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プロローグ


ストック出来たので、本日も更新します。


 シバ刷屋(すりや)の絵師、サカザキ・クルミは、その日も瓦版(かわらばん)のネタを探して城下を散策していた。


 彼女は二年ほど前、キノシタ帝国がタケダによって滅ぼされ、往来が自由になったのを機に、この地に流れてきたのである。そんな彼女の運命を大きく変えたのが、現在の仕事のパートナーでもあるシバ・タイゾウとの出会いだった。


「ひとつ、ここから見える景色を()いてくれないかね?」

「はい? お客様の肖像画ではなく、ですか?」

「人を描いた絵なら、もう見せてもらった」


 タイゾウは見本として並べられた、描いても買い取ってもらえなかった絵を指差しながら言う。


 クルミの描く絵は写実的だ。しかし、客が求める彼ら自身の肖像画は、虚飾の額縁を必要としていた。つまり誰一人、鏡に映したような絵は求めていなかったのである。


「この紙に、ここからの景色を、ありのままに描いてほしい」

「この紙に、ですか?」


 渡された紙は、まさに瓦版を刷るのと同じ紙だった。ただ、あの時は何の疑問も抱かなかった。それよりも――


「これは先払いの金だ」


 彼女の手に乗せられたのは、なんと大銀貨二枚だったのである。持っていた金もとうに底を尽き、朝から何も食べていなかった彼女にとって、それは天の恵みとも言うべき眩しさを放っていた。


「私が満足いく絵を描いてくれたら、それをあと三枚支払おう」

「え! 大銀貨をあと三枚も!」

「描いてくれるかね?」

「も、もちろんです! それであの、どのような絵をお望みなのでしょう?」

「ありのままに、そう言ったつもりだが」


 彼女はハッとして、改めてタイゾウを見る。その目は、明らかに自分の描く絵を欲している。そう確信して彼女はわずか小半刻(こはんとき)、およそ三十分ほどで、見事に街並みを描き出していた。


「素晴らしい!」


 仕上がった絵を受け取った時のタイゾウの表情は、今でも忘れることが出来ない。タケダの地にきて、初めて自分の絵を評価してくれた顔だったからだ。


 タイゾウは約束通り、追加で大銀貨三枚を支払ってくれた。そして彼女を今の仕事、つまりシバ刷屋に誘ったのだ。


 クルミが生まれ育ったのは、タケダ王国から遠く離れたエチゼンという王国である。滅んだとはいえ、帝国に搾取され続けた祖国は貧困に(あえ)いでいた。好きな絵を描いて暮らすなど、夢のまた夢だったのである。


 それで、国が豊かで自由に商売が出来ると噂に聞いた、タケダ王国に流れてきた。だが、自由に商売が出来るとは言っても、世の中は彼女が考えていたほど甘くはなかったのである。


 そこに降って湧いたような誘いだ。しかも仕事は、瓦版とは言えそれに載せる絵描き。夢が現実になった瞬間だった。


「給金は瓦版の売り上げから、仕事場の家賃やら紙代やらの経費全てを差し引いたものを山分けだ」


 タイゾウはその後、クルミをシバ刷家の面々に引き合わせた。彼女を合わせて全部で四人。探訪(たんぼう)と記事を書くことを専門とするタイゾウ。彼の弟で、腕のいい彫師(ほりし)のケンゾウ。墨と紙の相性まで知り尽くしている、刷師(すりし)のヨコオ・ミネジ。


 書かれた記事の内容で瓦版が売れても、挿絵目当ての客が増えて売り上げが上がっても、彫師と刷師がいなければそれは仕上がらない。そこで報酬は山分けの恨みっこなし、ということらしかった。


 ただし、報酬こそ実力主義ではないが、民衆からの評価が高ければ名前が売れる。そうなれば瓦版以外の仕事が舞い込むかも知れない。タイゾウは、瓦版の仕事さえちゃんとやってくれれば、それらの副業は自由に請けていいと言ってくれた。無論、報酬は全額自分のものにしていいとも。


「ま、儲かったら一杯くらい奢ってくれよな」


 そう言って笑う仲間たちは、気さくで優しかった。




 シバ刷屋の面々は全員、仕事場として借りているヤジロウ長屋に、それぞれが部屋を借りて住んでいる。ここの家賃は大銀貨二十枚と、相場と比べて少々高めだ。しかし広さが一般的な長屋の倍ほどもあり、ニシ町でも市場に近い土地である。立地条件としては妥当な額であろう。


 そこにクルミも(きょ)を構えることにした。手持ちなどなかったが、タイゾウの口利きもあり、大家が家賃を後払いでいいと言ってくれたのだ。他に当座の生活費として、小金貨一枚も貸してくれた。これで家財道具なども揃えることが出来る。


 それから一月(ひとつき)ほど経った頃、クルミは市場でチョウキチが捕らえられた一件に出くわした。その一部始終をタイゾウたちに話し、すぐさま刷られた瓦版が飛ぶように売れたのである。増刷に次ぐ増刷で、刷師のミネジはてんてこ舞い。売り子も足らず臨時雇いで乗り切ったが、それでも、この売り上げは今までを大きく凌ぐ額になったのである。


 お陰で大家からの借金も完済出来た。その日の散策では特に瓦版に書くような出来事は起きなかったが、クルミはこの一月ほどを思い出しながら、上機嫌で仕事場に戻る。いきなり開けた前途に戸惑いながらも、彼女は舞い込んできた幸運に心を弾ませずにはいられなかったのだ。


 そんな矢先である。


「国王陛下から呼び出し……?」


 突然の訪問者に、シバ刷屋の面々は唖然となる。そこには王城家令(かれい)、キミシマ・ダイゼンが悠然と立っていた。


次回は10/26(土)更新予定です。


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