第五話 陛下は王子様になっていたと思いますよ
珍しく俺が執務室に一人でいた時だ。モモカが、姉であり俺の妻でもあるミノリを伴ってやってきた。彼女は二日後にこのタケダの地より、シナノ王国に帰る予定になっていたのである。
「どうしたモモカ。挨拶にくるにはまだ少し早いのではないか?」
「義兄上様、実は先ほどこのような書状が届きまして……」
言いながら俺に書状を差し出す二人の表情は、どことなく沈んでいるように見えた。
「書状?」
「はい。それによると姉上たちがこのタケダに向けて発ったと……」
聞きながら俺は手渡された書状を開いてみる。そこにはシナノの王女三人が、こちらに向かって旅立ったと記されていた。
「モモカを迎えに来るということか」
「はい、ですので妹の滞在を……」
つまり、数日後にはこの城にミノリも含めた、シナノ王国の王女全員が揃うことになるのだ。
「致し方あるまい。モモカよ」
「は、はい……」
「これでまた小遣いが減るな」
「えっ!」
「まさかシナノの姫たちを迎えに出ないわけにもいくまいて。ダイゼン、いるか?」
控え室の方に向かって声をかけると、すぐに扉が開いてダイゼンが腰を折る。
「こちらに」
「マツダイラに兵を集めよ、と伝えてくれ」
「御意」
「あ、義兄上様!」
「うん? どうした?」
「書状には、姉上たちは総勢百人を超える行列でくると書いてあります! ですから護衛は……」
「愚か者。例えそれが千の軍勢だったとしても、出迎えるのが礼儀というものだ」
「ですが……」
「小遣いが減る、か?」
「うう……」
「では聞こう。もし余が妻たちを伴い、五千の護衛を引き連れてシナノを訪問するとしたら、其方はどうする?」
「む……お迎えに上がります……」
「それは何故だ?」
「歓迎の意を示すためです……」
「何だ、分かっているではないか。つまりはそういうことだ」
半泣きで唇を噛んでいる義妹を、ミノリが頭を撫でて慰めている。この二人は本当に仲がいいのだろう。
「ミノリ」
「はい?」
「其方の姉妹たちとは、どのような者たちなのだ?」
「そうですね……」
彼女にとって姉に当たる第一王女はシズカという。今年二十四歳になった彼女は昨年、シナノの次代の王となる夫を由緒正しい伯爵家より迎えていた。俺も婚礼には参列したが、形式的な挨拶を受けただけで、親しく話したわけではない。
第三王女はユイカという、十九歳の社交的な女性だった。シズカの婚礼でシナノを訪れた時、俺と一番会話を交わしたのではないだろうか。もっとも内容は覚えていないから、これも形式的なものだったと言えるだろう。
最後に第四王女のトモエである。彼女は今年十七歳になるはずだが、顔を見ただけで言葉を交わした記憶はない。ただ、俺を見て真っ赤になっていたから、恐らく恥ずかしがっていたのだと思う。
総じて、今回やってくる三人は初対面ではないものの、その人となりを俺はほとんど知らないということなのだ。
「第一王女のシズカは面倒見がよく、頼れる姉という感じでしょうか」
「ほう。それにしてもヨシツグ殿は、よくシズカ殿を旅に出したな」
ヨシツグというのは、オガサワラ王家に婿に入った彼女の夫である。
「義兄上は婿養子ですからね。姉には逆らえないのでしょう」
「そんなもんなのか」
「ユイカは、陛下と親しげにお話しされていたと思いますが、あの子はなかなか本性を見せませんね。実はとっても我が侭で、強がりなクセに怖がりなんです」
「ほほう。ではあれは猫を被っていたというわけか」
「悪い子ではないんですよ。ただ、よくも悪くも真ん中の立場ですから、姉には甘えて、妹には強がるという感じで」
「なるほどな。姉妹というのも大変なんだな」
「あとはトモエですね。あの子は人見知りが激しくて、父も困っておりました。それと、どこか夢見がちなところがあります」
「夢見がち?」
「妄想です。陛下と初めてお会いした時の様子を覚えておいでですか?」
「ああ、まあ何となくな」
「あの子の中ではきっと、陛下は王子様になっていたと思いますよ」
言いながらミノリとモモカがクスクスと笑っている。そのトモエは、とにかく物語が大好きで、部屋中を本で埋め尽くしているそうだ。もしかしたら、日本でいうオタク気質の持ち主なのかも知れない。
「だいたい分かった」
因みにユイカとトモエは二人とも、決まっていた嫁ぎ先を断ったそうだ。それはユイカの相手がトモエの方を望み、トモエの相手はユイカを望むという、とんでもない事態が発生したからとのことだった。
「他人の芝生の方がよく見えた、ということか」
「何ですか、それ?」
「いや、こっちのことだ」
それにしてもモモカといい、ミノリの妹たちはつくづく相手に恵まれないようである。
「ところで先ほどは浮かない顔をしていたようだが?」
「いえ、また義兄上様にご迷惑をおかけしてしまうのではないかと……」
「何だ、そんなことか。気にするな」
ここは一つ、盛大に歓待の宴を開いてやるとするか。いや、それよりももっと驚かせてやろう。
俺はシナノの姫たちが驚愕する姿を想像して、一人ほくそ笑むのだった。
次回、第六話『お手並み拝見といこうではないか』
11/16(土)更新予定です。




