第九話 エチゴ屋の企て
とうとう本作でも登場!
エチゴ屋、お主も悪よのう
『商い主制度』などの説明はあとがきにあります。
『本日より五日の後、シナノ王国友好祭の開催が決定。祭りの期間は三日。出店の鑑札は明日より申し込み開始。初日と三日目には王城露台にて、シナノ王国王女殿下方のお目見えあり。また、二日目は、馬車にて城下を回られる予定』
このような内容で布令が出され、瓦版も号外として無料配布された。ちなみに露台とはバルコニーのことである。
出店の鑑札は特別に下げ渡されるもので、当然ながら期間限定である。この申請には販売する商品やその値段の明記が必要で、店員として働く者の名も届け出なければならない。万一、届け出た物以外の商品を売ったり、登録以外の店員が販売したりすると、即座に鑑札は没収され、金銭的な厳しいペナルティーを課せられるのである。
だが、鑑札の取得に関わる手数料はかなり安価に設定されている。しかも禁止区域以外の場所ならどこにでも店を開くことができ、場所代も支払う必要はない。さらに売り上げに対する商い税も課せられないので、本来の商人は元より、商人以外の多くの者も、臨時収入が見込める一大イベントだった。そんな中――
『ただし此度、薬種問屋への鑑札は発給しない。薬種の販売も、一切を禁ずる。また、医療、救護活動をする者は必ず届け出るように。必要な薬種は王国より下げ渡す。祭りの期間中、届け出た者以外のこれら行為は、何人たりとも許可しない。医療、救護活動に対する報酬も王国が支払うものとする。なお、王国配下の診療所、療養所は例外とする』
薬種問屋は、何も薬だけを扱うわけではない。女性の化粧品や洗剤、石けんなども取り扱う。しかしこの布令は、これら全ての商いを、薬種問屋に限り行ってはならないという主旨が込められていた。
「国王陛下は我々を飢え死にさせる気か!」
「エチゴ屋さん、これはどういうことですか!」
かつて薬種問屋の商い主を務めていたエチゴ屋は、その制度が廃止されてからも、実質的な問屋の総元締めの立場にあった。
現在、表向きは王国が支配する商人たちであったが、それは商売の鑑札を得るまでのこと。特に入手経路が特殊な薬種にあっては、ぽっと出の素人がまともに仕入れられる代物ではなかったのである。
そこに目を付けたのがエチゴ屋だった。そして今では、薬種に関してはこのエチゴ屋を介さなければ、仕入れは不可能に近い状態となっている。当然卸価格も、エチゴ屋の思うがままだった。
「エチゴ屋さんの言う通り、我々はトウニンジンの売り惜しみをしてきた。お陰で値段は青天井だが、売れなければ宝の持ち腐れだ」
「そうだ! それにこうも言ったね。トウニンジンがなければ人々は他の薬を買うようになる、と。確かにそうなってきたが、エチゴ屋さんから高値で仕入れたニンジンが売れなきゃ、我々は野垂れ死ぬしかないんだよ!」
「そこへきて、絶好の商機である祭りへの出店が禁止されてしまった。医師は登録制、治療に必要な薬も王国が用意すると言っている。これじゃ祭りの三日間、医師への卸しも出来やしない。我々は指をくわえて見ているしかないじゃないか!」
「まあまあ皆さん、そういきり立たないで」
エチゴ屋ソウエモンは、皺だらけになった顔に笑みを浮かべて、詰め寄ってくる問屋衆を宥めるように手を振った。
先日他界した彼の兄、トクエモンは、国王からの信望も篤く、真っ当な商売をしていた。だから、貴重なトウニンジンを扱っているにも関わらず、それほど利益を上げていなかったのである。むろん、他の薬種問屋も同じだった。しかしそれでも兄のトクエモンは、高値でのトウニンジンの販売を禁じていた。問屋連中の不満が膨れ上がっていたのは、言うまでもないだろう。
ところが、兄の他界により状況が一変した。
エチゴ屋を継いだソウエモンは問屋衆の声に応え、薬価の吊り上げを画策したのである。その第一歩がトウニンジンの売り惜しみだった。
店頭の商品を常に品薄状態に見せ、医師に卸す価格も徐々に値上げしていく。加えて他の薬も少しずつ値上げを繰り返す、というやり方だ。薬以外の日用品、例えば化粧品などは値上げしなかったので、人々は薬の品薄に疑いを持たなかった。ソウエモンの思惑通りだったのである。
しかし、先日蔵を検めた時に、何者かが侵入したような痕跡があった。商品がなくなっていたわけではなかったので、あまり気にはしていなかったのだが、もしあれが王国の差し向けた密偵の仕業であったとすると話は変わってくる。今回の布令にも、合点がいくというものだ。
商人仲間の間では切れ者として恐れられるタケダの王。かつて商い主制度をなくし、栄華の極みにあったこのエチゴ屋を、一時は窮地に陥れた憎むべき相手である。その宿敵に、二度も煮え湯を飲まされてたまるものか。
ソウエモンはふつふつと湧き上がる怒りを抑え、問屋衆に頭を近づけるように手招きして言った。
「私に考えがあります。この場は一旦お引き取り下さい。下手に騒いで、目明かし辺りに目を付けられても厄介ですので」
そんな彼の言葉に、一度は突っかかろうとした問屋衆だったが、あまりの気迫に気圧され、それ以上詰め寄ることが出来なかった。
「わ、分かりましたよ。それでは何とかして下さいね」
「すぐに吉報をお届け出来るでしょう」
その時すでに、ソウエモンの顔からは笑みが消えていた。
次回、第十話『エチゴ屋の誤算』
12/7(土)更新予定です。
◆前作を読んでない方に説明します◆
・商い主制度
かつてタケダ王国にあった商業制度の一つ。
業種ごとに商い主と呼ばれる元締めがおり、店の立地から商品の売値まで、ありとあらゆる決まりを司っていた。当然利権の巣窟であり、商売の自由の妨げになっていたものを、アヤカの立案で廃止にしたのである。現在はその役目を王国が担っている。
・商人税
王国で商売をするための税のこと。商人として鑑札を受けるために支払う税。タケダ王国では現在は廃止されているが、他国では未だに残っている制度。
・商い税
商売で得た利益に対する税。商人税と合わせ、これらの税金のため、商人が手にすることが出来る利益は、かつては粗利の一割にも満たなかった。タケダ王国では、現在は大幅に軽減されている。




