第一話 今宵は酒が進みそうですな
ストックたまったので、予定より早く更新します。
「よく来た、シバ刷屋の者たち。面を上げよ」
謁見の間には、俺の呼び出しに応じたシバ兄弟と刷師のヨコオ、それにサカザキという女絵師が跪いていた。壇上の俺の隣にはユキたんと、今回はモモコも並んでいる。
「国王陛下に置かれましては、益々もってご健勝のことと、お慶び申し上げます」
「うむ」
「先の市場でのご活躍は、こちらにおりますサカザキ・クルミと申します絵師が拝見致しておりました」
「サカザキとやら」
「は、はは、はいっ!」
「其方の絵を見せてもらった。余の姿も、ここにいる義妹の姿もよく描けていたぞ」
「も、もったいないお言葉! か、かかか、感謝の極みにご、ございます!」
サカザキは捕らえられた罪人のように、ガタガタと震えている。別に悪いことをしたわけではないのだから、そんなに怯えなくてもいいだろうに。
「ところでシバ刷屋、余の用件は聞いておるか?」
「はい。今後私共の瓦版をお城にお届けするようにと。代わりに城中を見学させて頂けるとか」
「どうだ、この話は?」
「恐れながら申し上げます」
「うむ」
「王家の広報、ということでございましたら、お断りさせて頂きます」
タイゾウの思いもかけない返答に、他の三人が真っ青になって彼を突き始めた。だが、彼はそんなことには全く動じる様子はない。
「ほう?」
「偉大なる我らが主、タケダ・イチノジョウ国王陛下、陛下のお陰で、民衆はかつてない平和で幸福な生活を享受しております。そのことには些かの疑念もございませんし、日々感謝をしながら生きております」
そんなに大袈裟に考えてくれなくてもいいが。
「ですが光あるところには必ず影が宿ります。その影を暴き、民衆に知らしめるのが我々瓦版売りの使命と考えております」
「うむ。そこに反対するつもりは余にもないぞ」
「ありがたきお言葉。されどその影がもし、このお城に射したなら、私共はそれすらも暴かなければなりません。すなわち、政に対する批難ともなり得るのです」
なるほど、言わんとしていることは分かった。要するに王家となあなあにはなれないということだろう。
「私は虚飾なき真実を民衆に伝えることを信念としております」
「相分かった」
そこで俺は玉座から立ち上がり、まずユキたんに目を向けた。
「ユキ、お前はどう思う?」
「はい。シバ殿の言が真であれば、私は素晴らしい刷屋だと思います」
続いてモモコだ。
「モモコはどうだ?」
「私も、ユキ妃殿下と同じ意見です」
そして再び檀下の四人に視線を戻す。
「嘘偽りのない事実ならば、政への批難も領民の声と受け止めよう。余が何よりも願うのは領民の幸せである」
「陛下……!」
「余が求めるのは、其方らシバ刷屋の瓦版だ。我ら王族に媚びへつらう必要もない。検閲もするつもりはない」
「ありがたきお言葉。私のような一介の瓦版刷りの声にまで耳を傾けて下さるとは、やはり我らは最高の主を頂いたものと感謝せねばなりますまい」
「では今後、瓦版を届けてもらえる、ということでよいのだな?」
「はい! もちろんでございます。それで、何部お届けすればよろしいでしょう?」
「そうだな。余の分と、其方らには悪いが城の食堂で皆が回し読み出来るように、十部ほど届けてもらえるか。無論、代金は支払う。それらの者が読む分も合わせて、百部分ではどうか?」
「十部お届けして百部分のお代を……」
「足りぬか?」
「い、いえ、滅相もございません。本来ならばお届けする十部分のみで、と言いたいところなのですが、陛下の思し召しとして、ありがたく頂戴させて頂きます」
檀下の四人は、そこで改めて俺に深く頭を下げた。
「時に陛下、陛下にお聞きしたいことがございます」
「何だ?」
「何故私共に、そのようなお許しを頂けるのでしょう?」
「それか」
彼らが疑問に思うのも無理はないだろう。何かの功を成した貴族ならいざ知らず、ただの平民の瓦版刷りが国王に謁見を許されたのだ。しかもそれは彼らが願ったことではなく、国王自らの呼び出しによるものである。
「其方らに一つだけ取材してほしいところがあってな」
「取材、でございますか?」
「うむ」
そこで俺は城の敷地内にある孤児院のことを話した。
「なるほど、それはぜひご協力させて頂きましょう!」
「そうか! ではそのために割かれる紙や墨などの経費は王国で負担しよう」
「何を仰せでございます。これこそ、我ら刷屋がやるべき使命。子供の幸せを願うは我らとて同じにございます。ここはどうかこの、シバ刷屋にお任せ下さい!」
今回の謁見は期待以上の成果があったと思う。その後彼らは衛兵の案内で城内を見て回り、孤児院の取材も終わらせて帰っていった。次の瓦版が楽しみである。
「陛下、今宵は酒が進みそうですな」
「料理長のクリヤマに命じて、子供たちと、孤児院の職員にも美味い物を出してやれ」
「御意」
その夜、孤児院の方では、ちょっとした宴会のような騒ぎになっていた。
次回、第二話『見殺しセイイチロウ』
10/26(土)更新予定です。




