第四話 あの距離では私にもどうにも出来ませんでしたわよ
ウイが見つけてきた敵国の忍者、庭番頭。
彼を配下に加えるべく、国王の取る行動は?
「余が国王、タケダ・イチノジョウだ」
「国王陛下の御前です。まずは名を名乗られませ」
俺の隣で珍しく実体を現しているウイちゃんが、涼やかな声でそう告げる。今、この謁見の間にいるのは、俺とウイちゃん、それにダイゼンと目の前の男の四人だけだった。衛兵やメイドさんたちも全て下がらせている。
ところで、用心深く跪いている男は、どこからどう見ても野武士だった。ボサボサの白い髪に、鼻から下を覆い尽くすほどの口髭と顎髭は、見方を変えれば仙人に見えなくもない。だが、微かに覗く浅黒い肌の中に光るエメラルドグリーンの瞳には、歴戦の強者たる闘志が溢れかえっていた。
すでにウイちゃんの正体を知っていると聞いたが、彼に怯えた様子はない。
「我が名はモチヅキ・イズモ。そちらに御座す貴国第五王妃、ウイ殿下のお召しにより参上仕った」
「話は聞いておる。して、ここに来る前は何をしておった?」
「元オウミ王国国王、ロッカク・ヨリサダ陛下の庭番頭を十五年」
「なればこのタケダは其方の怨敵となるわけだが、余を討ち取りたくはならぬか?」
イズモの眼光が、さらに鋭く光を放つ。
「実に恐ろしきはタケダの王家。そこなウイ妃殿下ですら第五王妃となれば、帝国が滅ぼされたのもまた必定。私如き庭番風情では、ここから御身のある壇上に上がることすら叶いますまい」
「左様か」
そこで俺は玉座から立ち上がり、ゆっくりと檀下に降りて彼の前に立った。そのままイズモが刀を振り抜けば、簡単に一刀出来る距離である。
「では、これならどうか?」
「……!」
刹那、彼の肩がピクリと動いた。その目は見開いて敵意を剥き出しにし、右手はすでに柄にかけられている。しかし、彼がそれ以上動くことはなかった。
「お戯れを。腐ってもこのイズモは元庭番頭。妃殿下の幻術に二度も騙されるようなことは……」
「そうか」
言うと俺は彼の肩をポンと叩いた。俺の姿が幻術などではなく、本体だとを知らしめたというわけだ。
「……!」
「余を討つ機会を逃したな、イズモ」
そして俺は彼に背を向け、再び壇上に戻って玉座に着いた。
「モチヅキ・イズモ、余を討ちたければいつでもかかってくるがよい。だがそれまで、余の許で働く気はないか?」
「陛下は、真この私に死に場所を下さるということか」
「見事余を討ち取れば、すぐにでも死ぬことが叶うぞ」
その時の彼の目に映っていたもの、それは数百を数える顔のない、アザイの幽霊兵だった。
「黄泉の軍勢を従える王を、此岸に身を置く我が如何に討てましょうや」
「ならば身分は男爵、城内の空き室を使うも良し、城下に居を構えるもよし。それでどうかな?」
「今この時より、陛下を我が主としてお仕えさせて頂きます」
話はまとまった。モチヅキ・イズモという忍者がどれほどの実力の持ち主かはまだ分からないが、ウイちゃんが連れてきたのだから間違いはないだろう。
「さてイズモよ、早速だが仕事を頼みたい」
「なんなりと」
俺はこのところ高騰を続けている薬価について、裏で誰かが価格を操っている節がないかどうかを探るように命じた。
「何日かかりそうだ?」
「私はこの地に明るくありませんので、まずそれを知るのに一日。調査に一日。裏取りに一日として、三日もあれば何かしらのご報告は可能かと存じます」
「そうか。当座に必要な金は用意した。すぐに取り掛かってくれるか」
「御意に」
忍者というのは皆そうなのだろうか。モモチさんもそうだったが、イズモも金の入った革袋を受け取ると、霧のようにその場から姿を消した。
「あれも演出の一つなのかね」
「演出?」
隣のウイちゃんが不思議そうな顔で、俺の呟きを拾ってくれる。
「ああ、今の消え方だよ」
「陛下に見えたあれは残像ですわ」
「残像?」
「はい。忍者は去り際にも警戒を怠りませんの。しばらくその場で小さな動きを繰り返し、相手に残像を見せる。それが霧のように感じられるのです」
揺らいだように消えていくのはそういうことだったのか。理屈は分かっても絶対に真似できそうもないな。
それにしてもあそこで斬られなくてよかった。もちろんそんなことになる前に、ウイちゃんが何とかしてくれただろうけど。
「あら、あの距離では私にもどうにも出来ませんでしたわよ」
「は?」
ちょっと待て。あれを焚き付けたのはウイちゃんじゃないか。俺が冷や汗を流すと、彼女はすっと腕に絡みついてきた。
「冗談ですわ」
ペロッと舌を出してイタズラっぽく笑うウイちゃんに、少しばかりの恐怖を感じたのは言うまでもないだろう。
次回、第五話『陛下は王子様になっていたと思いますよ』
明日11/9(土)更新予定です。




