」
「そんなご主人様だからこそ、領民に慕われているのです」
アカネさんが得意満面で言う。ちょっとこそばゆいな。
「なるほど。私も義兄様の妻となるからには、タケダ領民の暮らしも知っておくべきですね」
「は?」
「えっ?」
ちょっと待て。いきなり何を言い出すんだ、この義妹は。もちろん、ユキたんもアカネさんも、驚いて目を見開いている。
「トモエ殿、其方を妻にすると言った覚えはないが?」
「いずれそうなる予定です」
「ヒコザ様、ちょっと!」
ユキたんが俺の腕からトモエを無理矢理引き剥がし、少し離れたところに引っ張る。当然トモエは抵抗したが、アカネさんがそれを押さえていた。
「一体どういうこと?」
「いや、俺にもさっぱり……」
彼女が俺に好意を抱いているのは、薄々は感じていた。しかし、妻になるなどというのは初耳だし、こっちにその気は全くない。そこへアカネさんの腕をすり抜けて、トモエが近づいてくる。
「ミノリ姉上に聞いたのです。義兄様の妻になるにはどうしたらいいのか、と」
「そ、それでミノリは何と?」
「義兄様に好かれるには、領民を大切にすることだと教えられました」
ミノリはおそらく、散々詰め寄られて仕方なく応えたのだろう。
「だがなトモエ殿、余は……俺は今以上に妻を増やすつもりはないのだ」
「そんな! ミノリ姉上はよくて、どうして私はダメなんですか?」
「トモエ殿、お控えなさい。今は陛下のご好意で貴女を城下に連れ出して頂いているのです。そのような話をするためではありません。時と場所を弁えなさい」
「ユキ義姉様……」
さすがにユキたんも我慢出来なかったのだろう。真剣に怒っている表情である。
「分かりました。申し訳ございません」
「分かってくれましたか。それならいいのです」
「今日は庶民の暮らしを知る、それでよいのですね?」
「うん? ああ、そうだ。それとな、少々見ておきたいところがある」
「見ておきたいところ、ですか?」
「まあ、道々に話すとしよう」
「分かりました。でも義兄様、義姉様」
「ん?」
「はい?」
「私は、諦めたわけではありませんから!」
そしてトモエはいきなり、俺の頬にキスしてきた。いや、ちょっと、マジでそれはマズいって。驚いて硬直した俺の尻が、ユキたんとアカネさんに力いっぱいつねられたのは言うまでもないだろう。
俺、悪くないじゃん。
令和となった本年は、大変お世話になりました。
年内の本作の更新は今回が最後となります。
来年も、よろしくお願い致します。
皆さま、よいお年を。




