第三話 俺たちの疑いは晴れたのか?
「俺は貧乏貴族の次男坊でコムロ・ヒコザ。二人は俺の妻だ」
「そうかい。俺は目明かしのキュウゾウってモンだ」
現れたのはおそらく事件の捜査をしていると思われる目明かしと、手下二人の三人組だった。彼らは脇差しを抜いて俺たちの行く手を遮っている。
「貴族様がこんなところへ一体何の用があって来なすったんだい?」
目明かしキュウゾウは脇差しをこちらに向けたまま横柄な口調で尋ねてきた。
「いや、たまたま通りかかっただけだ。それよりキュウゾウ親分は事件の捜査か何かか?」
「お前らには関係ねえ、と言いてえところだがこっちも行き詰まっててよ。コムロの旦那、アンタらここに来るのは初めてかい?」
「そうだが」
「ま、いいや、付いてこい」
そう言って歩き出したキュウゾウが目配せすると、手下二人が俺たちの背後に回り込む。どうやら否は許さないということらしい。そうして彼らに急かされるように連れていかれたのは、古ぼけた長屋の一室だった。
「ここは?」
「ここに住んでいたのはショウジロウとキヌエって若い夫婦だ。見てみな」
キュウゾウに言われて中を覗いてみると、きれいに片付いてはいるが生活感は失われていない。つまり二人がここを引き払ったというわけではなさそうである。
「少し前までは夫婦と赤ん坊が普通に暮らしていたそうだ」
「なるほど」
「コムロの旦那よ、アンタら何か知っててここに来たんじゃねえのかい?」
「何かって何をだ?」
「すっ惚けると痛え目見ることになるぜ」
「惚ける? 一体何のことを言っているのだ?」
「犯人は現場に戻るってな。旦那、子供を拐かして夫婦をどうにかしちまったのはアンタじゃねえのかって聞いてんだよ!」
言うとキュウゾウは俺たちを部屋の中に押し込め、自分たちも中に入って出入り口を塞ぐ。それを見たユキたんとアカネさんが刀に手を掛けたが、俺は首を振って二人を制した。
「根拠を聞こう」
「アンタ自分で言ったよな。貧乏貴族だって」
「ああ、言ったな」
「つまり生活苦から子供をかっ攫って売り飛ばし、ついでに夫婦を殺したんじゃねえかって言ってんだよ!」
「なるほど、一理あるな」
そこで俺はちょっとわざとらしく肯いて見せてやった。
「ああ? どういうことだ?」
「ならば聞こう。親分の言う通りだったとして、俺たちが犯人だとの証拠はあるのか?」
「証拠だと?」
「分かっているのか? たとえ目明かしでも、確たる証拠もなしに貴族に刃を向ければ、無礼討ちされても文句は言えないのだぞ」
「しょ、証拠なんてこれから番屋で……」
「拷問して吐かせるか? それもよかろう。だがあくまでお前の首が繋がっていればの話だ」
「て、てめえ!」
目明かしたちが臨戦態勢を取る。だが俺はそれを手を振って制した。
「まあ待て。ユキ、あれを見せてやれ」
「あれ、ですか?」
「財布の中身だよ」
「ああ、はい」
ユキたんは俺に言われた通りに懐から財布を取り出し、中から大金貨十枚ほどと小金貨十枚ほどを取り出して見せる。
「そ、それは……」
「悪いな親分。俺は自分が何者かと聞かれた時には貧乏貴族と名乗ることにしているんだが、その実金に困っているわけではないんだ」
「な、なら子供を買いに……」
「もう一昨年になるが俺はこのユキとの間に男の子を授かっている。わざわざ他人の子を買う必要もない」
「じゃ、じゃあ旦那はどうしてここに……?」
「俺も人の親となった身だ。子供と両親が消えたと聞いて気になってしまったというわけさ。そろそろその脇差しを収めてくれないか?」
「あ? あ、ああ……」
「親分!」
渋々ではあったが脇差しを腰に収めるキュウゾウを手下たちが窘めようとする。しかし彼はその手下にも脇差しを収めるように言った。
「ところでキュウゾウ親分、他に何か分かっていることはないのか?」
「そうだな。長屋の住民の話では夫婦がいなくなる前日までは、普通に赤ん坊の声も聞こえていたそうだ」
「だとすると何の前触れもなく一家が消えたということか?」
「いや。その数日前から辺りを破落戸みてえな奴らが彷徨いてたって聞いてるぜ」
「それで親分はあんな木の影に隠れてたってわけか」
「アンタらは破落戸には見えなかったが、こんな貧乏村に貴族様は似つかわしくねえ。それで声かけさせてもらったってわけよ」
「声をかけたという態度ではなかったがな」
「こちとら何でも疑ってかかるのが仕事みてえなモンだ」
「それで、俺たちの疑いは晴れたのか?」
「まあな」
「ほう。何故だ?」
「もし本当にアンタらが事件に関わってて脛に傷があるなら、さっきのあの場で刀を抜かねえはずがねえからよ」
なるほど、このキュウゾウという目明かしは少々乱暴だが見るところはちゃんと見ているようだ。金を見せたことよりも、俺に子があると聞いたことよりもそっちで判断したというのには驚かされたよ。
「ではまずその破落戸共を探すところからだな」
「おうよ。手伝ってくれるかい? 貴族の旦那がいりゃ、多少面倒なところにも入り込めるからな」
「面倒なところ?」
「口入れ屋のカズサ屋だ」
そう言うと親分は、俺たちを外に連れ出すのだった。




