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第九話 は、恥ずかしい……

 騒ぎに気付いた警備隊が駆けつけた時、すでにチョウキチ一味はキュウゾウによって縛り上げられていた。非番だった彼に縄を提供したのは、俺たちが最初に訪れたあの衣料品店の店員である。


「キュウゾウ、見事であった」

「いえ、私は何も……」

「アマノ・カスミ、其方(そなた)も子供を助けようと自らを省みずの所業、賞賛に値する」

「もったいないお言葉にございます」


 市場の群衆は、どうやら俺の裁定を待ち焦がれているようだった。まず滅多に見られない実物の俺を間近に見られたことと、世に流れている噂がそうさせたのだろう。本来ならこんな大衆の面前ではなく、きちんとした形で裁定は行われるべきだ。しかし、彼らの罪状は明白。一向に立ち去ろうとしない彼らの期待に応えてやってもいいと思う。


「さて、まずは子供とその母親、()の前に()でよ」

「え?」


 先ほどチョウキチに刃物を向けられた子供を抱いた母親が、俺の思いがけない言葉でおずおずと前に出てくる。そして彼女は子供を降ろして(ひざまず)こうとしたが、俺は微笑みながらそれを制した。


「ああ、そのままでよい。怖い思いをさせたな。すまなかった」

「そ、そんな! 陛下のせいでは……」

「このような悪党を世にのさばらせたのは余の不徳だ。許せ」

「も、もったいなきお言葉!」

「其方らには迷惑料として大金貨二枚を下賜(かし)する」


 三人家族なら、慎ましやかに暮らせば一年近く食べていける金額である。俺は金貨を王家の紋章が刺繍(ししゅう)された小さな革袋に入れ、それを母親に直接手渡した。


「陛下が直接……!」

「しっかりと、その子を育てるのだぞ」

「は、はい!」


 母親は涙目でそう応えると、何度も俺に頭を下げながら後方へと退いていった。


「さて、チョウキチと申したな」

「こ、国王様、あっしは何もやっちゃいねえじゃねえですか」

(たわ)け! 貴様、この者に見覚えがあろう」


 言うと俺はモモカを彼の前に立たせる。彼女はこちらの世界にあっては別格の美少女だ。覚えがないとは言わせない。現にその可憐さ(ゆえ)に、群衆からは溜め息が漏れている。


「先だって貴様はこのモモカの手を(ひね)り上げた上に、刃物を突きつけたそうだな」

「し、知らねえ! 俺は知らねえ!」

「ほう、しらを切るか」

「知らねえモンは知らねえ……知りません!」

「そうか……」


 必死に罪を逃れようとするチョウキチを、俺は慈悲の欠片(かけら)もない目で見下ろした。


「ところでチョウキチ、(かどわ)かしが死罪であることは知っていような」

「へ、へい……」

「つまり、よしんばモモカへの狼藉(ろうぜき)の罪は免れても、子供を拐かした罪は免れないということだ」

「え? ちょ、ちょっと待って下さい。あっしは拐かしなんて……」

「黙れ! 貴様は先ほど子供に(やいば)を向けたことを忘れたか!」

「でも、でも拐かしたわけじゃ……」

「人質として子供の自由を奪ったことは拐かしと何ら違いはない!」

「そ、そんなあ……」


 子供、あるいは身代わりになろうとしたカスミを(さら)ってまんまとこの場を離れていれば、それは立派な拐かしである。逃げる前に取り押さえられたのは結果でしかなく、彼の罪が消えることはない。


「その上、余の領民に対する数々の蛮行、万死に値すると知れ!」

「そうだそうだ!」

「国王様の言われる通りだ!」


 群衆からもそんな声が上がる。足を折られて身動き出来ず、顔面蒼白のチョウキチには、すでに普段の威勢は微塵も見られなかった。


「ではモモカ、この者に裁きを申し渡せ」

「え? わ、私が、ですか?」

「お、おい、あのどえれえ美少女は国王様の何なんだ?」

「しっかし可愛いなあ」

「決めた! 俺、あの人のファンになる!」

「国王様の奥方様じゃねえのか?」

「何でもいいや。モモカ様、チョウキチの野郎に極刑を!」


 モモカの両肩に手を置いて言った俺の言葉に、集まった者たちからもエールが送られる。その声に後押しされたかのように、彼女の全身に力が込められたのが伝わってきた。


「ならず者チョウキチ、聞けばあなたはここにいる人たちに多大なる迷惑をかけていたそうですね」

「そ、そんな、迷惑なんて……」

「お黙りなさい! そう言えば前に会った時、あなたは私の身分を聞きたいと言ったのを覚えてますか?」

「あ、あれはその……」

「教えて差し上げますからよくお聞きなさい」


 彼女がそう言うと、チョウキチはゴクリとツバを飲み込み、群衆も水を打ったように静まり返る。


「私はシナノ王国第五王女、オガサワラ・モモカです。そして私の姉はタケダ王国の第七王妃。つまり私はイチノジョウ国王陛下の義妹(いもうと)です」

「お姫様……だったんだ……」

「義妹ってことは、奥方様じゃねえんだよな」

「ワンチャンあるかも!」

「あるわきゃねえだろ、シナノって国のお姫様だぞ」

「しっかし可愛いなあ」

「そればっかかよ」


 群衆の、主に若い男たちは彼女の口上に陶酔しきっているようだった。


「どうですか? 震えがきましたか?」

「あ、あう……あう……」

義兄(あに)上様の領民は私の領民も同じ。その者たちを苦しめた罪に加えて、私への狼藉は王族に叛意(はんい)ありと見なします」


 そこでモモカは大きく深呼吸する。


「裁きを申し渡します。ならず者チョウキチは拐かしと反逆罪により市中引き回しの上獄門(ごくもん)。手下の二人には終生(しゅうせい)遠島(えんとう)を申し付けます。引っ立てなさい!」

「うおーっ!」

「お姫様! 万歳!」

「モモカ様、結婚して下さい!」

「しっかし可愛いなあ」


 一層湧き上がる群衆の中、足を折られたチョウキチは無様に引きずられ、手下共も警備隊員たちによって連れ出されていった。それを見送りながら、どういうわけかモモカがその場にへたり込む。女の子座りをして両手で顔を覆ってしまったのだ。


 そんな彼女の様子に、再び周囲が静まり返った。


「モモカ、どうした?」


 俺が(かが)んで義妹に語りかけると、蚊の鳴くような声で彼女は小さく呟いた。


「は、恥ずかしい……」


 そう言えばモモカは人一倍臆病者だった。そんな彼女が大衆の面前で罪人に裁きを言い渡したのだ。恥ずかしさも一入(ひとしお)だろう。


「かはっ!」


 だが、義妹のこの姿は男たちにとってたまらないものだったらしい。


「やれやれ……」


 俺はあちこちで噴き上がる鼻血の噴水に、苦笑いするしかなかった。


次回は10/19(土)更新予定です。


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