表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/55

第十話 エチゴ屋の誤算

 城下の薬種(やくしゅ)問屋には客足がさっぱりだった。売れるのは生活に必要な物ばかり。労咳(ろうがい)に効果があるとされるトウニンジンに至っては、求めるどころか値引き交渉してくる者すらいなくなってしまった。それまでは日に何度か、店先で土下座する客が見られたというのに。


「おのれ若僧(こくおう)め。どこまでこのエチゴ屋を(おとし)めるつもりだ!」


 実はあの布令(ふれ)の後、さらに王国は薬種問屋を驚愕させる布令を出したのである。それは――


『高騰を続けるトウニンジンについて、祭りの三日間は国王陛下の働きにより、安価にて販売することとなった。場所は四つ辻の噴水広場』


 しかもこの布令は、城下の至る所に立て札を立てて広められているのだ。わざわざ高い金を出して薬種問屋から買わずとも、ほんの数日待てばトウニンジンが安く手に入るのである。これは王国の、薬種問屋に対する策略としか思えなかった。


 だが、とソウエモンは考える。仮に祭りの三日間だけの販売だとしても、これだけ大々的に広めれば、相当数のトウニンジンを用意しなければならないはずである。そんなものを王城が保管しているとは、到底考えられない。問屋連中の様子では、王国と内通している素振りもなかったし、どこかから仕入れる目処(めど)でもついたのだろうか。


 とは言え、事は急を要する展開になってきた。他の問屋連中のことなどどうでもいいが、これからも彼らには協力してもらわなければならない。


「予定通り、あのお方にお願いしましょう」


 ソウエモンがあのお方、と言ったのは、トキエダ・モンドノショウという男爵のことだった。トキエダ家はこの地がタケダ家に治められる前から、城下に広大な領地を持つ豪族である。モンドノショウはその十三代目当主で、(うわ)(つら)は温厚な紳士だが、裏の顔はヤクザ者も震え上がるほど冷徹な一面を持っていた。


 ソウエモンは元々この男爵に、闇でトウニンジンを(さば)いてもらうよう頼むつもりだった。王国の密偵が関与しているとすると、もはや表立って高値での販売は諦める他ないだろう。となれば、頼るべきは裏社会である。多少儲けは減るが、背に腹はかえられないということだ。


 そしてトキエダ男爵こそ、その裏社会の大元締めとも言える貴族だった。


「エチゴ屋のソウエモンさんではありませんか。いかがされましたか?」

「実はモンドノショウ閣下にご相談がございまして」


 まるで彼がやってくることを知っていたかのように、ソウエモンはトキエダ男爵の(やしき)に到着するとすぐ、奥の座敷に通された。


 上座に男爵、その両脇には普通の使用人にしか見えない男たちが腰掛ける。ソメキチにムツヒコと紹介されたが、彼らは男爵の片腕と恐れられる忍びなのだ。


「布令は存じております」

「で、では!」

「王国はどこからニンジンを仕入れるのでしょうねぇ」

「城下の問屋仲間で王国に通じている者はいないと思います」

「そのようですね」

「この短期間でそこまでお調べに……」

「私は色々なところに耳を持っておりますので」


 ソウエモンは改めて、目の前の男爵に恐れを成した。だが、だからこそ頼りになるというものだ。


「祭りの三日間のみの販売なら、荷馬車一台分もあれば十分でしょう」

「では、閣下はトウニンジンが馬車で王城に運び込まれる、と?」

「人が(かつ)げる量など、たかが知れています」

「なるほど。祭りに間に合う距離、となりますと……」

「東のオオクボ王国は無理ですね。ニンジンを集める時間も必要ですから、よくて最終日に間に合う程度でしょう」

「するとやはり……」

「自国の領地ならエンザン辺り。あるいはその先のシナノ王国」


 いずれにしても、荷は西からやってくるだろう、と男爵は言う。


「大金貨百枚を持参致しました。これで何とか……」

「シッ!」


 その時、ソメキチが警戒するように、口に人差し指を当てる。それがしばらく続いたが、彼はゆっくりと元の態勢に戻った。


「な、何か……?」

「気のせいだったようです。申し訳ございません」

「ソメキチ、ムツヒコ、念のため後ほど忍び込んだ者がいないかどうか、調べておきなさい」

「ははっ!」

「ソウエモンさん、ご心配なく。この邸に忍び込める者など、そうはおりませんので」


 モンドノショウは(にこ)やかに言い、前に置かれた大金貨が入った巾着を懐に収める。


「これは前金として受け取っておきましょう」

「ま、前金……?」

「王国を相手にするのです。そうですね。成功の(あかつき)には儲けの半分、それでいかがですか?」

「は、半分……お待ち下さい!」

「嫌ならいいんですよ。金貨も、貴方も、この邸から出ることはないでしょう」


 大金貨百枚は、日本の感覚なら一千万円ほどに相当する。それを受け取ってなお、男爵はトウニンジンを売った儲けの半分を要求してきたのだ。これはソウエモンにとっても、予想の範疇(はんちゅう)を超える額だった。そして、拒否すれば自分の命もないという。


「わ、分かりました。儲けの半分、それでお願い致します」

「よかった。エチゴ屋さんとは、これからもよい関係を続けられそうです」


 事が済んでも、男爵はエチゴ屋から搾取を続けるつもりのようだ。それを覚ったソウエモンは血の気が引く思いだった。しかし、王国が布令の通りにトウニンジンを販売出来なければ、領民の心は一気に離れていく。そうなれば、あの憎き王家を転覆させることも夢ではなくなるだろう。


「閣下には、これからも色々とお世話になるでしょう」

「よい判断です。詳しいことは後ほど使者を遣わせましょう。ソメキチ、エチゴ屋さんを外までお送りしなさい」

「ははっ!」


 ソウエモンが無事に帰宅したのは、その日の夕暮れ時だった。


次回、第十一話『明日はアカネと共に城下に出るぞ』

12/14(土)更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★ブクマ、評価頂けたら嬉しいです★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ